第5話夢を描く
電話口の神崎さんの声。誰だかわからずに電話口に出た事を示した。思わず、耳元から携帯を離してしまいそうになり、緊張感が走り声が震えた。
「……もしもし? どなた様?」
「……あの……いっ伊月です」
一瞬間が空いたが、すぐに大きな声で返答が帰ってきた。
「あぁ!! 伊月さん! お元気ですか? 突然どうされました?」
少し震えて、泣きそうな声で応えると落ち着いた口調で神崎さんの声が私の耳入ってきた。
「もう仕事終わってるので、何か相談事なら、聞けますよ?」
「あっ、あの……実は……ちょっと仕事の事と、家族の相談というか……」
「ええ、長くなるようでしたら、どこかで落ち合いますか?」
突然の電話にも関わらず、快く話を聞いてくれそうな話しぶりに、私は安心し、自宅の最寄り駅まで来ていただけるという事で、カフェレストランで待ち合わせをする。
私は自転車で最寄駅まで到着し、先にカフェレストランに入って、コーヒーを頼んだ。しばらくすると、以前のスーツとは違う、紺色のスーツで神崎さんが慌てた様子で店内に入ってきた。
「ああ、待たせてごめんなさい。ふう!あっコーヒーね」
店員に注文をすると、鞄を座席に置き、ちょっと暑いからごめんと断りを入れて、スーツの上着を脱ぐ。その姿に少しドキッとした。細身なのにガッチリとした胸元で二の腕は太く筋肉が付いている印象を受けた。
出された水を一口飲むと、神妙な面持ちで声をかけてくる。
「びっくりしました。突然知らない番号からだったので、出ないでおこうかと迷ったけど、もしかしたらと出てみたら、やっぱり伊月さんだったんですから」
「突然こちらもすみません。もう自分でも分からなくなってしまって……」
その言葉を発すると、更に真剣な眼差しで私を見つめる。
「何かあったんですね?」
無言でコクリと頷く。すると神崎さんも笑顔を見せて「僕でよければ何でも話してください」と頷いた。
私は、現状の会社での出来事。自殺した事を会社に報告した父親の話と上司の対応。
それに伴った同僚からの自殺をした陰口などを口元を震わせながら話した。それを頷き、真剣に聞き入る神崎さん。
そして私は会社に自殺の経緯を話した父親の事を嫌いになりかけている事も話す。
しばらくの沈黙の後、自分の中で整理をしたのか、「うんうんうん」と顔を頷かせながら、私に話しかける神崎さんは、父親が会社にそれを話したと言う事は、心配で堪らないからだと言った。
本当なら、本当に死んでいたらと思うと、その気持ちは分からなくはないとも言った。
確かにそう言われればそうだったが、納得していない私がいた。もう大人の自分を子供扱いされた事への苛立ちと、報告した事で巻き起こった陰口。
もうすぐにでも辞めると思っていたのに、結局辞める事なく上司に従った自分の気持ちが複雑すぎて嫌になるとも語った。
すると神崎さんは父親の事は嫌いにならない方がいいと言う。君の事を思っての最良の判断がそれだったのだから、だったら少し時間と距離をとってもいいのではないかと。すぐに気持ちが落ち着くわけでもないだろうと、新しい道を探してみたらいいと。
その言葉を告げられた時、私は神崎さんの会社のサイトに登録した事を告げた。すると驚いた様子だった。
「なんだあ! 大丈夫じゃない! ちゃんと気持ち前に進んでるよ! もう良いところみつかった? うちに来た様子はなかったけど……もう本登録して、来社したんだよね?」
それを聞いて私は首を傾げた。神崎さんも首を傾げる。
「うちの事務から連絡入るはずだよ?」
しかし入ってきていない事を告げると、すぐにでも連絡させるようにするからとその場で、携帯から会社に電話しているようだった。
電話を切ると神崎さんは、会社が有給使って休めるのなら、明日にでも来社してくださいと言う。
「君の将来は僕が責任持つよ!きっと良いところがあるから」
私はその君の将来という言葉にドキッとして顔を赤らめた。その様子を見た神崎さんは「変な言葉でも言ったかな?」と笑った。
