第16話泣きと私の気持ち

「あっ、でもお財布無いし……」

「アハハハッ、気にしないで良いよ! 今回は僕の奢り」


 夜も深夜になろうとする時間帯。

 私は財布も持たずに姉のマンションを飛び出して、コンビニでナンパにあった。そこで大阪に出張で宿泊している神崎さんに遭遇した。

 ナンパ男を撃退してくれた上、私は神崎さんに飲み直そうよと誘われた。


「軽く一杯だけ付き合ってよ」


 そう促され私は、姉マンション近くの最寄駅の居酒屋の暖簾のれんをくぐった。季節は夏が終わったというのに、まだ夜でも半袖でもいいぐらいの暖かさ。ムシャクシャしていた私は、神崎さんの誘いに乗った。


「伊月さんも羽伸ばそう!」


 そんな言葉を言われたら、お酒があまり強くは無い私でも、ちょっと人と話したい思いもあり神崎さんの誘いに乗った。


「いやぁ、でもビックリだよ。まさか伊月さんがいるなんさぁ。 僕もね、今日嫌なことがあったって言ったじゃない? だから、もう伊月さんに聞いてもらおうかなぁ?」


 居酒屋に入って、30分ちょっと、一杯だけと言ったはずの神崎さんは15分も経たないうちに2杯目、3杯目と注文して、ちょっと上機嫌になっていた。


 人材紹介の営業マンとしての立ち振る舞いと違い、これが神崎さんの素の姿なのかと思えるほど笑いながらも、ちょっとした愚痴をこぼしながら話す。


 神崎さんのそのちょっとしたおどけぶりというか、子供っぷりというか、二面性に私にも気を許してくれているのかなぁ? と思え、私も強くないくせに、2杯目の注文のオーダーを出していた。


 今日は会社の歓迎会も併せ、姉マンションでも少し晩酌していたこともあり、酔いがちょっとまわり、気持ちいい感覚に陥っていた。


「あー! 神崎さんも、言いたいことあるんですねぇ! 言っちゃいましょう!」

「ちょっと乗ってきた? 伊月さんもペース早いしぃ〜!」


 と、乗っけから調子の良い素振りで話していたと思ったら、急に神崎さんは真顔になった。


「でも、助かって良かったよ……」

「あっ、さっきは本当にありがとうございました!」


 私も、コンビニの件だと思い、その場で立ち上がりちょっと調子良く頭を下げた。

 すると……。神崎さんは、ちょっと神妙な面持ちで答えた。


「違うよ……。1ヶ月前の駅のホームでさ。電車に飛び込まなくて良かったってこと……」

「……」


 私はその言葉を言われ、ハッと自分のしでかしたことに、顔をあからめた。そしてその場で頭を下げながら、真剣な眼差しを神崎さんに向けた。


「神崎さんのおかげで、今があります。ありがとうございます。あの時は私……」


 その言葉を聞いた神崎さんは手で私の言葉を制しすると、ビールジョッキを持ち、喉を鳴らす。そして私に真顔で言った。


「色々あったのはわかる。俺も同じように自暴自棄になったこともあるし、それに……」


 次の言葉を言おうとした神崎さんは、ちょっと感慨に耽った。


 どうしたんだろう……。いい気分で憂さ晴らししていたと思ったら、急に押し黙る神崎さん。私は次の言葉が気になった。


「無理して、言いたく無いことは言わないでおきましょう?」


 そう言った。私はそう気遣ったはずなのに、どうしてか神崎さんは、酔っていることもあったのか、その場で歯を一瞬食いしばったかと思うと、眉間にしわを寄せて項垂れ泣き始めた。


「良かったよ……。ホント……良かった……」


「ごめんさなさい……。私……。本当にありがとうと思えるんです。泣かないでください。神崎さん……?」


 普段をあまり知らない神崎さんだったけど、お酒を飲むとこんなにも泣き上戸になるのか、それとも今日も色々あったためなのか。

 私といることで何かを思い出したのか。

 少し酔いが覚めたけど、私は神崎さんの歯を噛み締め泣く姿を見て、誰かと私を重ね合わせているのかと思った。

 この人は、私を助けるに至った経緯にも、何か訳があるんじゃ無いか。

 ちょっとそう感じた瞬間だった。私は意を決して聞いてみた。


「神崎さん、そんなに泣かないでください……。私は、あなたのおかげで元気です! 過去に、私を助けるに至った理由があるんですよね?」


 私は小さく諭すように言いながらも疑問を神崎さんに聞いた。すると……。


「いや、いいんだ。伊月さんは伊月さんだし……」


 その言葉に、やはり何かがこの人の中にあって、私を助けるに至ったんだと感じた。そんな思いで、私は急に神崎さんのことをもっと知りたくなった。

 この人の過去に何かあったことで、私の今……、命があるのならば、尚のこと神崎さんの過去を知りたいと感じた。だから私は、この男性をもっと知りたいと思った。


「神崎さん? 私でよければ、話してもらえませんか? 私、神崎さんのこと、もっと知りたいです……」



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