第17話 私が止める

 もう、いやなのです。

「何が、嫌なの」

 もう、ころすのはいやなのです。

「じゃあ、殺すのをやめたらいいんだよ」

 わたしがやめたくても、もうむりなのです。

「無理なんかじゃないよ」

 わたしを、ころして。

 あのこを、たすけて。

「わかった、私が、止める」




 痛みが頭の芯に響く。身体が痛い。

 起き上がろうと手をつくと、横にブロンズが倒れている。ブロンズも気絶はしていないらしく、私に手を伸ばした。その手をしっかりと握ると、ブロンズから涙がこぼれた。


「シルバーは」


 私は辺りを見回して首を振った。

 助けられた。

 光線に呑みこまれて死ぬはずだった私を、シルバーが身を挺して守ってくれたのだ。もしかしたらブロンズを守ったのかもしれないけれど、結果として私は守られた。

 壁は今の魔法兵器の一撃で崩壊していた。夕焼け空が見える。


「馬鹿な。あの男、私に雇われた傭兵の分際で」


 王がいなくなった傭兵に向けて言った。

 シルバーの最後の言葉。



「妹を頼む」



 膝に手をついて、立ち上がる。蹴り飛ばされた衝撃なのか、身体がうまく動かない。


「忌々しい魔法使いめ」


「なんで、サラサさんを殺したんですか」


 魔法兵器の横で無残な姿になったサラサを見た。今でも吐き気がする。気を抜くとまた泣き崩れてしまいそうだ。けれど、今はまだそんな時じゃない。


「何を言っている、生きているではないか。あの女が自ら作り上げた魔法兵器の一部として。そして私に武器として終生を尽くす。これほど幸福なことがあるか?」


「ふざけないで」


 彼は王だ。この国の全ての民の上に立つ者。国民は王に尽くす。王は国民を導く。もちろんそれは正しいことだ。それでも、彼も人間である以上、人間の度を越えた暴挙が、人として許されるわけがない。


「サラサさんがどうしてそんな兵器を作ったのかは分からない。でも、サラサさんは殺戮兵器になるなんてことは望んでない」


「それをサラサ本人が言ったのか?」


 物言わぬ魔法使いを指さし王は笑った。


「言った」


「なに?」


「私を殺してと、私を止めてと、ずっと叫んでる」


「妄想も大概にしておけ、虚言癖の魔法使い」


「嘘なんかじゃない。魔法使いを、ブロンズのおばあちゃんを馬鹿にするな!」


 ずっと聞こえてた。

 北の国に来た時から、誰かの叫び声がずっと頭の中に響いていた。

 それが何なのかずっと分からなかったけれど、それは必死に、泣き叫ぶ子どものように、ずっと自分を止めてほしいと、殺してほしいと叫んでいた。


「あなたは王様なんかじゃない。人の心が分からない、人の皮をかぶった化け物だ」


 王が冷たい目で私を見た。

 自分の状況を確認する。残った指輪はひび割れた一つのみ。体力はほとんど残されていない。ブロンズの状況も確認したが、立ち上がれないほどに疲弊している。

 私が、やらないと。


「魔法使いよ、決めたぞ。次の一撃でお前たちとともに、本拠地である西の国にある協会を攻撃する。幸運だったな。お前の今立っているその位置は、ちょうど協会がある方角だと、魔法兵器が示している」


 王が高笑いをした。もしかして気が付いていないのだろうか。もうあの魔法兵器の中にある魔力は空っぽだ。次の攻撃は撃てない。魔力を充填される前に私があの魔法兵器を破壊すればすべてが終わる。


