第20話 戦いの後、北の国はやはり寒くて

 ごめんなさい。

 すぐに気づいてあげられなくてごめんなさい。

 助けてあげられなくてごめんなさい。

「ユーイ」

 その声に反射するように目を開けた。滲んで何も見えない。私、ずっと泣いたまま意識を失ってしまっていたんだ。

「ユーイ、だいじょうぶ」

 目を擦って声の主を確認すると、ブロンズが心配そうに私を覗き込んでいた。

「ブ、ロンズ……。どう、なったの?」

 全身が鉛のように重い。そして、身体中が痛む。

「ユーイ」

 辺りは瓦礫の山だった。魔法兵器がどこにも見当たらない。

「ユーイ」

 ハッと我に返ってブロンズを見た。目に涙をいっぱい溜めて、たくさんの涙を溢しながら、ブロンズが抱きついてくる。

「ユーイ、ありがとう。おばあちゃんを、とめてくれて」

 ああ。私、止めれたんだ。

 でも、でも。サラサはもう。

「ブロンズ、ごめん。私、助けてあげられなかった」

 私もまた涙が溢れてきた。自分の弱さが不甲斐なくて、どうしようもなく惨めだった。サラサだけじゃない。シルバーのことも殺してしまった。私があの時きちんと動けていれば、シルバーは死ぬことはなかったかもしれないのに。

「ううん。ユーイはたすけてくれたよ」

「だって、私のせいで、ブロンズのお兄さんも」

「勝手に殺すな、魔法使いのお嬢さん」

 頭の上から声がした。見上げるとそこにはシルバーがいた。

 生きていた。

 良かったと安心したが、すぐ後にあることに気が付く。

「ああ、これか。まあ仕方ない。生きていればこんなもの大した事ないさ」

 シルバーの左腕は、肩から先がなかった。

「そんな顔をするな。勝者なら笑え」

「ち、治療しないと!」

「治療ならもう済んでいる。お前の仲間さんが迅速に治療してくれたおかげで、一命をとりとめたというやつだ」

 シルバーの後ろにマリアが立っていた。

「はぁい、ユーイちゃん。ご苦労様。あらあら、二階級特進を逃しちゃったわねぇ。残念ね」

「マリアさんも無事だったんだ」

「あら、癇に障る言い方ね」

「喜んでるだけです!」

 力が抜けた。もともと力なんて残っていなかったが、しばらくは立てそうにもない。

「ルドラ王と、魔法兵器は……」

 シルバーが指さす先にルドラ王が倒れていた。どうしてしまったのか、訳の分からないことをずっと叫んでいる。

「気が付いたら、ああなっていた。魔法兵器はよく分からんが、どこにもないな」

「じゃあ、魔法兵器も、サラサさんも……」

「ユーイ、おばあちゃんはいるよ」

 ブロンズを見ると、瓶に入ったサラサを愛おしそうに撫でていた。それを見てももう気持ち悪さはない。だって、やっとサラサはあんな呪縛から解放されて、家族のもとに戻ってこれたのだから。

