第3話お礼の先に

 姉が運転する車中の助手席に乗り、葛城かつらぎに向かう。後ろで和馬君がチャイルドシートで旦那さんとじゃれ合っている。姉は安堵を浮かべ私にどんな男に助けられたのか問うてくる。


「普通の男性だったなぁ? まぁ30前後ってところじゃないかな?」

「で? で? 年齢の他に?」

「もう和姉かずねえ! どこに注目してんの?」

「だってねえ?年頃の男女の行く末、気になるでしょう?」

「もう! そんなんじゃないってば!」

「イケメンだった?」

「まぁ、切れ長の目に鼻筋の通った少し面長の感じ?」

「スタイルも良さげ?」

「だ・か・ら! ……うーん、でも細身でも胸板は結構あったかも?」

「もうちゃんとチェックしてんじゃないの!隅におけないよねぇ?あんたも」


 そんな会話で、姉は私の恋になるかもしれない状況を楽しんでいるようだった。

 私はお礼のため、姉に茶菓子店に行くよう伝えると、車は一路茶菓子店に寄りお茶菓子を購入する。再度、葛城へ向けて出発。葛城駅付近に辿り着く。駅前のロータリー。今日は土曜日。朝から昼にかけての時間帯なのにスーツの男性がベンチに腰掛けていた。それを見ると声が出た。


「あの人だ!」

「へえ……うーん、なかなかの……私も若ければ良かったなぁ?」

「ちょっとあ?どういう意味ヨォ! そんなんじゃないってば!」

「このこのこのお! ちゃんとお礼を言ったら、あんたの自由よ?」

「ったくもう! そんなんじゃないってば!」

「まあ、ゆっくりと話して来なよ! 私たちそこにあった喫茶店にいるからさ?」

「うん、ありがとう。じゃあ、また連絡する」


 ロータリー入り口に停めた車から降りるとすぐに姉の車は走り出す。但しベンチ付近まではゆっくりと徐行運転のようだった。私はその行動に指で頭を掻いた。

 ベンチに近づくとスーツの男性に声をかけて挨拶をする。スーツの神崎さんはこちらに気づき、耳からイヤホンを外し笑顔を見せた。


「こんにちは!昨日はありがとうございました!無事退院できました」

「ああ!こんにちは。もういいんですねえ!お父様から連絡もらった時、すごく安心しました。検査も何もなかったようで良かった良かった!」


 切れ長の目がさらに細くなり、にこやかに口元が微笑んだ。神崎さんは立ち話もなんなのでとベンチを指差し掛けて話すよう促す。茶菓子を渡し、お礼を伝えると、神崎さんはこんな事はしなくて良いと遠慮したが、私は何度か受け取ってくれるようにと促す。すると観念したかのように笑顔で受け取る神崎さんだった。


「こんなもので、お礼にはならないと思いますが、それにそれにその手の怪我、私のせいですよね? ごめんなさい」

「いやいや、これはこれは違いますよ! 料理の時に包丁で切っただけですから!」

「嘘です! 包丁でそんな痛々しくなりませんよぉ! 父から怪我の事も聞いてます。本当にありがとうございました」


 その言葉を聞くと神崎さんは真剣な表情を見せ少し黙った。しかしその真顔から一転、直ぐに笑顔に変わる。


「大丈夫! 気にしないで! もうお父様から治療代も頂いてるしね」


 本当に申し訳ないことをしたと、何度も頭を下げた。そして私はベンチから立ち上がろうすると、それを制止するように昨日の状況説明をしだす。


「飛び込みそうになった時、頭から倒れたけど、怪我は大丈夫?あの時は慌てましたよ!ずっとトボトボ歩いてた状態だったから、何かあるなあ?って思ってしまってちょっと見てたんですよね?そしたら、あれだったからびっくりして引き止めたよ」