「もう魔力が残っていないと思っているのだろう、魔法使い」


 思っていたことを言い当てられた。しかし、それは事実だ。なのに、この王は何故こんなにも余裕があるのだろう。


「今こそ税を払ってもらうぞ、愚民ども。お前たちの命という血税をな」


 魔法兵器の横についてあったレバーを勢い良く引いた。

 赤い電流のようなものが城を駆けていく。


「いったい何が……?」


 王が狂ったように笑い始めた。


「この城、そして城下町の愚民どもから生命エネルギーを吸い上げて魔力に変換しているのだ」


「え……、そんな、ことが……」


「そのために多くの移民を受け入れた。そのために税も減らしてやった。この時、命を私に納税させるためにな!」


 魔法兵器に魔力が満たされていく。先ほどの魔力の比ではない。こんな魔力が放たれれば、それは本当に西の国まで届く。協会まで届く。


「やめて!皆、あなたを慕ってこの国に来た人たちなのに!」


 昨日の自動車で出会った移民たちの会話を思い浮かべる。彼らは、ルドラ王が受け入れてくれたと喜び、王に尽くしたいと願っていた。


「私を慕ってだと?だから使ってやるのだ。王の敵は民の敵。王の力になれることは民にとって最上の喜びだ」


「違う!誰だって、命が、大切な人が一番大事なんだ。あなたにこんな形で尽くして命を奪われることなんて望んでるわけがない!」


「ほざけ魔法使い」


 止めないと、止めないと、止めないと。

 赤い生命エネルギーが魔法兵器に吸い上げられて行く。城中、街中から悲鳴が聞こえる。


「ぬ……?」


 王が突然跪いた。

 あれは私も経験している。マリアが使う重力の魔法だ。


「間一髪かしら」


 私が来た階段の入り口にマリアが立っていた。


「マリアさん!」


「遅れちゃってごめんなさいね、ユーイちゃん」


「また魔法使いか。私の邪魔をするな」


 王がマリアの魔法に抗って立ち上がる。そんな馬鹿な。普通の人間がマリアの魔法に打ち勝てるわけがない。そう、マリアが万全の状態であれば、だ。


「マリアさん」


「迂闊だったわぁ。まさかこんなに生命力を吸い上げられちゃうなんてね」


 魔法兵器の効果を受けていたのだ。だから、マリアはかなり疲弊している。魔法を使うマリアにもうその体力がほとんど残されていない。


「もう構わぬ。最大出力ではないが、8割もあれば十分だ。お前たちもろとも消し去ってくれる」


 王が撃鉄に手を伸ばした。


「ユーイ、ごめんなさい」


 ブロンズが泣いていた。


「にげて。今ならにげれるわ」


 そうやって、皆私を守ろうとする。でも、違う。


「大丈夫だよ、ブロンズ。約束したから」


「え?」


「あなたを守るって、約束しちゃった」


 私は笑った。どうしてだろう、怖いはずなのに、ブロンズの前でかっこつけたかっただけなのかもしれない。


「ユーイ、死なないで」


「うん。あなたのおばあちゃんを止めてくるね」


 あの王が撃鉄を引けば魔法兵器から光線が発射される。この距離ではその動作を止めることはできないし、あの魔法兵器はもう臨界だ。放っておけば暴走する可能性もある。撃たせるしかない。撃たせたうえで止める以外の道はない。


「ユーイちゃん。これを使いなさい」


 マリアが何かを放ってきた。それは9個の指輪だった。


「私の魔力、あなたに託すわ」


「分かりました。マリアさん、テレサニアに連絡をお願いします」


「……分かったわ」


 マリアが身を翻して階段を駆け下りていくのが見えた。

 指輪をはめる。

 逃げたりなんかしない。

 王が撃鉄を引いたのが見えた。肩の相棒に声をかけた。


「オド……、いくよ」


「ユーイ、いこう」


 ―――有限創生。


 イメージしろ、イメージしろ。イメージしろ。

 そしてそのイメージを現界させろ。

 壁。

 全てを防ぐ壁が欲しい。

 何物も通さない無敵の壁が。

 この壁は崩れない。私やみんなの思いがある限り、絶対に壊せない。


「あああぁあああ!」


 目の前に壁が出現する。

 魔法兵器の光線が壁にぶつかった。衝撃と爆風で多くのものが飛び散ったのが見えた。

 壁が壊れる。しかしすぐに新しい壁が創生される。

 無限に壁を作り続けるんだ。ここに現界するのは無限の壁。何だって突き破ることなんかできない。

 衝撃が伝わってくる。腕が痛い。頭が痛い。身体中が痛い。

 分かってる。

 無限なんて、ない。

 指輪が砕けていくのが見えた。

 壁が消えていく。

 それでも。

 もう少し、もう少し。あと少しでいい。

 最後の最後まで、壁を創生し続ける。


「ユーイ、僕が君を守るよ。後はテレサがやってくれるよ」


 オドが静かにそう言った。

 少しは、力になれたかな。

 私は何かを守れたかな。

 意識が遠のいていく。

 テレサニア、後は。

 ―――お願いします。

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