第6話笑顔の裏に

 ワークプロフェッショナルの面談を終えてから1週間後、紹介された会社の面接に臨む日の朝。

 朝食を摂る父親は少し不機嫌な面持ちだった。先日面談から帰った夜、父親と私は喧嘩状態に陥った。

 別に会社を辞めることで喧嘩になったわけではない。受ける会社が紹介予定派遣だからと言うわけでもなく、それは大阪に勤めるから、家を出ると言う理由からだった。大阪には姉夫婦がいるから大丈夫と説得はしたものの、父親は家を出てまで派遣の仕事をするべきではないと怒り心頭だった。

 家から通える距離で仕事を探せと、何度も同じことを言われたが、私はその会社名と仕事内容に惹かれて意地の張り合いになったからだ。

 お互いおはようの言葉もなく、朝食をすませると、さっさと父親は鞄を持ちガレージへと出て行った。


 片付けを済ませて、自室へ入ると携帯が鳴る。和姉からだった。

 面接に行く事は伝えてあった為、今日泊まりに来るのかの確認だったが、明日は出勤日のため、昼食だけ一緒に食べることだけ伝えて電話を切った。

 電話を切った瞬間に、窓の外から車のエンジンをかけて苛立ちを隠せずドアを勢い良く閉める音が聞こえた。

 無理もないとも思ったが、私は自分の事で精一杯なのよと言い聞かせ、父親の心配を他所に面接準備に取り掛かった。

 昨日の夜にクローゼットから出したリクルートスーツの糸くずを再度確認して袖を通す。

 このスーツに袖を通すのは本当に入社面接以来3年ぶりだ。心機一転新人のつもりで気合が入った。


 身支度を済ませ、定期券と書類、ポートフォリオを鞄に入っていることを確認し終わると、母親に一言告げて家を出る。玄関口までお見送りする母親は、父親と違い大手会社の面接というだけで笑顔だった。

 手を振り家を出て、駅までの道のりを自転車を飛ばす。最寄り駅から、快速急行に乗り、久しぶりに大阪の繁華街までやってくる。

 電車に揺られること約2時間。毎朝の通勤を考えるとやはり自宅からは通うことは難しいなと改めて思う。

 面接会社の最寄駅を降りる瞬間、面接場所の「Japan Living」ジャパンリビリングと大きな立体看板がかかった本社ビルが見えた。


 改札を出ると、神崎さんが手を挙げてこちらに合図を送った。近づき軽く挨拶をすると、持ち物とポートフォリオの確認、そして経歴の説明を促されるから大丈夫かと聞いてくる。一言「はい!」と応え駅を出ると、先ほど電車から見えた大きなビルが私の心を揺さぶった。緊張感がグッと高まり始め、その表情を見た神崎さんは私に落ち着いてと優しく笑顔で言った。


「大丈夫です!」と切り返すと私たち二人は本社ビルへと臨む。玄関口から入ると綺麗な受付の女性が丁寧に挨拶をする。私たちも頭を下げて、神崎さんが書類にサインをした後、エレベーターへと進む。上層階から降りてくるランプをずっと眺めていると緊張感が増してきて、ゴクリと唾を飲み込んだ。胸に手を当て、一息深呼吸。


「そんなに緊張しなくて大丈夫! 君の情報はもう先方に伝えてありますから、今回は面接というより面談です。思う存分今までの仕事の経緯とやってきたことのアピールをしてくれるだけで、大丈夫だと思いますよ」


 私はその言葉に、胸から手を下げて、肩を撫で下ろした。エレベーターに乗り、高層階三十六階まで上がる。扉が開くと、一本長く洗練された通路を歩いていく。自動扉が開く間もなく、面接担当者であろう男性がスーツで出迎えた。


「こちらです。どうぞ」

「よろしくお願いいたします」


 笑顔で対応する面接担当者であろう人物の後につき、広い一室へと案内される。テーブルを間に挟んだ先に、女性の面接担当者が笑顔で出迎えた。


「伊月美玲と申します。本日はどうぞ、よろしくお願いいたします」


 手で椅子に掛けるように促されると、神崎さんと一緒に座席に付く。まずは自己紹介がてらにこれまでの経歴の説明をと言われ、ハキハキと昨日の夜まで何度も繰り返し練習をした通りに話してみた。しかし一本調子の感が否めず、わたしは指示を無視して、いきなりポートフォリオを取り出し、作品を見せながら、面接官が捲ったであろうページ作品のコンセプトを伝え始めた。


「へえ!こういうのをやってこられたのですね?なるほどお!」


 先ほどの一本調子から解放されたのか、面接官も笑顔で私の作品を見ながら、コンセプト説明を聞き入っていた。


「いやいや、結構です。一通り説明はしていただいたので、では私どもの会社の説明をさせていただきます」


 男性面接官がそう言うと仕事内容の説明に入る。


「私どもの求める人材は、デザインはもちろんですが、デザイン作業者ではなく、口頭で出された案件に対し、どういうものが最適なのかを考えて、企画もデザインもしていただく人材です」

「はい!」

「コンセプトはもちろん、自分でディレクションもして、毎度数案のラフから一つに絞るデザイン案を考えていただく事になります」

「はい!」

「ですので、うちの会社は、主にまあ、ご存知だと思いますが、生活全般の商品を扱っております。商品は多彩ですのでその知識も必要となります。出来ますでしょうか?」


 圧迫とは逆に、緩やかではあった面接はあっという間に終わった。最初の経歴説明からポートフォリオに移行しては、終始面接官二人は笑顔のままだった。

 神崎さんに促されて、確認を取りますので、外で少し待っててくださいと言われて部屋を出る。部屋を出ると、数名の綺麗で上品な服を着た女性たちが笑顔で会話をしていた。結構ラフな会社なんだと、思い益々やる気がみなぎった。

 しばらくすると、神崎さんが笑顔で面接部屋から出てくると、私に確認を求めてくる。


「是非来ていただきたいと仰っていますが、お気持ちは変わりませんか?大丈夫ですか?」

「もちろん!」


 笑顔で返すと一旦認証の確認と、いつから来れるかの説明をしますので、ロビーで待機していてください。一人本社ビルのロビーまでエレベーターで降りる。


「掛けてお待ちくださいね」と受付に促されて、ロビーソファーへ腰を掛けて待つ事二十分。エレベーターの扉が開き、神崎さんが私の前に笑顔で現れた。


「あなたの会社退職日。月末まで待っていただけるそうなので、来月月初からお願いしますとのことです!良かったですねぇ!」

「あっありがとうございます!」

「いやいや、あなたも結構緊張していると言ってましたが、面接に入ると凄い勢いでしたよ?フフフッ!」

「? ……あっありがとうございます」


 神崎さんの「フフフッ!」という笑顔の目つきが少し今までと違うと思ったが、何より通ったという事が嬉しくて、真顔になりながらも私も笑顔で返した。



でも……その目つき……。ちょっと不自然……。


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