第19話 マナ
瓦礫を押しのけ顔を出す。先ほどまであった部屋と呼べるものはもうそこにはなく、天井も壁もない。そこには魔法兵器と、笑い続ける哀れな王様がいた。
物音でこちらの存在に気が付いたのか、ルドラ王が目を見開いた。
「よもや今ので生きていようとは……。しかし魔法使い、お前の本拠地はもう存在しない。残念だったな。後はお前をこの世界最強の兵器で仕留め、私がこの世界の王になるのだ」
うるさい。
身体を確認する。身体中傷だらけ。指輪はひび割れたものが一つだけ残っている。銀色の髪を束ねていたリボンは今ので燃えてしまったのか、解けてしまっていた。
「満身創痍だな、魔法使い。それこそ弱者に相応しい。どうだ、私にひれ伏し、終生を私に捧げるというなら生かしてやってもよい。この魔法使いの予備としてな」
本当にうるさい。
耳障りだ。元から気分が悪いというのに、これ以上気分を害するようなことをしないでほしい。
「この私の言葉を無視するか、屈辱だぞ、魔法使いよ。そんな道具はいらん。今すぐ消えろ」
もう我慢できない。
―――無限創生。
「え?」
瞬きの間に突如現れた無数の武器が王の身体を貫いた。
「ああああああ」
「おっと、死なせないから安心してほしい」
治癒の魔法を王に施した。剣、槍、斧、様々な武器が王を標本のように魔法兵器に張り付けている。
王の元までゆっくりと歩いた。王は苦痛と恐怖が混じりあった怯えた表情でこちらを見ていた。
「一体何が!?た、助けてくれ…」
「君の好きな魔法だ。楽しむといい」
―――無限創生。
武器が出現し、王を貫く。急所ははずす。そして治癒する。それを繰り返す。王の悲鳴が無限に続く。
死ぬほどの痛みを与え、すぐに治癒する。治癒したところにまた死ぬほどの痛みを与える。
「君が僕の大切なユーイにしたことを赦すとでも思ったか」
ユーイを謁見の間で昏倒させた。それが、どれほどの痛みだったか。脳だけになってしまったサラサを見たユーイがどれだけ傷ついたか。そして、この兵器の攻撃で、どれだけの傷を負ったか。
僕が助けなければ、ユーイは死んでいた。
「お、おねがい、しま。たす、け」
「心配いらないよ。殺さないよう上手くやるさ」
「ひいいぃ、あぁあああぁぁあ」
―――無限創生。治癒。無限創生。治癒。
どれほど繰り返しただろう。王は既に自我を失い、叫ぶだけの人形となっていた。
「何とも脆いな。これが世界の王か」
現界していた武器を全て消す。そして、王の傷を治癒した。
しかし、王はその場から逃げ出そうともせず動かない。壊れた人形は生きているが自分の意思で動くこともできなくなってしまっていた。
背後に気配を感じる。
「お待ちしていました、マナ」
「ルーインか。久しぶりだね」
魔法使いのルーイン。いつも僕の後ろをついて回っていた。
「やっと、お帰りになったのですね」
「……」
恍惚の表情でルーインが跪いた。
「ルーイン」
「はい、マナ。うぐ……」
突然現れた鎖がルーインの首に巻き付き、僕が力を入れると彼の首を締めあげていく。
「東の国で君がユーイにしたことを見逃すつもりはないよ」
「ま、な……。俺は、あなたの、ために……」
「僕のためならユーイを傷つけるのか」
更に力を加える。ルーインは東の国でユーイの首を絞めた。どれだけユーイが苦しかったか、こいつに分からせてやらないといけない。
「も、申し訳、ありません」
「今回だけは赦そう」
鎖から手を離した。音もなく鎖が消滅する。
「がは……、はぁ、はぁ……」
「君はヒサカのところへきちんとユーイを導いたからね。それだけは評価できる」
「ありがとう、ございます」
「次はない」
「……肝に銘じておきます」
