常闇

「ッ!」


 俺の首と命を刈り取らんとする刃を、体を反らして無理矢理避けるが、更なる彼の攻撃が体勢を崩した俺へと容赦なく放たれる。


 後ろに下がり、氷山の上部を破壊しながら何とか避けきったが、そこに氷は無かった。ぶっつけ本番だが、やるしかない……!


(水魔法!)

 空中に氷の足場を作って、それに上昇の力を与える……成功だ。


 とりあえず、彼の上を取っておこう……(水魔法)……危なかった……てか、あの時冷静に判断していれば、逆に反撃する事も出来たかもしれない。惜しい事をした。


 太陽の光を横顔で浴びつつ空中の氷の足場に立つ俺と、上部が台地のように削れた氷塊の上に立つカゲフミが向かい合う。両者互いに動きを見せず、観客の熱い声援と冷たい場の空気が混ざり合う。


 さて、四肢の付け根を貫かれたはずのカゲフミは、何故『血を全く流していない』のか……武器と鎧以外は、許可を取った物を除き、自分で作成した物しか持ち込んではいけないというルール上、薬を使用した可能性はかなり低い。


 じゃあ、魔法で治したのか? 常闇属性の回復の魔法にそこまでの効力……てか、常闇属性の回復の魔法自体があるとは到底思えないが……。


 そもそも、常闇属性の魔法って……何だ?


 闇を操って……攻撃? そもそも闇に実体なんて無いし、多分無いな。


 闇を操って……回復? 聞いた事がない。イメージが結び付かないな……。


 闇を操って……防御? 闇に実体無いし、無いな。


 闇を操って……移動? ワープの類いとかでありそうだな……。でも、ワープだけではあんな状態から回復するのは難しい。


 血液を体外のどこかワープさせたとしても失血してる事に変わりはないし、体内に戻すのはリスクがあまりにも高い。血管破裂してお陀仏だろう。


 闇を操って……隠蔽? ありそうだな。だが、傷を隠したところで、その傷が癒える事はないだろう。


──いや、待てよ?


 そもそも、『カゲフミは本当にダメージを受けた』のか?


 目の前の黒ずくめの男は微動だにしない。そして何か違和感を感じる……と、その時、男が動いた。ナイフの切っ先をこちらへ向けて突進してくるという、単純で最短な攻撃。


 おそらくそれなりに速いのだろうが、俺の目にはスローモーションのように映る。


 あまりにも意外過ぎたため、一瞬固まったが…… 


(水魔法)……。『酸弾』を彼へと放つ。

 さっきのように、あと少しで俺の首へと刃が届こうとしているわけではないため、冷静に判断が出来た。


 そしてそれに怯むことなく突進してくる彼に、『酸弾』が命中す……透けた!?


 も、もう一回……やっぱり透けた!?


 驚く間にも、彼はゆっくりと少しずつ迫ってくる…………ん?


──こいつ、空中を走ってる!? いや、何か違う。足はしっかり動いているが、体が、まるでエスカレーターを上がるようにスゥーと動いている?


 それにこいつ……そうか、そういう事か。分析は大事だな。てか、最初からこうすれば良かった話じゃないか……。俺の一連の思考の努力を返せ……って、原因は俺だったな。分析めっちゃいらなかったかも…………。



(水魔法!)

俺は大量の酸弾を、向かってくる彼へ……



ではなく、



 俺の周囲全域へと放った。

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