相談がひと段落すると、そろそろ遅いからと家まで送ってくれようとする神崎さんに5分で着くので、自転車だからと大丈夫だとカフェを出て別れた。
次の日。私は市内にあるワークプロフェッショナルに顔を出すために有給休暇を取った。
母親が車で送ろうと言うが、もう自殺の事は大丈夫だと久しぶりに電車で一人市内へと足を運ぶ。
マップアプリ通りに進むと高層ビルが立ち並ぶ繁華街を通り抜け、ビルとビルの合間の小さなビルを見つけた。マップにもそこが場所だと記されていた。五階建のビル最上部に、プロフェッショナルと書かれた小さな看板があった。玄関口を開けて、六人乗ると満杯ぐらいの小さなエレベーターに乗り最上階へ。エレベーターを降りると、綺麗な赤の立体文字でワークプロフェッショナルという看板。小さな扉横のインターホンを押した。
するとその場でお待ちくださいと女性の声の後、神崎さんが現れた。
「お待ちしておりました。ではどうぞ!」
営業口調で、話す神崎さんのスーツ姿は昨日とは違い、黒のストライプが入ったものだった。赤のネクタイは営業マンらしからぬ印象にも思えた。小さな一室へ通される。そこには観葉植物の大きな鉢植えが置かれてあり、それ以外は対面の白いテーブルだけの部屋。「かけてお待ちください」とまたもや営業口調で、しばらく待つと、資料とパソコンを持って再度神崎さんが現れる。
昨日の緊張とは打って変わり、仕事だという緊張を隠せない私だった。事務の女性が後からお茶を出される。神崎さんはありがとうと事務の女性に一言告げ、ノートパソコンを開いた。そして資料を私に見せた。
「
「はい……」
「今日は作品お持ちいただけましたか?」
昨日帰り際に言われた通り、自分の今までの作品のポートフォリオを鞄から取り出し、神崎さんに手渡した。すると職務経歴を閲覧しながら幾つか質問を投げかけられた。
「このポートフォリオには、作品のコンセプトが書かれてありますが、その説明をもし、入社の面接の際にこれを見ないで話す事は可能ですか?」
「はい、もちろんです!私自身の作品ですから」
そう応えると頷き口角を上げた。
「では、実際のテストを行いますので、まずは十五分間やれるところまでやってください」
ノートパソコンを私に向けて、illustratorとphotoshopを起動させている。
「案件内容に伴い、自分で考えて作ってみてください」
私に言葉を投げかけて、神崎さんは部屋を出て行った。十五分でやらないといけないテスト。コンセプトが書かれたテキストを読み、起動したソフトを駆使しながら作業に取り掛かった。十五分という時間はあっという間に過ぎ、再び神崎さんが現れた。保存を促されて、プリントアウトする。その十五分で作れるものは知れているが、神崎さんは一言。
「大丈夫ですね。たまにいるんですよ。自分の作品ってポートフォリオを持ってきても、パソコン操作できない方がね。でもあなたは違った。安心して任せてください」
その言葉に笑顔になり、神崎さんも仕事を検索した用紙を私に見せる。五件の仕事を紹介されたが、私はその中で目を引く一社があった。神崎さんの第一押しも私が思った一社と同じだった。
「あなたなら、大丈夫でしょう。先方も一ヶ月先を目処に探されている様子ですから。しかし、これはまず派遣という形なります。紹介予定派遣と言う言葉ご存知ですか?」
テレビや新聞で目にした事があった私は、はいと答えた。
「六ヶ月後、正式に本社員としての雇用を目的とした、まずは両者ともお試し期間と思っていただいて結構です。それでも構いませんか?場所は大阪になります。他府県ですが、お住まいからでも通えない距離ではないと思いますが、ちょっと遠いかな?大丈夫ですか?」
私は、父親の事もあり、少し離れて暮らしてもいいのではと思い、一つ返事で受け応えをした。その返事に神崎さんも笑顔になった。
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