第7話すれ違い

 面接を終えた私は、神崎さんに頭を下げた。二人で駅に向かう。さっきの笑顔の裏の笑っていない目つきが気になり何度もチラチラと神崎さんを目線だけ合わせようとする。

 何度かチラ見をしていると、神崎さんが怪訝そうな目つきで私を見る。バレると視線をずらした。

 以前ならもっと営業トークをバシバシしてくる感じだったが、何故か今、神崎さんは押し黙っている。


なんでだろう……。


 ちょっと気になり過ぎて、面接に受かったというのに先程のように嬉しくない。そんな思いで駅に着くと、さっきとは打って変わっての以前の笑顔を見せる神崎さん。


「では、契約の書類自宅に送っておきますね。今日はお疲れさまでした。良かったです!」

「…………」


なんかあっさりしすぎてるけど……。何? ……。


 手を振る神崎さんは、その場から動こうとはせずに、私を見送ろうとしている。私が気にしすぎてるのだろうか。黙ったまま帰るのはと思ったので、形式上、頭を下げ改札を抜けても、気になり後ろを振り返った。私に気づき、慌てた様子で会釈をした。


気にしすぎか……。


 会釈を会釈で返し、足取りを軽くしてみようと、ツカツカとヒールを鳴らし歩いてみた。すると大手会社だという意欲が湧き上がってきた。

 先程の笑ってない目つきは関係ない。そう思う事にした。最寄駅の準急に乗り、大阪市内北部へと足を運ぶ。昼を回った時間帯は凄い人ごみだった。


 姉はJRの北口改札で待っていた。横断歩道を渡り、繁華街のビルのレストランで二人、久しぶりの食事だ。


「ねぇ? どうしたの? 受かったのに浮かない顔ね?」

「えっ?」


 私の表情を見て和姉が口を尖がらせ聞いてくる。改札から出ておめでとうと抱き合った姉と私。その時と違う表情を見せていたから……。そうだ。やはり少し無意識の内に神崎さんの事を考えていたからだろう。


「うーん、ちょっと、神崎さんとの別れ際でね?」


 私は、エレベーターから出てきたときの神崎さんの印象をそのまま和姉に話す。すると和姉は、仕事上そんな事いくらでもあるんじゃないかと。


「作り笑顔の営業は、ちょっと不安になる気もわかるけど、いつも同じ方が人間味ないんじゃないの?」と軽くいなされた。


 気にしすぎだと何度も言われて、私もその気になり、受かった事の喜びを持つようにした。何せ大手のハウスデザイナー。ハウスデザイナーは辛いとよく言われるものだが、新たなる挑戦という意味では、今いる会社で電車に飛び込むようになるよりマシだと思った。


「家から通うの?」


 突然姉が聞いてくる。私の答えは決まっていた。


「ううん? 家、出ようと思う」

「マジで? どこに住むの? 早く探さないと時間ないよ?」

「そこはさぁ? お姉ちゃーん! お願い!」


 両手で姉を拝み頼み込んだ。和姉はやっぱりという顔を見せてため息ひとつ。


「ったく……。そうだろうと思ったよ! まぁ、ひとつ小さな和室あるからそこでもいい?」

「ぜんぜーん、いい!」

「じゃあ親父にちゃんと自分でいいなよ?」

「わかってる! 子供じゃないんだから、っていうか、その予定で喧嘩してるし……」

「ったく……、ずっとはダメだからね? 1ヶ月もしくは2ヶ月ぐらいまで!」

「わかってるよぉ!」


 そんな最後は和気藹々の昼食をすませ、私たちはショッピングを少し楽しみ。家路につく。自宅に着くと、時刻は7時が来ていた。


「ただいま!」


 昼間の少しの時間とは違い、受かった事への喜びを声に出して表した。


「おっ! その声は!」と母が私を見て笑顔を見せる。あらかじめ昼食後、家に電話をしていたので母は上機嫌だ。


 ……だが、父親はリビングにはおらず、自分の部屋へ閉じこもっていると聞かされた。


「お父さん、朝からずっとあの調子! やぁね? 美玲から電話があった後、報告したからずっとよ? 夕食も書斎まで持って来いだって……」


「……」


 意地の張り合いがここまで来ると子供だなと思う反面。やはり少し勝手をしすぎたのかとも思ったが、私には私なりの道があると言ったのは父親なのにと思うと、また怒りがこみ上げてきた。


 次の日の朝、父親は早くに会社に出ていなかった。結局顔を合わせる事なくその日も終了。もう辞めるまで1週間を切った。それでも毎日、顔を合わせるのはトイレか、朝食後のすれ違いざまだけ。母親も私に謝った方がいいと言ってくるようになるが、私は自分の道を諦める事はできない。


 ある夜、遅くに帰宅した。すると父が珍しく家でお酒を飲んでいたのがわかった。リビングテーブルに飲みかけの焼酎グラスとピーナッツの殻。そしてそのテーブル前のソファで父はイビキと寝言を言っている。


「むにゃむにゃむにゃ……」


あぁ……あ、飲めないくせに、そんなに飲んで……。


 私はそっと自分の部屋にそっと行き、毛布を父にかけた。その時だった。父が大きく私を呼ぶ声。


「馬鹿野郎! みれ……い……のバカが……ひともにょもにょ……」


 夢でも私と喧嘩しているのか、この父親はと思うとちょっと可哀想でもあった。

 そっとその場から立ち去ろうとする。するといきなり父の手が私の腕を掴む。


 えっ!?


 ムクッと腕を持ちながら、のそっと起き上がる。寝ぼけ眼で時計を見た後、私を見ていきなり。


「フンッ! 今頃まで何やってたぁ? あぁ!?」

「仕事だヨォ!」


 明るく言う私の腕をそっと離し座り直した。そして俯き、飲みかけの焼酎を一気に飲み干した。

 そしてまた下を向く。気になり私は思わず「おとうさん……」と小さく呼んだ。

 しかし父はそれに答える事なく、俯いたまま黙っていた。その雰囲気に無性にいづらさを感じ部屋にゆっくりと戻って就寝した。


 そんな数日が過ぎ、母も私と父の喧嘩に嫌気がさして、この数日まともに朝食を作っていない。最初は私は食べないからと言っていたが、母は最後の出勤日の朝、私をいつもよりも2時間も早くに叩き起こしに部屋にやってきた。


「美玲! いい加減、お父さんと和解しなさいよ! なんて不器用な女の子なの?」


 眠気まなこに言い張る母親に私は気づかされた。


「お父さんとあなたの最後の日ぐらい、お父さんに朝食作って謝りなさい!お父さん、ずっとあなたの言葉待ってるのよ?」


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