笑顔で話す言葉と状況に、私は立つのをやめてベンチに座りなおす。


「でも、無事で何より……。何か悩み事……あったんですか?」

「…………」


 少し口籠ると神崎さんは、聞いちゃいけなかったような素振りで私をなだめに入ってきた。私はその態度と折角助けてもらった人には失礼だと思い、ちょっと相談しても良いような気分になり、少しだけと会社の現状と私の置かれた立場を話してみた。


「3年間頑張ってきたけど、限界だったんです。デザインもプレゼンも何もかもうまく運ばなくて、自暴自棄なんです……」

「そうですかぁ……3年頑張って、自暴自棄ですか……わかる気がするねえ」

「えっ?」

「うーん、僕もね、以前いた会社でね?ミスしまくって、上司やクライアントに迷惑かけて、自暴自棄。数字も取れなくなってしまったことあったなあって。でも僕はそこで気持ち切り替えようとして、転職したんですよ!そしたら会社が変われば、自分も変われて、心機一転。あの時悩んだ自分はなんだったんだろうって思いましてね?だから、あなたの気持ちすごくわかるんですよ!」

「アハハハハ……」


 乾いた笑いに、神崎さんは更に話を切り出す。でもそう言えば、父からは神崎さんは今日お休みと聞かされていたのに、スーツ姿に質問を投げかけた。

 すると、神崎さんは、話を止めて、初対面の女性に普段着でご挨拶というもの無いだろうと真顔で応える。別に普段着でも気にしないと思った私でもあったが、益々紳士的な方なのだと感じる瞬間でもあった。すると話は元に戻り、おもむろにスーツの胸ポケットから、名刺を差し出す。


「もし良ければそこのwebにアクセスしてくださいよ。僕、いや私はエージェントをしておりまして、要は人材紹介会社の営業です。ごめんなさい。別に営業するためにスーツできた訳じゃないですけど、あなたの話を聞くと、どうしても今の状況は良くないと思いまして……。登録だけでもしておくと、先々役に立つかも知れないですよ?」


 その言葉に少し残念な表情をした私に、神崎さんは手を振りながら、別に無理にとは言わないと制止してくる。


「いやいや、これも何かの縁ですし、人生経験は、あなたよりすこーしだけ長いだけかも知れないので、ちょっと言ってみました。その他の相談事もいつでも乗りますよ!僕そんなにガツガツしてました?ごめんなさい……」

「あっいえ、そう意味ではなくて、スーツの意味がなんとなーくわかったような気がしまして……」

「アハハハハ! やってしまいましたね?僕……」


 受け取った名刺をカバンに仕舞うと、おどける神崎さんに挨拶をしてその場を立った。手を振りながら、大きな声で「あまり無理は禁物です!あなたは若いですから!」と励ます言葉をかけられ、神崎さんは駅ロータリーから階段を上って行った。私も何度も頭をさげると、その場から歩き出し、姉の待つ喫茶店へと足を運ぶ。


 喫茶店のドアを開けて入ると、コーヒーを飲みながら待っている姉が言う。


「あら?えらく早いおかえりで! もっと話せば良いのに! 折角のチャンスじゃないの?」

「……ちがうよ。そんなんじゃ」


あっさりと言う私に対し、姉は切り返した。


「期待はずれってこと?」

「うーん? まあ男性としてはかっこいいとは思うけど、なんて言うか……ただの営業されちゃった」

「へ? 何? どう言うこと?」


 私は姉に先ほど名刺をカバンから取り出し見せた。


「ワークプロフェッショナル株式会社。営業」

「そう!人材紹介会社の営業らしい……」

「なあーに? それ……」

「あなたの人生はまだまだ諦めるのはもったいないって! もっと良い会社があるはずだって言われた」

「ふーん、営業かそれでスーツ?」

「みたい……」


 残念そうに応えると、姉は会社で辛い思いをしてるんなら転職もありなんじゃないかと言ってくる。どうせ辞める気なら、登録だけでもしてみると違う世界が開けるかもとも言ってくる。なぜ姉が、あの神崎さんという営業マンの肩を持つのか私にはまだ分からなかった。


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