第4話希望と迷い

 姉夫婦とコーヒーを飲んだ後、久しぶりに姉は自宅で休日を過ごすという事で、車は自宅に戻った。父と母がリビングでくつろいでいると、和馬君がおじいちゃんにあたる父親に「じぃじぃー!!」と嬉しそうな声でソファーへと飛び乗る。

 微笑ましい風景。そんな光景を見ると改めて死なないで良かったとホッと胸を撫で下ろした。部屋に戻ろうとすると、姉が結婚するまで共同で使っていた部屋がどうなっているのか気なるからと私の後をついてくる。部屋に入ると声を挙げる。


「ああ! もう私といる頃より片付いてる! 学生時代は散らかしまくりだったのにねえ。大人になったもんだねぇ?」


 ベッドに腰掛け、辺りをキョロキョロしながら、私の本棚に目をやった。


「ふーん、デザイン本ばかり! 私にはさっぱりだわあ。あんたこれからもこの仕事続けるの?」

「うーん? わかんないけど、身につけたものは大事にしたいなあ?」

「もう結婚しちゃいなよ!」


 突然飛び出したその言葉にが点になった。


「あれ? その反応……。私に何か隠してない? 神崎さんのこと気に入ったとか?」

 まさか……。そんなはずも無い。お礼を言った後に現状を話すと営業をする人なんて信用できるはずも無い。私は首を横に振った。


「どうして? いきなり営業トークされたから? 話したのあんたじゃないの?」

「そうだけどお! でも……。何かちょっとガッカリと言うか……」

「あれあれ? あんたも期待してったてことじゃない! そうだ。さっきの名刺見せなよ」


 そう言う姉にカバンから名刺を出して渡した。するとノートパソコンの電源を勝手につけて、オープン画面のパスワード設定の解除を要求してきた。気が逸る姉に仕方が無いやつだと、パスワードの解除をする。サファリを立ち上げて、名刺を凝視した姉は、検索をかけて名刺に書かれてあるwebページにアクセスした。大手サイトに良くあるような横スクロールの営業マンなどが出てくるページ上部写真が現れた。


 仕事検索やマイページ、新規登録などのボタンが並ぶ。大手転職サイトと連携をしているのか、そのサイトにはいろんな仕事の情報が載ってある。姉は、仕事検索ボタンを押し、どんな職種があるのか色々検索している。

 私は、その画面を見ていると、意外にしっかりとした会社だと感じた。姉も同様に会社概要に目をやっている。気持ちが固まったのか、姉が新規登録ボタンを押した。


「ちょっと! 何やってんの?」

「いや、登録……」

「いいじゃないの? 折角の打診だしさぁ? それにあんたちょっとスカウトされたと思えば良いじゃん!」

「スカウト?」


 笑顔で応える姉の言葉に、どれだけの真実味があるのか分からなかったが、今の仕事を辞めようとしている私自身、身の振り方を少し考えても良いのかと安直に姉が登録する手を止めなかった。

 最後に姉が私のメールアドレスを携帯にするか、pc用にするか聞いてくる。仕方ないと私は携帯アドレスを入力し、姉が登録完了のボタンを押した。

 次に現れたのは、経験職種と職務経歴書。姉は流石にこれは出来ないと私に席を譲る。その勢いに負けて、私は姉を横に従え、パソコン入力をする。昼も回る時間になると姉が母親に呼ばれた。経歴書も半分といったところで、昼食を挟む。


 父親は、神崎さんと会ったことに、上機嫌なのか、年頃の女には男性が必要だと、そろそろお前も前に踏み出せと言ってくる。

 普通父親というものは、娘の恋愛と言うと反対したがるものなんだろうが、今回私の命を救った人物とあらば、それはさぞ良い人だろうと「何故もっと話して来なかったんだ。昼食の用意が増えたじゃ無いか」と私に言葉を浴びせた。


「はいはい! もうお父さん、その辺で! 美玲ももう大人なんだからねえ?」


 母親も何故か微笑ましく見えるのは、何かの始まりを予感してのことだろうか……。うちの家族は一体どうなっているのと首を傾げながら、昼食は過ぎた。


 また自分の部屋に戻ると、旦那さんと和馬君が現れた。


「みれい! あちょー!!」

「あちょー!!」


 チョップを返すと、姉が美玲の邪魔をしたらダメだよ? と和馬君を部屋から出した。姉はそのまま私のパソコンにかじり付く。


「もうちょっと?」

「うん。もう終わる。まあまだ3年だしそんなに書くこと無いしね」

 登録完了のボタンを押した。私の携帯に完了通知が届いた。再度アクセスすると本登録の完了だ。

 姉が私に親指を立てて合図した。その行為に私はサイトにアクセスをする。本登録の完了が済んだ。

 すると、1分も経たないうちに、あなたに合った仕事一覧という情報がメールで届く。初めてこう言うサイトを利用したので少し戸惑った。私はその情報をずっと目で追い、今の会社との比較を始めた。そんなことをしていると、じぃじぃでもある父親が和馬君を連れて部屋に入ってくる。何か言いたげそうな顔つきで、私のパソコンに目をやった。


