奇襲

 戦いの場へやって来た俺を出迎えたのは、白い、笑顔を浮かべた仮面を着けた、黒髪の男。俺に届かんとするほどの長身を、光すら吸い込むくらいの黒い衣服に包んでいる。


 間違いない。この男こそ、俺の対戦相手であり、勇者パーティー副リーダーを務める、クラキカゲフミだ。


 ルール通り、三歩ずつ互いに無言で歩み寄り、深い礼をお偉いさん達に、中くらいの礼を客に、そして対戦相手を視認したまま互いに、軽く礼をする。


 お偉いさん達に混じって、勇者が豪華な椅子に座っていた……嗤っていた。俺の敗北を思い浮かべての事だろうか。カゲフミの仮面の向こうの顔も、嗤っているのだろうか。


 さて、『事前の検証』も済んでる事だし、後は俺がいかに上手く立ち回るか……だな。カゲフミ……お前は、俺の個人的な理由で、負けてもらうぞ。


 勇者に会うまでは、わざと負ける事も視野に入れていたが、その気も失せた。この戦いでは、勝って、己の実力の高さを観衆たちに伝えることが大前提。後はそれをどのような形でするかが重要になる。


 相手の攻撃をひたすら避けて、実力差を示す……否。

 デコピン等、人間にとっては低火力の攻撃で倒し、実力差を示す……否。




────『超火力』に決まっている────




「始めッ!」


 試合が始まってからの俺の行動は速かった。やった事はアキラとほとんど変わらないシンプルな事。『度』が違うだけ。


「『水魔法』──」


 大量の『ゼロ度の水』を、カゲフミの周りだけを除いたフィールド全体に生成し、残りの魔力で回復薬を生成する。


 ゼロ度の水は瞬時に固体へと凝固し、目測で50メートル程の高さの、俺を押し上げる氷の山となった。晴れた空にはよく映える。しかし、これだけでは終わらない。


「ゴクッ……『水魔法』」


 回復薬を飲んで魔力をマックスまで回復した俺は、再度ゼロ度の水を生成し氷山を更に拡大する。観客から見れば俺がカゲフミを氷漬けにしたように見えるが、実際は囲んだだけに過ぎない。


 そして反撃防止の為に、突然の事に動きを石像のように止めたカゲフミの四肢の付け根に氷の槍を生成した。鮮血が飛び散り、氷に新たな色を与える。


 これで終わりだ。後は審判が、彼の負けを認めるのを待つだけだ。勇者を攻撃してやろうとも一時期思ったが、よくよく考えてみれば、『部外者に危害を加えるのって、普通にクズじゃね?』と思ったので止めておく。


「………………………………──」


 審判を見るが彼は口を開かない。カゲフミの方へ視線を戻したが、紅に染まった氷のせいでよく見えない──いっ!


 気配を感じて、虚空のはずの方を振り向くと、俺の首筋にまでナイフの刃が迫っていた。

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