第7話 ノースブリッジ到着

「魔力を使った兵器を作るの。理論はできている。科学派に対抗するにはこれとない戦力になる。協力してほしいの」

「……私は反対です。そんな兵器を私たちが持てば、それこそ科学派との全面衝突は避けられないでしょう。大量殺戮兵器で相手を屈服させるのではなく、対話で解決できるものならば対話で解決した方がいい」

「その考えは甘いって言うの。科学派との対話など不可能。私達魔法使いは化け物扱いされている。人間同士ですらないのに対話がどうやって成立すると言うの?」

「私達も人間には違いありません。それを科学派にも理解してもらえばいいのです」

「そんなことできっこないの。あなた、戦闘力は随一だけど、頭はからっきしなのね。もういい。他をあたるから」

 彼女は寂しそうな顔をした。

「素晴らしい。君のその理論はすぐにでも活かすべきだ」

「本当?」

「ああ。科学派の連中と対話だと?そんなものできるわけがないだろう。自然を冒涜する人間以下の虫どもと対話なんて反吐が出る。あの女はどれだけ魂が汚れているんだ」

「良かった。分かってくれて」

「もちろんだ。魔法兵器が現実になれば、俺たちの勝利は揺るぎない。戦争にすらないからな」

「私もそう思う」

「しかしだ、ここでは君の理論を現実にできる研究者がいない」

「そうなの……」

「そこで、俺に君の知能を最大限に活かせる当てがある」

「本当なの!?」

「北の国にあるノースブリッジに行くといい。紹介状は俺の方から送っておこう」

「ありがとう」

「君には期待しているよ」

 私を信じてくれた彼は、笑顔で私の肩を叩いた。






 ブロンズと歩き始めてから数時間、太陽が西に傾き始めていた。やはりノースブリッジに到着するのは速くても深夜だろう。

 進んでいると道がだんだんと歩きやすくなってきた。ノースブリッジが近いからだろうか。途中、獣に会うこともなかった。


「ユーイ」


「何?」


「もうあるけない。せおって」


「え」


 突然ブロンズが道の真ん中で立ち止まって座り込んだ。


「ブロンズ。も、もう少しだから、ね?」


「いや。あるけない」


 そのままブロンズは全く動かなくなった。

 ……何となくわかった。同行者もこの行動に呆れてブロンズを放って行ったのだろう。いや、こんな幼い子を放っておくのはもちろん間違っているとは思うのだが。


「ユーイ、おんぶ。せおって。あるけない」


 手足をじたばたさせる。まずい、このままだとノースブリッジに今日中に到着できなくなってしまう。かと言って、ブロンズを背負ってそこまで歩く体力ははっきり言って私にはない。ここは何とか説得して歩いてもらわないと。


