第18話幼馴染との想い出
「サエとは、幼稚園からの幼馴染でね。サエが亡くなる17歳の夏終わりまでずっと同じ学校だったんだ」
「へえ……。そのサエさんは、神崎さんのこと、好きだったとかですか?」
「いやいや、サエはどうだったかは知らないけど、俺は好意持ってた。あっごめん、いつも仕事では僕か私だけど、今は仕事じゃないから、俺でいい?」
「はい、いつもの感じで話してください」
私は神崎さんが素で話す姿に好感を抱いた。営業マンの時はどこかしら、優しいけどよそよそしさを感じていたからだ。神崎さんは頷くと話を続けた。
「でさ、サエはおとなしいけど、人に優しい子でね? 気弱な子にも普通に接する子だったんだけど、その気弱な友達がいじめられ始めたら、その仲間ってことで同じようにいじめられ始めた」
「はい」
「で、期末テストの時、トップを取った後から、急にいじめはエスカレートしてさ」
「えぇ……!?」
「最初は、へっちゃらって顔してんだけど、日に日にいじめが横行して行ってさ、俺も間に入っていじめっ子を追っ払ってたんだけど、エスカレートするいじめに多分サエは無理してんだよね……」
「……」私は黙りながら、思わずうなづいた。
「亡くなる日は学校帰りでさ、俺もサエを慰めてたんだけど、サエは俺に『元気でね』って言い残して、ホームに飛び込んだんだ……」
「……」私は同じ事をしようとしていたことにびっくりして黙り込んだ。
「ごめん、こんなこと話すつもりなかったのに……。でも、伊月さんが、サエと同じ態度をとってホームいた時に感じたんだ。この子は助けないとダメだって」
「……」
衝撃な内容に私は黙ってしまった。私は2杯目のグラスを一気に口に運んだ。すると神崎さんは私に笑顔を向けて言う。
「サエの時と同じ印象を重ね合わせちゃって、ごめん。でもあの駅のホームで、多分サエが君を自殺から救ってくれたんじゃないかって、俺は思ってるんだ……」
「えっ……?」
「だってさ、通常なら、死んでてもおかしくないはずなのに。あの時、君は電車にはぶつからずに頭を打って気絶してた。それは多分、サエが伊月さんを助けたんじゃないかって……。変な話だけど、俺にはそう思えたんだ」
「そうだったんですか……。ありがとうございます。今更だけど、なんてお礼……」
私の言葉を聞いた後だった。
神崎さんは、手を出し「いやいや、勝手に昔の友達と重ね合わせてごめん。でも墓参りの時に聞こえた『良かったね』の言葉は、本当なんだ。だからサエが伊月さんを助けたと俺は思ってる」と自分の言葉に頷く。
「そんな不思議な事があったんだ……」
「だから、もしかしたら、伊月さんは、サエの生まれ変わりじゃ……。あっ! 俺何言ってんだろう? ごめん……伊月さんは、伊月さんだもんね……ごめん……」
「いえいえ……。そんなことは……良くって……私も、神崎さんに助けられた事、偶然じゃないって思ってます。だって、さっきだって、こんな大阪の場所で2度目に助けられてるんですから。もう偶然じゃないですよ。これ……。って私こそ、何言ってんだろ? アハハハハ……」
私も神崎さんも照れ隠しなのか、お互いに笑い合うと、少し沈黙になった。でも神崎さんの事が少し知れた気がした。
今夜は由雄さんに襲われそうになってから、嫌な事が起きたけど、こんな偶然が世の中にあるんだって思えた。いや、これは偶然じゃない気もした。
それに今日は、姉マンションに帰る気にもなれなかったし、一晩今後の事を考えるにはいい機会だと思えた。
「そう言えば、伊月さんは、何で家から出てきたの? 嫌な事があったって言ってたけど……」
「……」その言葉に私は少し言おうか言うまいか躊躇した。今この場で、姉の旦那さんに襲われそうになったなんて言ってもいいものなのか迷った。
すると、神崎さんは私の言葉の詰まりように気づいたのか優しい言葉をかけた。
「あっ、そうだ。もし家に帰るのが嫌なら、コレでホテル泊まりなよ?」
突然だった。サエさんの話を終えた後、急に神崎さんは、私の事情を知ってか知らずか、2万円を差し出した。
「えっ……、でもいただくことは出来ません……。悪いし……」
「じゃあ、貸しね? お財布持ってないんでしょ? 一泊して、気持ち新たにした方がいいよ? 迷惑じゃなかったら、俺が泊まってるホテル、多分空きあるだろうしね?」
「あっ、でも……」
躊躇していると、私の手に2万円を握り渡してくる。
「ありがとうございます……」
私はそこまでしてくれる神崎さんの好意を受け取ることにした。神崎さんも素直に受け取る私を見て笑顔になり、「お勘定!」とスタッフに声をかけていた。
店を出ると、私たち二人はゆっくり神崎さんが泊まるホテルに向けて歩き出した。
こんなまさかの展開に、私も忘年会と晩酌の後だからか、2杯目を一気に口にしたからなのか、酔いが回って少しよろけた。
歩く神崎さんに寄りかかってしまった。
「あれっ……。伊月さん大丈夫?」
「ちょっと酔ったかな?」
神崎さんは私の肩をそっと抱き、沈黙の時間が少し流れた。
なんだろう……。由雄さんの時とは違うドキドキ感が私の中を占めた。私は肩を抱かれた神崎さんの手の暖かさを感じた。
「歩ける?」
「あっ、ごめんさない……」
数百メートル先のホテルが見える駅前の路地で、私は忘年会後の晩酌と、そして2杯目の勢い任せな行動で頭がちょっと痛くなってきた。
フラフラと歩く。いや歩かされながら、私と神崎さんは、ビジネスホテルに着いた。
フロント前のソファに座らされると私は頭痛がしてきたのと同時にドキドキしてくる……。なんでだろう……?
「伊月さん? 行くよ?」
「あっ、はい……」
まさか同じホテルに泊まることになろうとは……。ちょっとしたドキドキ感を味わった後に別の部屋とはいえども、男性と入るホテル……。
明日出勤にも関わらず、酔いが回った頭痛とちょっとしたドキドキ感……。今夜、眠れるかな?
神崎さんと同じ階層。エレベーターを降りると、神崎さんはよろける私の肩を抱きながら、私の部屋のルームキーを回す。
「大丈夫? ちょっと誘ったの悪かったなぁ?」
「いえ……すみません。ちょっと……あっ!」
部屋に入ると私をフラフラとベッドに運ぶ神崎さん。
このまま押し倒されそうな格好になった。
なんだろう。由雄さんの時と違うドキドキが私を占めた。
「神崎さん……」私は小さく彼の名前を呼んだ。
しばらくの沈黙……。いや、一瞬だった……。
「じゃあね? 俺は向こうの部屋だから……。ちゃんと寝なよ?」
そう挨拶をすると神崎さんは、私が横になるベッドから離れ手を振った。
「あっ……はい、ありがとうございます」
思わず正気に戻り、神崎さんに挨拶をした。神崎さんは、ゆっくり私の部屋を出て行った。
神崎さんが私を助けるに至った真意を聞いた後、私は、同じ屋根の下にいる男性に想いを馳せながら、ホテルのベッドに横たわった。
「久しぶりだな……。こんなドキドキ……」
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