 風が吹いた。

「ありがとう」

「え」

 声が聞こえた気がした。北の国で、ずっと聞こえていた誰かの声が。

 終わったんだ。

「さて、帰るぞ。ブロンズ。勝手に城から今回の報酬をいただいていくとしよう。ただ働きは御免だからな」

「シルバー、これからどうするの」

「さてな。科学武器も壊してしまったし、しばらくは今回の報酬で静かに暮らすか」

「おじいちゃんは」

「爺さんは放っておけばいいだろう。俺はこんなだから、療養だ。誰か看病してくれるやつがいれば助かるんだが」

「わたしがする」

「じゃあ、頼む」

 シルバーが笑った、ブロンズが駆け寄る。

「帰ったら弔ってやろう。連れて行っていいか、魔法使いのお二人さん」

 サラサのことだろう。もちろん私は二人のもとへ返してあげたい。マリアを盗み見ると、ため息をついていた。

「いいわ。どうぞ連れて行ってあげてちょうだい。止めたら後が怖そうだわ」

 何のことか分からないが、マリアは渋々それを認めたようだった。

 良かった。

 あ、でも、最後に一つ言っておかなければならないことがある。

「シルバーさん。今回のことはすごく感謝してます。でも、やっぱりあなたを許すことはできません」

 シルバーが私を振り返る。

「構わんよ。許されようが許されまいが、俺はその時、自分がやらなければならないことをやっているだけだ。他人にどう思われようが興味なんてない」

 その目は真っすぐに私を見ていた。

「だから俺は別に腕がなくなろうが誰も恨んだりしないってことだ」

「それって嫌味じゃないですか」

「さてな」

 そのままブロンズを連れてシルバーは歩き出す。

「ユーイ、じゃあね」

 ブロンズが手を振って去っていく。

 残されたのは、私とマリアとルドラ王の三人になった。

「ユーイちゃん、これ返しておくわね」

 そう言って短剣とカバンを返された。取り戻してくれたんだ。しかし、それよりも何よりも大切なことがある。

「ありがとうございます。あの、協会は……」

「無事よ。テレサちゃんが守り切ったわ。最強の名は伊達じゃないわよねぇ」

「良かったぁ」

 やっぱりテレサニアが守ってくれた。少しは役に立てていたのならよかったのだけれど。

「そうだ、城や町の人たちは……」

「生き残ったのは3割といったところかしらね。気に病むことはないわ。あなたはできる最善を尽くした。その結果、3割も残ったのだから上等よ」

「私の最善……」

 そう、私だから、3割しか助けられなかった。テレサニアなら、マナなら、きっと全員助けることも可能だったはずだ。

「ユーイちゃん、あなた、世界の人全員助けるつもりなの?」

 マリアが呆れたように言った。

「違います。そんなの無理、です。でも、助けられる人がいるなら助けたいっていうだけなんです」

「なら助けたじゃないの。あなたは助けられる人たちを助けたんでしょう。あなたがここにいたから助かった人たちがいるの。あなたは神じゃないのよ」

「でも、私がもっと強かったら、もっと助けられたかもしれない」

「なら強くなりなさいな。最弱の魔法使いさん」

 マリアはそう言い残し、その場を後にする。

 残されたのは私とルドラ王。彼はもう完全に壊れてしまっていた。

 むげん、いたい。むげん、いたい。

 何のことだろう。ずっとそう繰り返している。私も力を入れて立ち上がる。

「ユーイ、帰ろうよ」

 今までずっと黙っていた肩に乗ったオドが話しかけてきた。

「テレサのところに帰ろう。リンも待ってるよ」

「…………うん」

 どうして涙が止まらないんだろう。

「オド、私、強く、なりたい」

「うん」

「私なんかが、強くなれるのかな」

「うん」

「オド」

「うん」

「守りたいよ。リンのことも、テレサニアのことも」

「うん」

「今の私じゃ、何かあったらあの二人を守ることができない気がして、すごく怖いんだ」

「大丈夫だよ、ユーイ」

「オド?」

「君は強くなる。僕が保証しよう」

「……え……」

 今の声はオドだけどオドじゃなかった。

 今の声は、私が忘れるはずがない。

 ―――マナの声だった。

「ユーイ、泣かないで」

 オドに戻っていた。

「今、マナの声がしなかった?」

「ユーイ、疲れてるね。マナはもういないよ」

「そう、だよね……」

 マナはもういない。分かっている。分かっているけれど。

 今、マナがそこにいたような気がした。そして、強くなれると言ってくれたような気がした。

「分かったよ、マナ」

「ユーイ?」

 涙を拭った。

「帰ろう、オド。私たちの協会へ」

「ユーイ、帰ろう」

「帰りにテラに挨拶して、あの汽車に乗って帰ろう」

「先は長いね」

「そうだね」

 そうして私はノースブリッジを後にした。

 陽も落ち切ってしまい真っ暗な中、私は北の国の大地を歩いていく。

 いつかまた、復興したノースブリッジを見ることができますように。

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