第15話強さと優しさ

 男は神崎さんの言葉にも躊躇せずに、まだ私に声をかけてくる。


「誰? 知り合い? ねえ、いいじゃん俺とどっか行こうよ?」


 男は私の二の腕を取りながら、強引に自分の車の方へ私の腕を引き寄せる。


「いやっ!」


 私は思わず小さく叫んだ。すると神崎さんの言葉が私たちの間に入る。


「やめてやれ。嫌がってる!」


 その言葉にも男は「チッ!」と舌打ちをして神崎さんに杭かかろうとした。


「何? あんた? 俺はこの子に用があんの。黙ってろや!」


 一色触発的な感じで男は私の腕を取り強引に引きづろうとする。


「いや……」


 その小さな拒否反応を示した時だった。距離あったはずの神崎さんが私たちの近くに急にダッシュして、私と男の腕の間に入り、男の肩に軽く手を当てた。そっと乗せたはずの神崎さんの手と指が男の肩をぐっと握った。


「……いってぇ……あんなぁ? 俺はこの子に……いぃ!?」


 男の叫ぶ声が聞こえた瞬間、神崎さんは、男に手を宛てたと思ったら、足を払い、男をその場に転がしていた。


 男も私も何が起きたのか、一瞬の出来事だった。男は無惨にもその場に転がり、肩を抑えて痛がっていた。


「なにすんねん! こいつ! ってぇーなぁ!?」


 男は神崎さんに叫んだが、神崎さんは、小さく「まだやる?」と男を睨みつけた。

 男は「チッ……」と舌打ちをした後、ゆっくり立ち上がる


「うっせーわ! ヤメヤメ! 男いたんかよ……くっだらねぇ……」

 そう言って男はその場からそそくさと立ち去った。


「大丈夫?」と声をかけたのは神崎さんの方だった。

「えっ、えぇ……、ありがとうございます」


 私はあっという間の神崎さんと男のやりとりにびっくりして、呆然と神崎さんが男の方を向いている横顔を呆然と見ることしかできずにいた。


 何この人、めちゃくちゃ強い……。こんな強い人だったとは思いもよらず、ボケェーっと神崎さんの顔を見ていると神崎さんが照れ隠しのように言う。


「えっ? 俺の顔、何かついている? どうしたのこんなところで何やってるの?」



 そう神崎さんは私に言ったが、その言葉を言い返したかったのは、私の方だった。まさか神崎さんがこんな大阪の地で、私を助けに来るなんて思って見ないシュチュエーションに私は呆然と神崎さんの顔を見るほか出来かなった。


「神崎さんこそ、こんな大阪で何やってるんですか? 何でいるんですか?」


 思わず出た口ぶりに神崎さんは、「まあまあ、落ち着こうよう」とズボンからハンカチを出し、私に渡してきた。


「大丈夫? こんな夜更けに、こんな駅のコンビニで出くわすなんてねぇ?」

「それを言いたいのは、私の方です。何で大阪にいるんですか?」

「ああ、出張だよ。昨日からずっと泊まりでこっちの事務所にきてるんだよね」

「そうなんですか……」

「ああ、飲み物買うけど、君もどう?」

「あっ……、すみません、私財布持ってなくて……」


 その言葉を言うと、神崎さんは「訳ありのようだね? どうしたの? ちょっと待ってて、買ってきて聞くから」とコンビニに入っていった。


 神崎さんが現れただけで、びっくりなのに、私の窮地を救ってくれたのは、2回目。その行動に私の胸はちょっとドキドキし出していた。

 なんでだろう。こんな夜更けにまさか、大阪の地で、仕事以外で神崎さんに出くわすなんて……。これは一体どういうことなんだろうと、神崎さんが戻ってくる数分の間に、私の感情は目まぐるしく変化していた。