「ユーイ、放っていったら?」


 オドがぼそりと呟いた。


「いま、だれかしゃべった?」


「ううん、空耳じゃない?私とブロンズしかいないんだし」


「げんちょうまできこえてきた。もうだめ。ユーイ、せおって」


「弱ったな……。よし」


 試しにと、ブロンズを背負う。歩こうとすると体勢を崩してすぐに転倒した。荷物がなければ何とかなるけれど、流石に背負ってはいけない。


「ユーイ、ひんじゃく」


「うぅぅ……。あれ?何か音がする」


 背後から人工的な音がしたので振り返ると、大きな自動車がやってきた。最近流行り始めているガス自動車だ。

 それは非常にゆっくりとした動きで私たちの近くで停車した。ドアを開けて男性の兵士が出てくる。その人は私達二人を見回し話しかけてきた。


「君たちも移民かな?」


「移民?」


「おや、違うのか。なら迷子かな?」


 また迷子。迷子というフレーズが板についてしまっている気がする。


「いえ、迷子はこの」


「そう、ユーイは迷子なの」


 私の言葉を遮ってブロンズが前に出た。


「ほう、どこの、村の子だい?」


「あっち」


 私たちが元来た方を指さしてブロンズが言うのを、兵士は訝しげに見ていた。私がどうしようと迷っているとブロンズが続けて言った。


「わたしたちも、いっしょにのせて」


 現金だなーとどこか他人事で見つめていると、兵士が私を睨んだ。よし、ここは昔マナと過ごした日々を思い出して対応しよう。


「私達、親に捨てられてしまいまして。ノースブリッジまで行けば何とかなるかなと思って目指してたんです。昔、そこに親戚のおじいさんがいるって聞いたことがあったので」


「……まぁ、今はこんな時期だしな」


 兵士がため息をついて顎で自動車に乗るように促した。内心でほっとしてブロンズと一緒に自動車の荷台に乗り込む。毛布をめくるとそこには十人ほどの人々が乗っていた。


「お邪魔します」


「君たちはどこから来たんだい?」


 フードを目深に被った男性が私達に尋ねた。

 ブロンズは何も答える気がないらしく、座ると目を閉じてしまった。疲れてしまったのだろうか。


「私達は、えーと……」


「すまない、野暮な話だったな。これから偉大なる国王、ルドラ様のもとで生まれ変わるのだから、元居た場所など関係のない話だった」


 男性のその言葉に他の人達も大きく頷いていた。さきほど兵士は君たちも移民か、と聞いた。つまり、この自動車に乗っているのは全員移民なのだ。テラが最近は移民が増えて新たな村もいくつかできていると話していた。


「身分も年齢も性別も関係なく、ルドラ国王は私たちを受け入れてくださった。それには感謝しかないわ」


 女性が言った。


「ああ。中央でいられなくなった僕に居場所をくれた国王に恩返しをしないと」


「そうだな」


 全員が同じように国王を褒め称えていた。

 何だろう。どことなく気持ちが悪い。

 気になったことを聞こうかと迷っていると、コートの裾を引っ張られた。


「ユーイ、だめ」


 ブロンズが目を開けないままふるふると首を振る。

 私も腰を下ろして目を瞑った。他の人たちはどうやら私達には興味を失ってしまったらしく、これから到着するノースブリッジについて楽しそうに話している。

 移民、か。

 東の国でのことを思い出す。ノースブリッジが移民を快く受け入れていることをもっと早く知っていたら、あの村に住んでいた人たちを移住させてあげることができたかもしれないのに。

 私は無知だ。何も知らない。だから、何もできない。今までもずっとそうだった。奥歯を嚙みしめる。


「しっかり、しないと……」


 知らず呟く。


「城にいるサラサ様を訪ねるといい」


「え?」


 誰かの声に顔をあげる。しかし、誰も私を見ている者はいない。気のせいだろうか?


「ブロンズ、何か言った?」


「ユーイ、げんちょう」


 どうやらブロンズでもないらしい。

 誰かが誰かに話しかけるのをたまたま自分にかけられた言葉だと勘違いしてしまっただけだろう。

 そう思うことにして、座り込んだ膝に顔を埋めて目を瞑った。




「起きろ」


 身体を揺すられて目を覚ました。どうやら眠ってしまっていたらしい。さっき自動車に乗せてくれた兵士が私を見下ろしていた。


「すみません、寝てました」


「見ればわかる……。着いたぞ」


「はい」


 辺りを見渡す。私以外の人は誰もそこにはいなかった。ブロンズもいなくなっている。


「あの、私と一緒にいた女の子は?」


「もうとっくに降りて行ったよ。君も早く降りてくれないか」


「降ります!」


 そう言って荷台から降りる。日は落ちて暗くなっているが、明かりが周りに見える。ノースブリッジに到着していた。


「やっと着いた……」


 自動車のおかげで思っていたよりも随分と早く着いたようだ。私に続いて兵士が下りてくる。


「今日はもう城門が閉まっている。明日になったら城に来なさい」


 そう言って城下町の先にある大きな城を指さす。城門が閉じているのが見えた。


「宿代はあるか」


「少しくらいなら」


「そうか、なら今日は宿で休むといい」


「分かりました」


「じゃあ私はこれで」


「あの」


 呼び止めると面倒くさそうに兵士が振り向いた。


「何だ」


「他のみんなも宿に泊まってるんですか?」


「何を言ってるんだ。君以外はもう城に入った」


「……え……」


「君はずっと起きなかったんだ。死んでいるのかと思ったぞ。これ以上起きなかったら捨てに行くところだった」


「あはは……、そうでしたか……」


「もういいか」


「はい……。ご迷惑をお掛けしました……」


 頭を下げると兵士はため息をついてその場を後にしようとした。全く恥ずかしい。疲れていたとはいえ、そんなに寝入ってしまうなんて。しかも私より小さいブロンズにも置いて行かれてしまった。

