第9話 夜の戦い②

 暗闇から現れたその男は、リンを連れていた。恐怖におびえたリンの首にナイフを当てている。


「リン……!」


「動けばこの娘を殺す」


「テレサニア様、ごめんなさい……」


 泣きながらリンが謝る。きっとリンは私を心配して後をつけてきて来てしまったに違いなかった。そこまで気が回らなかった私の責任だ。

 リンを人質に取った男はそんな私を見てにたりと笑った。


「アインベルク……、その少女を解放してください」


 その男の名前はアインベルク。科学派の幹部だ。白衣を身に纏ったアインベルクは愉快そうに笑った。


「魔法使い最強が、こんな小娘一人で身動きが取れないとは傑作だな」


 アインベルクは非情な男だ。私が相手の意にそぐわない行動をとれば、迷いなくリンを殺すだろう。それが分かっているから猶更動けない。既に魔法も解いている。


「テレサニア様、私……」


「リン。必ず助けます。少しだけ我慢していなさい」


「勝手に喋っていいと誰が言った?」


 アインベルクがリンの首を締めあげた。


「リン!やめてください、アインベルク!」


「武器を捨てろ。もちろん厄介なソロモンの指輪もだ」


「……分かりました」


 言われた通り私は長剣を手放し、指輪もすべて外した。これで私は完全に丸腰になった。


「ここまで狼狽えたテレサニアを見れるなんて思わなかったよ。今までさんざん人を殺してきたお前がどうしてしまったんだ?」


 首から手を離されたリンが咳き込んでいる。大丈夫、リンは殺させない。


「よし、ゴールド。テレサニアを殺せ」


 ゴールドと呼ばれた傭兵は一瞬顔をしかめた。


「アインベルク殿、良いのか?殺す予定はなかったはずであるが。それに人質をとるなどということ、儂は聞いておらんかったぞ」


「テレサニアを殺せる機会が訪れるとは思わなかったからな。協会最強の魔法使いを殺せるなんて願ってもない。それにお前は私たちに雇われた身だ。命令に従わないつもりか」


「……分かった」


 ゴールドが私に向かって歩いてくる。武器を手に取らなければ、やられる。しかし、武器を手に取ればリンが殺される。完全に私は行き詰っていた。

 武器をとれ。

 頭の中でそう訴える声がする。

 そうだ、私は今までもそうして戦ってきた。いつだって命を天秤に賭け、最善と思える方を選択して生きてきたのだ。何故それができないのか。

 私の命とリンの命。価値があるものはどちらか。

 私が死ねば協会にとって大きな損失になることは間違いない。最強と言われている私を失えば科学派とのパワーバランスは間違いなく崩れる。

 対してリンの命はどうか。リンが死ねばどんな損失が起こるのか。おそらく、協会にとっては何の損失もない。パワーバランスが崩れるということもない。だからリンが死んでも―――


 ―――ユーイが悲しむ。


 リンが死ねばユーイが悲しむ。それは私も悲しい。


「テレサニア様!私のことはいいです!戦ってください!」


 リンが叫んだ。アインベルクがリンを殴った。

 アインベルク、お前はまたユーイが悲しむことをしたな。

 リンの言う通り私は戦うべきなのだ。一歩、また一歩と私に近づいてくる傭兵に対抗するべきだ。

 けれど身体が動かない。

 ―――そう言えば、

 私が死ねばユーイは悲しむのだろうか。

 ゴールドが私の目前まで来て刀を振り上げた。私の200年はここで終わる。何と呆気ない終わりなのだろう。マナもそうだったのだろうか。こんなに呆気ない終わりだったのだろうか。

 マナはユーイのために死んだ。

 そして私もユーイのために死ぬ。

 私たちは同じだ。


「最後に約束しなさい。リンは助けると」


 私のつぶやきにアインベルクは応えなかったが、傭兵が答えた。


「儂が約束しよう」


「……お願いします」


 そして刀が振り下ろされ私の命が終わろうとしたその時。


「ねぇ、そろそろやめてくれない?不愉快なんだけど」


 またこの場にはいない誰かの声がした。

 ゴールドが動きを止める。アインベルクも笑うのをやめていた。


「アインベルクは話をしに来たんじゃないの?そう聞いてたはずなんだけど、何でこんなことになってるのか説明してよ」


 私の背後、協会から歩いてくるその声の人物は、


「クロックエンド様」


 クロックエンドだった。


「テレサニア、ご苦労様。遅れてごめんね。後さあ、リンは僕の友達なんだよね。離してあげてよ」


 アインベルクは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「あれ?離さないの?アインベルク?僕の前では何をしたって無駄だって分かってるよね?もしかして忘れちゃった?」


「わ、分かった」


 リンが解放された。私は走ってくるリンに駆け寄って抱きしめた。


「テレサニア様、ごめんなさい、ごめんなさい。私、心配で」


「いいのです。よく頑張りました、リン。後で怪我の治療をしましょう」


「ありがとうございます、テレサニア様」


 アインベルクを睨み、リンを抱える。そのままクロックエンドの元へ移動し、リンをおろした。アインベルクもゴールドも私には一切手を出さなかった。


「く、クロックエンド様、ご迷惑をおかけして」


「いいっていいって、僕たち友達でしょ?いつもみたいにクックって呼んでよ」


「あの、私、知らなくて」


「いいんだよリン。僕も君と仲良くなりたくて騙してたんだからおあいこだよ」


「ありがとうございます、クロックエンド様」


「クック」


 唇を尖らせてクロックエンドが言うと、リンは困ったように笑った。


「ありがとう、クック」


「うん、よろしい」


 クロックエンドは満足そうに微笑んだ。


「さてと、テレサニア。とりあえず指輪をつけて武器を拾って」


「はい」


 言われた通り武装し、科学派の両名に向き直る。


「じゃあ、再戦といこう!」


「はい?」


「何?」


 クロックエンドが手を叩き笑った。


「そこの傭兵の君。えーと、ゴールド?ゴールドとテレサニアによる一騎打ちの再開といこう。アインベルク、いいよね?」


「……私は構わないが……、何をするつもりだクロックエンド」


「いーや、何も?ただ単純に、そこの魔法使いを舐め腐っている傭兵が気に入らないだけだよ?それが済んだら話し合いもきちんとしてあげるよ」


 ゴールドが顔を歪めた。アインベルクが目でゴールドに合図する。


「クロックエンド様」


「うん。もう少し早く僕が来ていれば、全員助けてあげられたのにね。やっぱり悔しいよね。テレサニア、やれるよね?」


「命令なら従うだけです」


「お願いするよ」


「了解しました」


 私が行こうとすると、リンが私の裾を掴んでいた。


「テレサニア様……」


「心配いりません。クロックエンド様がこの場にいる限り、私に敗北は決してありません。相手も殺しません。待っていてくれますか」


「大丈夫だよ、リン。テレサニアは協会で最強なんだ」


「はい……。気を付けて……」


「いい子だねー、リンは。それじゃあ始めようか、魔法使いの戦いを」


 再び私はゴールドと呼ばれる傭兵と対峙した。

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