「はい、どうぞ……」

 玄関口に待っていた私にペットボトルのお茶を渡す。神崎さんの手が私の目の前に伸びできた。


「いいんですか?」

「どうぞ……。なんか訳ありげに、こんなところで出くわしたんだから、話、少し聞こうかな?って、ごめん……。迷惑ならいいんだけど……」


 そう少し照れ隠しをしながら、恥ずかしそうに手渡しをする神崎さんに私は安心感を覚え、今日夜に起きたことを少しずつ話し始めた。


「姉の家に今泊まっていて、姉もその旦那さんも、お子さんも、今日泊まりでいなかったですよね……」

「うん、うん」

「で、今日初出勤の後、歓迎会をしてもらって、夜ほろ酔いで帰ってきたんです」

「へえ、歓迎会? いいねぇ」

「はい……でも、その後、一人家路について、家で一人晩酌をしていたんです」


 そう言って次の言葉を探していた。姉の旦那の由雄さんが帰ってきて、私を襲おうとしたと言いたい気持ちもあったけど、私はイケナイことを仕事関係のある神崎さんに話していいものか、戸惑い、何も言うことができずに首を横に振った。


 その行動を見た神崎さんは、小さく「辛いことがあったんだ……。話せないなら話さなくていいよ」と持っていたペットボトルのお茶をグビッと喉を鳴らした。そしてその後、私の気持ちを察してなのか、ある言葉を言って宥めてくる。


「帰りづらいんでしょ? 意味は知らないけど、怖いことあったんでしょ? 警察沙汰にもしたくないんでしょ?」


 そう聞く神崎さんの優しい言葉を読み取ると私は、小さくコクリと頷いた。


「じゃあ、ちょっと散歩でもして、気を紛らわそうか? 僕もね、ちょっと今日色々あって、寝付けなくて、一人のみでもしようと思って、コンビニにきたんだ……」


 私は神崎さんの横顔を見上げ、その上空に上がっている、まん丸い月があがる空を見つめて「そうなんですね。神崎さんも大変なところ、ありがとうございます」と神崎さんに向き直した。


 すると神崎さんは、「いやいや、イライラ溜まってたから、さっきあんなことしちゃったけど、普段はあんなに暴力的じゃないからね? ちょっとさっきのでストレス発散しちゃったよ……。こちらこそごめん……」と言った。続け様に私も言葉を出して続けた。


「いえっ、助けてもらえて、嬉しかったです。ってか、神崎さん何かスポーツされてるんですか? めちゃくちゃ強くてびっくりしちゃいましたよ」


「あっ、昔……、学生の頃、合気道と柔道やってたから……、ホラッ僕って鳩胸でしょ? ハハハッ……」


 そう、神崎さんははじめて会った頃から、細身だけど、ガッチリした体型だと思っていた。その謎が解けて少しホッとした。仕事の話をする以外の神崎さんを見ていると少し、さっき起こった出来事の怒りと悲しみも、どっかに飛んでいきそうな気持ちさせてくれた。

 なんでこの人はこんなに勇敢で、しかもこんなに優しいんだろう……。こんな男の人っているんだなぁ……と夜空を見上げクスクス笑う神崎さんの横顔が、すごく眩しく見える夜だった。


 そんなことを考えていると、神崎さんが思わぬことを言ってくる。


「意味は不明だけど、ウチに戻りたくないなら、僕が泊まってるホテルにでもくる? あっ、もちろん部屋はべっこだよ。アハハハハッ……、何言ってんだろう俺……」


 その言葉に、思わず声を殺してしまった私がいた。それに気づいた神崎さんは、弁解するような言い方で私を和ませた。


「いや、帰りたくないなら、ホテルにでも1日泊まってみるのもいいかと思ったからね? 別に無理にとは言ってないし、気分変えるのも手だと思うよ?」


 そんな言葉を発するとは思ってもみない言葉に私は、びっくりして思わず絶句をしたと同時に、歯を見せて笑ってしまった。


「どうしたの? 突然……、僕、おかしいこと言った?」


 私が何故財布を持たず、夜のコンビニ居るのか、事情を知ってか知らずか、謙遜気味に言う神崎さんの言葉の優しさが何故か、今夜は心地よかった。


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