第17話救命と今の気持ち
神崎さんはお酒を飲むと泣き上戸になった。いきなり私を助けた日のことを思い出したのか、歯を食いしばり、顔を歪めてその場に項垂れた。
私は、その神崎さんの真意を知りたくなった。
「私、神崎さんのこと、もっと知りたいです……」
そう諭すように言った後だった。神崎さんはゆっくりと口を開きながら、目頭を抑えながら話し始めた。
「ごめん……。思い出すつもりなかったんだけど、伊月さんと昔を重ねてしまったよ……」
「何があったんですか? 聞いていいものなら、私……。神崎さんの事をもっと知ってみたいです」
普通なら、躊躇してもいいことなのに、今の私があるのは、この人のおかげだと思うと聞かずにはいられなかった。ゆっくりと神崎さんは話し始めた。
「僕が学生時代のことなんだ……。幼馴染を救えなかったんだ。あの駅のホーム。同じなんだよね……」
「……えっ……」少し戸惑い、私は思わず声に出した。
「幼馴染の同級生、サエって言う子でね。いじめられっ子でさ、ちょっとした自慢から、いじめられるようになってさ……。ずっと俺はそばでそれをみていたんだけど、何もできなかったんだ……」
「……」黙る私を見ながら神崎さんは続ける。
「ちょうどね、君を助けた次の日、サエの命日でさ、君にお礼を言われた後、墓参りしたんだよね……」
サエって言う子なんだ。そうか。あの日、だからスーツだったんだ……。私は、営業するためにスーツで来たことに違和感を覚えたけど、違ったんだ。
「そしたらさ、あの日の墓参りでさ。不思議なことが起きたんだ。もちろん君を助けた日も不思議なことだったんだけど……」
「不思議なこと?」
「そう、墓参りでさ、空から急に『良かったね』って聞こえたんだ。これは偶然じゃ無いって俺は思った」
「えっ……。どう言う意味ですか?」
「あー。あの事故の日のこと、覚えてないんだ?」
気になった。私はあの日、確かにホームから電車に飛び込もうとしたはずなのに、傷ひとつなく助かった。電車が来る風を感じた瞬間から、私の意識はなかった。
どうしてあの日、病院で目覚めるまで、いや目覚めてからも、恐怖心はあったのに、体の異変はなかった。てっきり神崎さんが引き止めてくれたからだと思っていたのに……。違うってことなの……? そう思った私は神崎さんに聞き返す。
「神崎さんが助けてくれたんですよね?」
「ああ、引き止めたよ? でも、実際は少し違うかな?」
「えっ……? どういうことですか?」
「やっぱり、覚えてない?」
「……え、はい……」
電車が来る気配と風を感じ、アナウンスも何かしら言っていたのを覚えている。でもそれ以外は全くだった。だから聞いてみようと思った。
「伊月さんは大丈夫? あの日の事を話して……。 大丈夫なら話すけど……」
神崎さんはまた私のことを気遣ってくれた。私は少し迷ったが、あの日のことを知りたいと思い、コクリと
「あの日、伊月さん、君を見かけたのは、改札を入ってからだったんだ」
「えぇ……」
「僕も、残業で遅く帰ってた。もう深夜帯のに、ひとりトボトボと歩く君を見つけた時、感じたんだよね」
「感じた? 何をですか?」
「ああ、さっきも少し名前出したけど、サエの事……。サエもね、同じような歩き方しながら、毎日泣きながら電車に乗ってた……」
「……」私は黙ったまま少し神崎さんの話に聞き入った。
「それでね? 約2ヶ月前、君が飛び込む時と、同じ仕草をしていたサエの事と、僕は重ねてしまってさ。もしかしたら、この人、危ないんじゃ無いか? ってずっとホームに上がるのを近くで見てたんだ」
「そうなんだ……」
「そう。それでね? 学生時代のサエと同じ仕草で、一人ブツブツと呟いてた。サエと同じようにホームの前に立ち、いきなり
「えっ……」私、それ覚えてない……。
「その時思った、危ないって……。それで僕は叫んだ。サエと同じ仕草で、なんか、伊月さんがあの時のサエと同じ事するんだって思って、走って駆け寄って肩を持ち引き寄せたんだ。頭から落ちようとてたからね」
「えっ……」全く記憶にない……。そうだったんだ……私……。
「それでさ、もう数十センチのところを電車が通り過ぎて行ったんだ。君はホームで頭を打って気絶してたし、アナウンスもなって、駅員が近づいてきてさ、救急車呼んでもらったんだ」
「そんな状況だったんだ……私、全く記憶にない……」
「だろうね。僕も慌ててさ、合気道教室で習ってた救命措置をしてたんだ……。でも全然目覚めてくれなくて……」
えっ……。人命救助って……。私、そんな事をしてもらってたなんて、初めて知った。急に恥ずかしさと、緊張感が私の中に押し寄せてきて、神崎さんの顔を見れなくなってしまった。
私を見た神崎さんは、照れ隠しなのか、急に変な事を言った。
「あっ、救命措置だよ? キスとかしてないからね? アハハハ。あっ何言ってんだろ……俺……」
「いえ、そんなのどうでもいいです! 私、私を助けてもらっておいて、病院で変な態度をとってすみません。それにお礼の時も、もっとちゃんと言えずにすみません。私はなんてお礼を言っていいか……」
私は慌てて、その場で立ち上がり、周りの目など気にもせずに、声を張って謝った。周りは私が立った事と声を上げた事で、私に注目する人もいた。でも、もうそんな事どうでもいいと感じた。だから私は心底優しい神崎さんの過去を知りたくなった。サエと言う、私を救うことになった人物の事を知りたくなった。
「あの、
「えっ……」
急にこんな事を言った私に戸惑ったのか、神崎さんはちょっと拍子抜けした顔になった。でもそのすぐ後、ニコリとして、私を見た。そして……。
「なんかね? 僕……、ってか、俺……。君を助けた時から、ずっと気になってるんだ」
その言葉を聞いた瞬間、私は、瞬間的に、顔が湯たんぽのように暖かくなった。多分見た目も、赤く染まったのは確かなはずだ。
「君ともっと話したいって、ずっと前から思ってたんだ。ずっと昔から知ってる人みたいな印象があるんだよね? なんでかな?」
「私も、もっと神崎さんを知りたいです! そのサエさんのこと、話してもらえませんか?」
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