 あ、そうだ。


「お城にサラサさんという人はいますか?」


 私が最後に尋ねると、兵士は物凄い形相で振り向いて私を見た。しかし、すぐにその顔は元の表情に戻り、再び歩き始めた。


「さて、知らないな」


「そうですか。ありがとうございました」


「君の名前は?」


「ユーイです」


 それだけ聞くと、今度こそ兵士は立ち止まらなかった。

 私は改めて周りを見渡す。イーストベルよりも立派な街だった。ノースブリッジの城下町。どこの家も石造りで壁が厚い。テラの住む村と同じで寒さ対策だろう。日も沈んでしまったからか外を歩いている人はほとんどいない。

 空を見上げると、雪が少し降ってきたのが分かった。たくさん降り出さないうちに宿を探さないといけない。

 そう言えばマリアはもう到着しているのだろうか。宿を探す前に合流した方がいいような気もする。


「っていうか、私のこと守るようにテレサニアに言われてきたくせに……」


 テレサニアの頼み無視してるじゃん。あ、テレサニアにも連絡をいれないと流石に心配しているかもしれない。毎日連絡するように言われていたのに、初日の連絡を忘れていた。


「オド、テレサニアに連絡お願いできる?」


「いいよ。鏡があれば会話できるよ」


「鏡かぁ。じゃあやっぱり宿を探したほうが良さそうだね。マリアさんは、まあいっか」


「誰がまぁいいのかしらぁ?」


 突然肩に手を置かれた。声で誰かはすぐに分かったが、あまりのタイミングの良さにどう答えようか迷って振り返れずにいる。いや、でも元はと言えば私を放って行ったマリアが悪いに決まっている。


「マリアさん、よく放って行ってくれましたね」


「虚勢を張ったユーイちゃんも可愛かったわよ」


 頭を撫でられた。完全に子ども扱いされている。私の反応を見て楽しそうにマリアは笑う。


「それに放って行ってなんかいないわよ。ずっとあなたのことを見ていたもの」


「はい?」


「あなたが女の子を拾ったところも、おんぶできなかったところも、自動車に乗ったところも、眠りこけて兵士に起こされるところも、ぜーんぶ見てたんだから」


 何と言うことだろう。全く気が付かなかった。マリアは先行したように見せかけて、ずっと私を監視していたのだ。私は自分の顔が熱くなるのを感じた。それにしても意地が悪いことには変わりがない。


「もう、いいです。分かりましたから……」


「さてと、無駄話はこれくらいにして宿に行くわよ。テレサちゃんに報告もしないといけないしね」


「あ、私もテレサニアに連絡しないと。協会を出てから全く連絡してないから……」


 マリアが歩き出し、後をついていく。


「あなたのことは私から伝えておくわ。先に宿で休んでなさいな」


 そう言って通りの奥にある宿屋を指さした。申し出はありがたいが、自分からテレサニアに連絡したい気もする。立ち止まっているとマリアがクスクスと小馬鹿にしたように笑った。


「どうしてもテレサちゃんと直接やりとりしたいというなら構わないわよ。そうねぇ、ユーイちゃんはテレサちゃんが恋しいだろうから、やっぱり直接連絡したいわよねぇ」


「いいです。マリアさんにお任せします。私は先に宿へ行ってますから」


 私はテレサニアが恋しい子どもというわけではない。話はしたかったが、何だか無性に気恥ずかしくなってそのまま宿に向かった。


「ユーイ」


「どうしたの、オド」


「マリアのことはあまり信用しない方がいいかも」


「……どういうこと?」


「だってユーイが嫌そうだから」


「そっか」


 オドが心配してくれているのが分かった。


「でも大丈夫だよ。うーん……、リンと話はしたかったけど」


「リンは元気だよ」


「何で分かるの?」


「なんとなくだよ」


「何それ」


 何となく、オドが言うなら間違いないかなと思った。

 宿に入ると既にマリアが予約をしていたらしく、すぐに部屋へと通された。部屋に入ってベッドに横になる。

 その部屋には鏡がなかった。鏡があればこっそりとテレサニアに連絡することもできたのに。


「ユーイ、おかしいと思うよ」


 何がおかしいのだろうか。オドが私に話しかけてきていたが、言っている内容がよく理解できない。

 ただただ眠かった。

 さっきもずっと寝ていたというのに、まだ眠いなんてどうかしている。久しぶりにこんなに歩いたから、よほど疲れているのかもしれない。

 結局その日私は、そのまま私は気を失うように眠りに落ちた。

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