再び跪き頭を下げたルーインを見ると、途端に興味を失ってしまった。僕にはまだやらなければならないことがある。ユーイを助けようとしてくれた、あの少女を助けてやらねばならない。
「ルーイン、魔法兵器が欲しいんだろ。持っていけばいい」
「は、はい」
「ただし」
数百、数千の武器が上空に現れ、一斉に魔法兵器を貫いた。当然魔法兵器は元の姿など保てるはずもなく、無残な残骸へと変わる。
「ガラクタになった魔法兵器をね」
「く……」
「サラサは返してもらうよ」
瓶に入ったサラサだけを回収して、あの少女が埋まっているであろう瓦礫に向かう。
「マナ、俺はあなたを諦めない」
ルーインはそう言い残し、魔法兵器の残骸を持ってその場から姿を消した。
残された僕は瓦礫から褐色の肌をした少女を掘り起こした。
気を失っているだけだ。かなり弱っているが問題はなさそうだ。彼女に治癒を施す前に、さきほどから待ちぼうけしている客に声をかける。
「マリア、ご苦労だったね」
「協会の方も、テレサニアが無事に守り切ったそうです」
「それはよかった。僕の保険に気が付いてくれたのかな」
「申し訳ありませんでした、マナ様。私が不甲斐ないばかりに、ユーイに傷を負わせてしまいました」
「仕方ないさ。それに、ユーイの成長を感じられた。それは喜ばしいことだ。強くなったよ、ユーイは」
「はい」
ユーイは僕を失ってから強くなった。テレサニアに心を開いてくれたおかげだろう。僕がいなくなってしまってしばらくは、本当に死んでしまうのではないかと危惧していたが、残しておいたオドのおかげで何とか精神を保ってくれた。脱走した時には冷や冷やしたが、テレサニアの執着が強くて助かった。
テレサニアにはユーイを絶対に殺すこはできない理由がある。
彼女は自分では非道に振舞い、敵を屠っていても、いつも迷い、悔いている。テレサニアが魔法使いになってから200年。あそこまでまともな精神のままでいられることは本当に稀だ。限界も近かっただろうが、ユーイは彼女の支えになる。また、彼女がユーイの支えでもある。
「マリア、ルーインは僕の復活を企んでいるらしいから、注意しておいてほしい」
「復活は考えておられないのですか」
「まったく。僕が復活するということはユーイが死ぬということだよ。僕がそんなことを認めると思うかい」
「……いいえ。しかし、あなたの復活を待ち望む者は多い」
「望むだけなら勝手だからね、好きにするといい。ただ、僕にその気はない。無理やり僕を復活させようとする連中は君が排除するんだ」
「……わかりました。テレサニアはあのままでいいんですか」
「ああ。テレサニアの記憶が戻るのは時間の問題だろうけど、それはそれで仕方のないことだ。ルーインが僕を復活させようと動く以上、彼女の記憶は戻しておくべきだろうしね。まあ、ちょっと僕は寂しい気もするけど仕方がない」
マリアが頷いた。そろそろユーイの意識が戻ってくるころだ。
「じゃあマリア。また頼むよ」
「分かりました。この短剣はどうしますか」
マリアが奪われていたユーイの荷物を手に持っていた。きちんと回収してくれていたらしい。
「君からユーイに返しておいてくれ。さてと、この子を助けないとね」
気絶している少女を見た。
「よろしいのですか。その子は傭兵。ユーイの敵になるかもしれませんよ」
「かもしれないね。けれどこの子はユーイを助けた。なら、それないの礼は尽くさないとね」
「相変わらずユーイのことばかりですね」
「おや、悪いかい?僕はもう、ユーイ以外は何もいらないんだ」
少女に治癒の魔法を施す。直に目を覚ますだろう。
「後片付けはよろしく」
「……はい」
そのまま僕は意識を消した。
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