第16話 傭兵二人

 扉の向こうでは戦いが繰り広げられていた。大きな影と小さな影が争っている。その脇には多くの兵士が倒れていた。そしてその奥、戦っている二人の奥に、巨大な大砲のようなものがあった。見ただけでわかる。あれが、魔法兵器に違いなかった。

 その魔法兵器の傍らにはルドラ王が立っていた。


「おや、見た顔だな」


 戦っていたうちの片方、顔に大きな傷がある白い肌で長身の男が私の姿を見て動きを止めた。

 覚えている。

 東の国で戦った科学派に雇われた傭兵だ。あの時私は手も足も出なかった。テレサニアの助けがなければ殺されていた。


「何故捕らえたはずの魔法使いがいる。兵はどうしたのだ」


「脱走したんだろ。あんなのでも奴は魔法使いだ。やりようはいくらでもあるだろう。磔にでもしておけばよかったものを」


 王の激昂に傭兵が答える。私のことを魔法使いと認めてくれているらしい。


「ユーイ……?」


 彼と戦っていたもう一人が私の名前を呼んだ。

 それは昨日出会った褐色の肌を持つ少女、ブロンズだった。目を丸く見開いて私を見ている。


「ブロンズ!何でこんなところに!」


「ユーイ、魔法使いだったの?」


「お前たちは知り合いか?」


 余裕のありそうな男の傭兵が尋ねる。対して少女は肩で息をしていた。


「きのう、ユーイが迷子だったからたすけてあげたの」


 流石にそれはおかしい。


「そうか。それはご苦労様だったな。ところで魔法使いのお嬢さんは、ここに何をしに来た?」


 ブロンズの前に出る。二本の短剣を手にした男はやれやれと肩を竦めた。


「止めに来ました」


「ほう。君の実力でか?」


 男が嗤う。確かに以前はまったく歯が立たなかった。彼が手に持った短剣、あれは科学武器。テレサニアに教えられた、科学派が作り出した魔法使いに対抗するための特殊な武器らしかった。


「思い出してもらえたか、絶望的な力の差を」


「おい、シルバーよ。あの魔法使いは生かしたまま捕らえよ」


 王が男に命令する。男は静かに王を睨むと、王は少したじろいだように見えた。


「まあ、今の雇い主はあんただ。命令には従うが、相手は魔法使い。確約はできんな」


 ため息をついてこちらに向き直った。戦闘は避けられそうにない。


「シルバーさんは科学派の人ではないんですか」


「おや、名前を憶えてくれたのか。前に言っただろう。俺は傭兵だ。金さえ払ってくれれば何の味方だってする。ただし、魔法使いにだけは死んでも与しないがな」


「……そうですか。残念です」


「ありがたい。今度こそ、魔法使いをぶち殺してやれる」


 腰に手を伸ばしたが短剣がない。そうだ、武器は全て没収されていたんだった。有限創生で武器を作り出して戦うしかない。残された指輪は7個。以前の戦いでは8個使っても勝てなかった。けれどそんな弱音を吐いてなんかいられない。

 それにこのシルバーという男は、リンを傷つけた。

 それについては絶対に許さない。


「オド、いくよ」


「ユーイ、いこう」


 私が動き出そうとする一瞬前にシルバーが動いた。間合いを詰めて短剣を振り下ろす。魔力でブーストさせて移動してそれを躱す。私のいた場所が小さく抉られていた。

 結界を張ってガードするのはナンセンス。以前と同じようにその場に足止めされて魔力をすべて削られてしまう。ならば攻撃はすべて躱して攻めるしかない。守りに入れば負ける。


「ユーイ、いつでもいけるよ」


「まずは武器を用意する!有限創生!」


 指輪が光り短剣が現れた。それを掴んでシルバーに対して攻撃する。あっさりとそれは受け止められた。


「魔法使いのお嬢さん、少しはマシになったな」


「それはどうも、ありがとうございます!」


 シルバーが短剣を振り抜くと、鋭い風の刃が発生する。私の身体を何度もかすめていった。的を絞らせないように走る。


「―――有限創生」


 シルバーの頭上に7本の短剣が出現する。それらは一本ずつ順番に、シルバーに向かって攻撃した。それらを全て風の刃で撃墜し笑った。


「はは!やってくれる!」


 最後の一本は私の手元に引き寄せた。最初に出した武器はすでに消えている。有限創生で創り出した武器が現界していられる時間はおよそ30秒ほど。時間がたてば幻のように消えてしまう。武器がない以上、創りながら戦うしかない。

