第18話 もう少し話がしたかった

 協会の一番高い場所。屋根の上に私は佇んでいた。長剣を手にし、目を閉じて集中力を高める。


「テレサニア様、マリア様から連絡が入っています」


 部下が階下から声をかけてきた。


「分かっていると伝えてください。あと、危険なので全員協会から今すぐに避難させなさい」


 私が言うと部下は分かりました答え、その場から姿を消した。

 マリアからの連絡があったということは、ユーイは魔法兵器の発動を止めることはできなかったということだ。しかし、必ず全出力での発射は阻止するはずだ。そして、魔法使いであるユーイが邪魔建てすれば、必ず標的はこの協会になる。

 私はユーイを信じている。彼女は必ず困難を成し遂げる。


「よくやってくれました、ユーイ。この場は私が預かります。あなたが帰るべき場所を私が守りましょう」


 空気が震えている。


 ―――来る。


 長剣を振り上げた。

 私の魔力を全開で迎え撃つ。

 長剣が黒く変色した。長剣から魔力が溢れ出す。

 足りない。

 漆黒の魔法が長剣から吹き出す。私の魔法は消す対象の質量や大きさ、属性によって使う魔力量が違う。私の魔力量が対象の力よりも小さければ消すことができない。

 今から迎え撃つ魔法兵器による魔力砲は出力の桁が違う。であれば、私の用意する魔力量も桁違いでなければならない。

 指輪が音を立てて割れていく。自分の指輪が割れたのを見るのは久しい。長剣が重い。魔力が漆黒の雷の方に迸っている。

 目を見開き、前方を睨んだ。

 北東に、白い光が見えた。

 同時に、私も長剣を振り下ろす。


「―――無刃」


 振り抜いた長剣から放たれる無の刃は、まるで伝説に謳われる天空を駆ける竜のような力強さで魔力砲にぶつかった。

 黒と白。対極する二つの力がぶつかり合って大気を揺らす。

 全てを消し去る私の無刃と、魔法使いを滅しようとする魔力砲が、互いの存在を賭けて押し合う。

 足りない。

 魔力砲の進撃を押し留めてはいるが、私の無刃がわずかに押され始めている。とんでもない出力だ。これで全開でないのだから、サラサの作り上げた魔法兵器の威力に感服する。

 あなたはすごい魔法使いだ。ここに敬意を表したい。


「こんなものを相手によく戦いました、ユーイ」


 もう一度長剣を振り上げる。


「そして、サラサ卿。あなたは確かに正しかった。この兵器があれば、科学派が私たちの脅威になることもなかったでしょう。いいえ、この大陸上に我々魔法使いの敵など存在することもなかったでしょう」


 指輪はあと一つだけ。予備もすべて使い切っている。それならばどこから魔力を捻出すればいいか。決まっている、私の200年分の命を魔力に変換する。


「しかし、力で屈服させるだけの支配、栄光など、人々が真に望むものではないのです。ユーイに出会って私も知りました。我々は大切な人を守れるだけの力があればそれでよかった。サラサ、あなたもユ

ーイともう少し早く出会っていれば、こんなものを創ることはなかったのかもしれませんね」


 無刃が競り負ける。


「いいえ、」


 再び長剣に魔力が宿った。


「私があなたをもっと知り、あなたの友人となるべきでした」


 長剣を振り抜く。

 私の命を全て持っていくといい。

 それでもこの一撃だけは、止めて見せる。


「テレサニア様!」


 振り抜く瞬間、リンの声がした。

 リンが私の腰にしがみつく。


「何を」


「私の命を使ってください。あなたがいなくなってしまったら、ユーイが悲しむわ。それはとても悲しいの」


 ああ。

 この前までの私には何もなかったのに。偽りの最強という力しかなかったのに。

 それなのに今は、こんなにも多くの大切なもので溢れている。

 もう少し早くそれに気が付いていれば、あなたを救えたのでしょうか。


「リン、少しだけ、力を貸してくれますか」


「はい!」


 リンから魔力が私に流れる。

 そういう事か。もしも東の国でリンを助けたのも、ここまで計算していたのだとしたら、恐ろしいことだ。

 長剣を今度こそ振り抜いた。無刃は加速し魔力砲を飲み込む。一瞬後には先ほどまでの大気の震えが嘘だったかのように、夕焼け空が広がっていた。もうじき陽が落ちる。

 魔力砲は消え去った。


「テレサニア、あなたともう少し話がしたかった」


「……私もです」


 空耳だったのだろう。

 魔力を使い、倒れそうになったリンを抱えた。

 戦いは終わったのだ。


「ありがとうございます、リン。後はユーイを待ちましょう」


「はい、テレサニア様」


「リン。私のことは、ユーイと同じようにテレサニアと呼んでくれませんか」


「え、でも……」


「私からのお願いです。聞いてもらえませんか」


「うん。わかったわ、テレサニア!」


 リンが笑顔を見せた。心の底から安堵する。改めて、ユーイが帰る場所を守られたのだと実感した。

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