「ほおー! 転職サイト? もうその気か? 美玲」

「まあ、一応神崎さんの名刺もらったので、登録してみようと思って……と言うか!和姉かずねぇが勝手に登録しようとするのよ?」

「そうか……で、お前、神崎さんの連絡先聞いてないだろ?」

「うん。それがどうしたの?」

「バッカだなぁ! お前そう言うところがダメなんだよ。それじゃあいつまで経っても出来ないぞ?」

「何が?」

「ったく、結婚。彼氏もだ!」

「ああ! 何でそれ知ってんのヨォ!」

「だから、お前学生の頃から一回も家に男連れてきたこと無いだろう!もう姉ちゃんとは逆だなぁ! 和美は男ばっかり連れてきて、怒鳴り散らしたけど、逆すぎてお前は本当にダメなやつだ!」


 ムッとした私に、そう怒るなと、笑顔で紙を手渡してきた。


「最後のチャンスかも知れん! しっかり励め!」


 意味深な言葉を残し、父親は和馬君を抱え、部屋を出て行く。和馬君が手を振りチョップを繰り出した。私は、父親の背に要らぬお世話だとチョップを返す。

どうせ要らぬ情報提供者は姉だと確信して、その場にいた姉にもチョップを繰り出した。姉は大笑いをして、紙を見ろを指をさす。

 はいはい。電話番号だろうと、紙を開けると、神崎 おさむ名前の下には、丁寧な字で、住所と携帯電話番号、それに個人アドレスのおまけが付いていた。


「でかした! 親父!」


 姉が、もう一度会ってみればと、ニヤついた表情で私の肩を叩いた。姉家族と過ごす週末の夜。私は昨日と今日あった事を振り返る。

 自分のやったこと。それでも姉夫婦と父親、それに神崎さんという男性のお陰で、今こうしてベッドに横たわれることの喜びを少し感じた。もう会社は辞めるけど、私はサイトに登録しただけで満足な気分になっていた。期待を膨らませながら眠りについた。


 日曜日の夜、姉夫婦は大阪に帰って行った。和馬君が別れ際、ワンワン泣いたことを除いては、平穏な休日だった。

 その夜、私は転職サイトに目を通し、めぼしい仕事にチェックマークを入れて検討リストを作っていた。

 会社は辞めるが、やはり今までやって来たデザイン業界で働きたい。そんな思いで、同じ職種ばかりを選んで、カバンには昼間に書いた辞表をしっかりと入れて就寝。


 月曜日。会社に向かおうとすると、父親が車を出してくれた。電車でまた同じ過ちはするなと言う意思表示なのだろうと父親に甘えて車に乗る。会社前の国道まで送ってくれた父はクラクションを鳴らし、自分の仕事場へと消えていく。

 私は、覚悟を決めて会社に入ると、上司でもあるディレクターが私を小さな会議室に呼ぶ。朝礼間際の二人だけの内密な会話だった。


「伊月さん、しばらく定時上がりでいいから、余り無理しないでくれ」


 突然の言葉にどうしてか尋ねると、上司は父親から電話が会ったことを告げた。電車ので出来事も含め、上司は知っている口ぶりだった。私はその言葉に頭を下げた。

 だから、辞表提出は控えてみることにした。しかしみんなの手前、簡単に定時にあがるという事は、ある意味別の意味も含まれるのでは無いかと不安に駆られる瞬間でもあった。

 定時になると、上司が私に声をかけて帰り支度をする。そんな数週間が過ぎる。

 久しぶりに定時にあがるとウインドウショッピングを楽しんだり、本屋に寄ったりと自分の時間が持てる。親にも甘え、会社にも甘え、そんな自分がちょっと情けないとも感じ、数週間が過ぎる頃、上司に残業の打診をする。

 しかし答えはノーだった。みんなを尻目に帰る定時時刻はかなり状況的に辛い。そんな時期を過ごしていると、トイレから出る際に、同僚の花園さんたちの陰口が聞こえてきた。


「伊月さんってさあ。知ってる?」

「えっ?」

「自殺しようとしたらしいよお?」

「えっ!? マジで! 嘘おーー結構負けん気強い子だったのねぇ……」


 鉢合わせになると、私の目を背け通り過ぎる花園さんと同僚たち。職場に余計いづらくなってしまっていた。悪いと思い、残業を打診しても断られ、噂話が飛び交う職場。ある程度は予測はついたが、居心地は更に悪くなり、1ヶ月後、次のアテもなく私は退職願いを提出した。すぐにでも辞めたいと伝えたが、形式上、有給は使っても良いが、1ヶ月先まで居てくれと言われ、なくなく了承した。


 家路に就く。1ヶ月前なら電車で帰っていた道のりも、毎晩父親か母親の出迎え車。父が会社に告げた自殺の件を少し苛立たせながら、私は聞くに聞けず終いだった。姉がいた2日間だけが明るい自宅だったことに気づく。


 自宅に着くと、すぐさま部屋に引きこもり、転職探し。そんな毎日にふと父親から渡された神崎さんの電話番号が書かれたメモを机の引き出しから取り出した。

 時刻は夜の二十時を回る。もう仕事終わったのかな?私の気持ちを吐き出せるのは今ここしかないのかと、思わず携帯を取り、番号を入力し発信ボタンを押した。

 七回目のコール。久しぶりに聞く神崎さんの声だった。


「はい、神崎です! どちら様ですか?」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

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