第8話 夜の戦い①
夜中、何かの気配で目が覚めた。
起き上がり黒のドレスに着替え、長剣を手に取って、そのまま寝室を出て協会の外へと向かう。
「テレサニア、こんな夜分にどうした?」
途中、シーヴェルトと出くわした。
「妙な気配がします。シーヴェルト卿はクロックエンド様への報告をお願いします」
「……分かった」
言うとシーヴェルトはクロックエンドの元へ走った。それを確認して私が階段を下りていると、リンが上ってきた。
「リン、こんな時間に何をしているのですか」
「テレサニア様、こんばんは。すみません。寝付けなくて、散歩してました」
「そうですか。とにかく早く部屋に戻りなさい」
「えっと……、何かあったんですか?」
私のただならぬ気配に気づいたのかリンが尋ねてくる。リンは勘がいい。これではいけないと私は頭を振った。
「心配いりません。私はただの見回りです。リンが部屋を抜け出しているのを見過ごすわけにはいかないのできつく当たってしまいましたね。私を許してくれますか」
肩に手を置くとリンが笑った。
「はい!心配してくれてありがとうございます!」
「では部屋に戻ってください。私は見回りがあるのでもう行きます」
「はい!おやすみなさい、テレサニア様!」
「ええ、おやすみなさい、リン」
頭を撫でると嬉しそうにリンが階段を上っていくのを見届けて、私は再び階段を降り始めた。
守らなければならない。
協会の外に出ると、敷地の中に初老の男が一人座っていた。周りには協会の兵士たちが倒れており、その中の一人に腰を下ろしていた。その男は私の到着を待っていたかのように腰を上げ、今まで座っていた兵士を蹴っ飛ばした。
「私の部下達への狼藉をやめなさい」
「遅い、遅いのだ。テレサニア。貴様の到着が早ければ、この雑魚どもは無事だったものを」
男は手に長刀を持っている。あれは東の国でよく使われている武器だ。強度が私の持つ長剣よりは弱い代わりに、切れ味が鋭く軽い。
倒れている兵士たちには刀傷が多々あり、この男にやられたに違いなかった。
男は刀を振り上げ、先ほど蹴り飛ばした兵士の心臓を突き刺した。兵士はくぐもった悲鳴を上げ、絶命する。
「……聞こえなかったのですか」
一足で男の間合いに飛び込み、長剣を振るう。その一撃を男は長刀で受け止めた。
「私の部下を傷つけるのをやめなさいと言ったはずです」
「む」
数度打ち合った後、間合いを取る。男は難なく私の攻撃を捌き切っていた。手練れであることは間違いない。
「名乗りを上げる前に攻撃するとは、とんだ無礼者だ」
「名など知る必要はありません。お前は今ここで消えます」
無の魔法を長剣に付加する。私の無魔法に触れたものは、その場から消失する。長剣に付加すれば、剣圧で無魔法を飛ばすことも可能になる。もちろん、この長剣で斬れば、斬ったものは傷を負うと同時に消える。これが現在最強と謳われている私の魔法だ。
「魔法、か。選ばれた才のある者は良いな。その上、不老不死ときた。これが化け物と言わずに何と言うのだ?」
「確かに老いはしませんが死にはします。お前の認識違いです」
「人間の魂を売って魔法使いになった化け物の戯言だな。化け物は退治されるのが世の常である」
「魔法使いが異端であるのは認めましょう。しかし、お前が今殺した兵士たちは人間たちです。彼らを何の躊躇もなく殺すお前も化け物と大差ありません。ならばお前の言う通り退治されるのが必然ですね」
「化け物に味方した時点でそれはもう人間ではない。ゴミは処分するのは当然だ」
「……よく言いました」
自分のことを侮辱されるのは別に構わない。私は望んで魔法使いになったのだ。目的も復讐のためだった私は化け物と罵られても当然だ。
しかし、ここで倒れている兵士たちは全てが一般人でしかない。魔力を多少扱える者はあれど、魔法使いには程遠い。私たちに協力しているのも、私たちを信じて協力してくれているだけなのだ。
彼らへの侮辱は耐えられない。
「お前は懺悔すら必要ありません。お前の命を彼らへの手向けにしましょう」
「化け物に相応しい野蛮な考えだ」
魔法を付加した長剣を構え、連続して振るう。魔力と剣圧で長剣に付加した無の魔法を相手に向けて放つ。黒い刃に似たそれに触れたものは、私が消すという決定したものを消し去る力がある。まずはあの男の武器を消す。そしてその後、男を消し去る。
信じられない光景を目の当たりにした。
男が私の放った黒い刃を、その刀で受け止めたのだ。私の無刃は刀に触れた瞬間に消滅した。
「驚いたか。魔法使いに対抗しうる武器、科学武器だ」
男が刀を突き出して言う。
「―――科学武器」
先日、東の国へ出向いた時にも対峙した傭兵が使っていた。特殊な力を与えられた武器、それが科学武器。科学武器は一見して魔法のような力を発揮する武器だと認識しているが、私たちが魔法を使うように魔力を介してはいない。厄介な武器だ。
「科学派の人間ですか」
「傭兵だ。科学派に雇われた、な」
また傭兵。科学派が武器を供給し、傭兵がそれを扱って魔法使いと戦うという図式になっているらしい。確定したのが、襲撃してきたのが科学派によるものだということだ。
「お前の使うその刀に、魔法を打ち消す力を付与されているという訳ですか」
「流石は最強の魔法使い、察しが良い。いかにお前の力が対象を消す力だったとしても所詮は魔法。魔法を無力化するこの科学武器の前では意味をなさぬ」
男が踏み込んでくる。―――速い。男の攻撃を長剣で防ぐ。付与した無の魔法はそのままで打ち合うが、やはり男の刀は消えない。無限に魔法を無力化し続ける武器だとしたら厄介だ。私にとっても、他の魔法使いにとっても。
さらに、男の攻撃、動きは熟練されている。齢50といったところに見えるが、その強さは200年生きている私に匹敵している。
私にアドバンテージがあるとすれば、魔力によるブーストで動きや力を底上げできることだ。だが、それをもってしてもこちらの攻撃を防がれ、躱される。これは読みだ。長年の経験が、男の力を底上げしている。私の攻撃を繰り出す前動作で攻撃の軌道、動きを読まれている。
斬り結び、離れた。
「儂の人生は戦うばかりだった。しかしテレサニア、貴様はどうか。戦い続けてきたとは言え、それは魔法に頼ったものだろう。魔法が意味をなさない戦いにおいては、儂とお前では、儂に一日の長があるというもの」
「私も見くびられたものです」
長剣に付加した魔法の力を強めた。完全に黒に塗りつぶされた長剣は、元の大きさを悠に超えている。その大きさは私の込める魔力次第で何倍にもできる。
「どこまでそのガラクタが耐えられるか試してみるのも一興です」
一瞬男が退いたように見えたが、すぐに刀を構えなおした。一部の隙も無いその構えは達人によるものだ。
自信はある。いかに相手の刀が魔法を打ち消すことができるとは言え、それが人間の作り出したものである以上、限界は必ずあるのだ。
「やってみるが良い」
私が攻撃しようとしたその瞬間だった。
「双方、待て」
第三者が私達二人の動きを止めた。
「テレサニア、この娘がどうなってもいいのかね?」
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