第10話 夜の戦い③
私は黒い手袋を取り出し左手にはめた。
私は自分の無の魔法を自分自身の身体に直接付与することはしない。消す対象を決めるのは私だが万が一ということもある。手を抜かずに戦う時には左手に手袋をすることにしていた。
「本気でやってくれるか」
ゴールドが長刀を構える。
「儂に貴様の魔法は通じんぞ」
彼の長刀は魔法を打ち消す力がある。いや、果たして長刀だけがその力を宿しているのかは分からない。例えばあの衣服、あれももしかすると魔法を打ち消す力を持っている可能性もある。魔法が一切通じないとなれば、私と相手の力は拮抗している。
しかし、あの男は気が付いていないが、もはや傭兵は丸裸も当然だった。クロックエンドがこの場に現れた時点で勝敗は決しているのだ。アインベルクはクロックエンドの力を知っているだろうが、どうやらゴールドはその事を知らないと見える。知っていれば、今この場で私に対峙するのが如何に無駄なことであるかが理解できるからだ。
「思い上がりもそこまでです。リンとの約束ですから加減はしましょう」
「何と言う威圧。流石は最強の魔法使い。しかし所詮は化け物。魔法という武器さえ奪えばどうということはない」
「魔法使いの戦いを教えてあげましょう」
言うが早いかゴールドに斬り込む。無の魔法を付与した私の長剣を長刀が受け止めた。受け止められた瞬間に、左手を突き出す。左手につけた手袋にも無の魔法を付与している。まずは男の着ているその衣服が私の魔法を無効にする力を持っているかどうかを試そうとしたが、男はそれに気づいて後ろに飛び退いた。
「魔法に対抗できるのはその長刀だけのようですね」
「隠すつもりはない。儂の武器はこの刀だけよ」
今度はゴールドが私の間合いに踏み込んでくる。常人とは思えない速さだ。闇の中に私達二人の武器が打ち合う音が響く。一般人には目にも留まらぬだろうスピードでのせめぎあいが続いた。
私の手の内は見せた。
さて、どこで仕掛けてくるか。未だにゴールドは必殺の一撃を一度も繰り出してはいない。これだけの実力者だ、必ずそれを持っている。後は確実に仕留められるタイミングを見計らっているに違いない。達人同士の戦いとなれば、両者の必殺の一撃が勝負の決め手となる。放つ側はもちろんそれを撃ち込むことができれば勝利、対して受ける側もそれを躱せば勝利する。
一撃、二撃、三撃。攻めては守り、守っては攻める。
時間にしては数分にも満たない間に、100以上の攻防が繰り広げられていた。
そこで、私は自ら隙を作る。
ゴールドの斬り込んでくる力を読み間違えたように見せかけ、一瞬体勢を崩した。ゴールドが身体を捻った。
―――必殺の突きか。
決まればゴールドの勝利、躱すことができれば私の勝利。
その突きはまるで光を思わせる速さで私の胸を貫いた。気が付いた時には、長刀が私の胸を貫いている。
「儂の勝ちだ」
背後でリンの叫ぶ声が聞こえる。
「いいえ、お前は既に詰んでいます」
私の視界が暗転した。
一撃、二撃、三撃。攻めては守り、守っては攻める。
時間にしては数分にも満たない間に、100以上の攻防が繰り広げられていた。
そこで、私は自ら隙を作る。
ゴールドの斬り込んでくる力を読み間違えたように見せかけ、一瞬体勢を崩した。ゴールドが身体を捻った。
―――必殺の突きがくる。
決まればゴールドの勝利、躱すことができれば私の勝利。
その突きはまるで光を思わせるような速さだった。気が付けば私の胸は長刀で貫かれていたはずだった。
しかし、そうはならない。
ゴールドの繰り出す必殺の一撃が突きであることも、狙っているのが私の心臓であることも分かっていた。
躱すことは造作もなかった。
必殺の突きを躱し、ゴールドの首を掴んで締め上げた。その手から長刀が落ちる。その長刀を踏み折った。
その後ゴールドの首から手を放し地面に落とす。尻もちをついたゴールドは首をさすりながら私を睨んでいた。
「終わりです。消さないのは情けであると知りなさい」
「な……ぜ……?儂は確かにお前の心臓を抉ったはず」
「ここにいる魔法使いは私一人ではないということです」
ハッとしてゴールドが私の背後を見た。そこには笑顔のクロックエンドがいた。
「あは。残念だったね。お爺ちゃん?」
「儂に何をした!」
「ちょーっと時間を戻しただけだよ?」
「時間を戻す……?」
「いいのですか、クロックエンド様。このような者に貴方の力を教えて」
「だってアインベルクは知ってるしね。どうせ知られるのなら僕の口から種明かししてあげるよ」
クロックエンドがくすりと笑った。私ですら、クロックエンドの冷たい笑いには背筋が寒くなる。この男にとってはもっとだろう。それこそ心臓を掴まれたかのような恐怖の中にいるに違いなかった。
「僕はね、時の魔法使い。一定範囲に存在する対象の時間を一定時間戻すことができる魔法を使うんだ。干渉できる時間内であれば死んだものも蘇生させることができる。言い換えれば、何度だって殺してあげることもできる」
「……よもや時間までも。そんな自然の摂理を無視した力を持つなどありえぬ。断じて人が持っていい力ではない」
「だって僕たち魔法使いは化け物だもん。君が言ったんじゃないか」
「そうやって貴様ら魔法使いは、儂ら凡人を見下して優越感に浸る。才能を振り翳して、儂らを蹂躙していくのだ。蹂躙される者の気持ちが貴様たちにわかるか」
「分からないね」
覗き見たクロックエンドの瞳はどこまでも冷たかった。
「でも、化け物と呼ばれる者たちの気持ちは君たちには分からないよね」
「……化け物に気持ちなどあるまい」
「あっそ」
そのまま興味をなくしたようにクロックエンドはアインベルクに向き直った。
「それで何の話に来たんだい」
「し、シュタイナー総帥が話したいと……」
「へぇ、本人は来てないってことね。相変わらず気に入らないなぁ」
「総帥自ら敵の本拠地に出向くわけがなかろう」
私は座り込んだゴールドを一瞥してからリンの元に移動して抱き寄せた。クロックエンドに目配せで合図をしてから、協会に戻るように指示する。このような話をリンには聞かせたくないのはもちろん、この場に一般人がいるのは危険すぎる。リンは頷いて協会へ駆けて行った。協会にはシーヴェルトもいるはずだ、リンは安全だろう。
「じゃあ君たちは使い捨てってことかな」
アインベルクが端正な顔を歪める。
「冗談だよ」
「クロックエンド様」
「ごめんごめん、テレサニア。僕も鬱憤が溜まってるんだ。こんな風に僕の家族を殺されちゃ黙ってられなくてね」
私は改めて周りを見る。兵士たちの亡骸を見て唇を噛んだ。私もクロックエンドと同じ気持ちではある。できれば彼らの仇討ちをしたいところではあるが、相手の総帥が協会の長と話し合いたいと申し出てきているのだから無下にはできない。
「彼らの亡骸を運ばせます。よろしいですか」
「うん、お願い。丁重に弔ってあげてね」
「はい」
「ごめんね」
私は控えていた部下たちに亡骸を運ぶように指示を出した。アインベルクもゴールドも、その場から一歩も動かずに待っていた。
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