 魔力によるブーストを行いながら、有限創生で武器を創って戦う。

 それはとてもつもない魔力の消費を意味していた。数分の戦闘で既に指輪は二つ失われていた。

 シルバーの動きが思った以上に素早い。一瞬体勢を崩してしまった瞬間に、3本、風の刃が放たれた。

 全部は躱せない。

 右か左、どちらかに身を捻らせ、被害を最小限に留める。左は、諦めよう。

 そう決断した時、私の前に小さな壁が立ちはだかった。


「ブロンズ!?駄目、逃げて!」


「ユーイ、だいじょうぶ」


 風の刃が届く寸前に、ブロンズの手首につけられた腕輪が光り、眩い雷が出現して霧散した。


「ブロンズ……?」


 魔法、ではない。そうだ、これはおそらく科学武器。


「わたしも、傭兵なの」


「何処までも邪魔をするのか、ブロンズ。魔法使いは許せないと言っていただろうに」


「魔法使いは、きらい」


 腕輪が光り、雷がシルバーに襲い掛かった。やっぱりこの部屋に入ってきた時に戦っていたのは間違いなくこの二人だったのだ。


「でも、ユーイはきらいじゃないわ」


 ブロンズが私を見て笑った。


「それに」


 すぐに視線を外してシルバーと向かい合った。


「わたしがおばあちゃんをとめるわ」


「……おばあちゃんって?」


 私はブロンズの横に並び、彼女の顔を見た。とても辛そうな顔をしている。


「サラサは、わたしのおばあちゃんなの」


「サラサさんが……」


 シルバーは頭を掻いて私たち二人を見比べた。面倒くさそうに短剣二本を両手に構えなおす。


「ユーイ、いっしょにおばあちゃんをとめてくれる?」


「もちろん!」


 有限創生で扱いやすい短剣を創り出す。


「もう手遅れだと思うがね」


「それでも止めます!ブロンズ、私が前に出るからサポートして!」


「わかったわ」


 魔力でブーストして一気に間合いを詰めて斬り込んだ。シルバーはそれを軽々と受け止めながら風の刃を放つ。しかし、風の刃はブロンズの雷によって相殺されていた。同じ科学武器同士、威力は同等であると見える。


「有限創生!」


 ブロンズが合わせやすいように叫んだ。出現した10本の長剣、短剣にブロンズが雷の力を纏わせる。それを私の魔力で射出した。


「こざかしい!」


 今までにない怒声をシルバーが叫び、私が放った武具に風の刃を放つが、雷と相殺されるだけで武具はまっすぐに対象に向かっていく。もう片方の短剣で、それらを撃ち落としていった。身体能力は間違いなく魔力でブーストをかけている私と遜色なかった。

 武具を全て落とされたところに再びブロンズが雷を放ち、それを防御している間に私が武器を創生して打ち込む。

 シルバーは完全に防戦に転じていた。

 このまま追い詰めていけばいける!


「シルバー!何をしているか!もう良い!魔法兵器を使わせてもらう!」


 王がシルバーに言い放つと、シルバーは動きを止めて王を振り返った。その言葉にブロンズも攻撃の手を止める。


「待て!」


「やめて!」


 魔法兵器を使う?

 私はその時、初めてきちんと魔法兵器を見た。


 ―――あれは、何だ。


 王が魔法兵器を操っている、おそらくは発動させるための撃鉄の手前に、たくさんの管に繋がれ、大きな瓶に入れられた何か。

 魔法を使うためには、魔法使いが必要不可欠だ。そして、あの兵器が魔法兵器という名であるのならば、何らかの魔法を使用しなければならないはず。

 この場にいる魔法使いは私一人しかいない。

 しかし、そうであれば私が魔力を使わなければ、あの魔法兵器は使えないはずだ。

 そもそも前提が違ったのだ。

 この場にいる魔法使いは私一人ではなかった。

 あの、魔法兵器の側にある人間が入るには小さすぎる瓶の中に魔法使いは存在した。


「あ、れ……、まさ、か……」


「おばあちゃんを、これいじょう、くるしめないで!」


 ブロンズが絶叫した。

 確定した。あの瓶に入れられているのは、サラサの、脳だ。


「あ……、う……。うぅう……」


 涙が溢れてきて、床に膝をつく。

 なんて、酷い。

 脳だけにされて、魔法使いとして酷使される。人としてすら扱ってもらえず、ただの兵器を動かす道具として使用されるその屈辱。

 ひどい、酷い。ひどい、酷い。


「死ね、魔法使いぃ!」


 王が撃鉄を引いたのが見えた。

 魔法兵器の銃口が私に向けられている。避けなくちゃ。けれど身体が動かない。


「ユーイ!」


 ブロンズが私を庇って前で手を広げた。

 やめて。あなたも死んじゃう。


「発射ぁ!」


 王の号令とともに魔法兵器から光線が発射された。


「この馬鹿が!」


 シルバーの叫びが聞こえたと思った瞬間、私の身体は蹴り飛ばされた。ブロンズも一緒に私と飛ばされている。

 そんな中で私が見たのは、私たちを蹴り飛ばして何かを呟いた彼だった。

 彼はそのまま光線とともに、その場から消えていった。

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