第15話 はやく
駆ける。駆ける。場内を駆ける。
「脱走した魔法使いだ!捕らえろ!」
城の兵士たちが私の姿を認めるたびに捕らえようと襲い掛かってくる。しかし、鍛えられているとはいえただの一般人。それに私も体術にはそれなりに自信がある。
向かってくる兵士を一人、また一人と昏倒させていく。この程度であれば魔力によるブーストもほとんど必要ない。残った兵士の顎を掌打し、床に押し倒した。
「教えてください!魔法兵器はどこにあるんですか!」
「し、知らない。殺さないで」
「じゃあサラサさんはどこですか!」
「本当に知らないんだ!」
先ほどから誰に聞いても兵器の所在を知らないと言う。嘘をついているとは思えない、本当に知らないのだ。
つまり、階級の低い兵士はそれを知らない。
「ユーイ、魔力を感じるよ」
「それってもしかして、サラサさん?」
「もしかしたら、魔法兵器の方かもしれないよ」
魔法を使った兵器を一般人が扱えるとは思えない。サラサは魔法兵器の場所にいる可能性が高い。ならば、魔力を感知した先にあるはずだ。
「場所を教えて!」
「上だよ」
再び駆ける。どこを登ればいいのか分からない。ありとあらゆるところを登っていく。途中遭遇した兵士たちを次々と昏倒させていく。こんなところでマナに教え込まれた体術が役に立つとは思いもしなかった。
「あれって……」
最上階と思われる場所に到着したところで気配を感じて柱に身を隠す。兵士たちが大部屋に人々を案内していた。案内されている人々の中に、昨日私と一緒に自動車に乗って移民してきていた人たちがいた。
大部屋に全員入ると、兵士たちはここでしばらく待つようにと扉を閉めて鍵をかけていた。
もしかすると、私が脱走したので一般人を非難させているのかもしれない。そうじゃないと、あんなに頑丈そうな扉の部屋に人々を閉じ込めるのはおかしい。二人の兵士が見張りとして扉の前に立っていた。
あの前を通るのはやめておこう。移民してきた人たちも、あの頑丈そうな部屋にいるのなら大丈夫そうだ。怪我人はできるだけだしたくないし、一般人というならなおさらだ。私は魔法兵器を破壊して、サラサを見つけ出して問い質せればそれでいい。
息を潜めてその部屋とは逆方向へ向かった。
「ユーイ、そこ」
ひと際大きな柱の前に兵士が数人倒れている。私がやったんじゃない。誰かがここで争っていたような形跡もあった。兵士は全員気を失っているようで、誰も死んではいないようだ。
「よかった……」
改めて柱を見ると、そこにはぽっかりと穴が開いていた。穴から中に入るとそこには螺旋階段がある。目的の場所は近いと感じた。
急ごう、何かが起こっている。
階段を上っている途中にも兵士が数人倒れていた。私の他に侵入者がいるのかもしれない。となるとマリアかもしれない。テレサニアはマリアにも同じように命令すると言っていた。
階段を上りきる。鉄の扉があった。この先に魔法兵器があるかもしれない。サラサもいるのかもしれない。戦闘もありえる。自分の心臓の音が聞こえる。
怖い。けれど、魔法兵器を使われれば、大勢の人が死ぬことになる。そんなことになるのはもう、嫌だ。
意を決して扉を開けようとしたその時、扉の横で誰かが座り込んでいることに気が付いた。
「レンさん」
あの兵士だった。レンはぼうっとした目で私を見た。ちゃんと焦点が合っていない。よく見ると、彼の身体の下には血だまりができていた。腹部から大量に出血しているのが見える。
「魔法使いか」
「喋らないで、止血します。オド、お願いできる?」
オドは答えなかった。
「お願い、この人を助けたいの」
「ユーイ、無理だよ。その人はもう助からない」
「なあ、魔法使い。君の友達ってどんな人なんだ。同じ魔法使いなのか」
息も絶え絶えにレンが尋ねた。私は彼の手を握った。
「リンは普通の女の子です。17歳で料理が好きで……。私のことを大好きと言ってくれた、私が大好きな友達です」
「そうか」
レンの手から力が抜けていく。もう本当に助からないんだ。私は魔法使いなのに、まだ死んでない人を救うことができない。
何て無力な魔法使いなんだろう。
私以外の魔法使いがいればあなたは助かったかもしれないのに。
「なんで泣くんだ。私が王に報告したせいで、君はあんな目にあったんだぞ」
「……分かりません。でも、あなたのことも死なせたくなかった」
「君は優しい魔法使いなんだな」
一瞬レンが私の手を握り返した。
「王を止めてくれ」
それが彼の最期の言葉となった。握っていた手が血だまりに落ちた。
ごめんなさい。
助けてあげられなくてごめんなさい。
けれど、レンの最後の想いだけは助けてみせる。
私は立ち上がり、深呼吸して扉を開けた。
はやく、わたしをころして。
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