第6話 どっちが迷子?
朝目が覚めて気が付いた。
マリアとの戦闘で指輪をさらに2個失っていた。
まだノースブリッジに到着もしていないのにあと7個。こんなことで大丈夫なのだろうかと多少の不安を感じた。魔力の使い方を教わったとは言え、まだまだ付け焼刃であることには変わりない。そう言えば、マナにきちんと魔法を教わったことなどなかった。学びたければ勝手に盗むといいと言われただけだ。私って本当に弟子だったんだろうか。
むくりと起き上がると、テラの姿はなかった。もう出かけてしまったのかもしれない。
「お、起きてたか」
コートを着てマフラーをつけ、出発する準備をしているとテラが戻ってきた。水を手に持っている。汲みに行っていたのだろう。
「おはようございます」
「おはよう、朝食の準備するからちょっと待ってろ。まぁ、スープとパンだけどな」
貴重な食糧だろうに、私のような余所者に躊躇いもなく分ける。やはりテラはいい人だった。
「いいえ、テラさん。このまま村を出ます」
「マジか。飯くらい食っていけばいいのに」
「お気持ちだけいただきます。えっと、これ少ないですけど、お礼です」
そう言って金貨を一つテラに渡そうとすると、驚いてそれを突き返してきた。
「い、いらねぇって!そんな大金!俺はただ毛布を貸してやっただけだろ。っていうかお前金持ちか?」
「テラさんがいなかったら凍死していたかもしれませんし、ご飯も美味しかったです。その対価ですから遠慮しないでください。必要経費といって渡された分ですから、私のお金ではないですし」
「うーん、そうなのか。でもまぁ、いらねぇや。何かあった時のために持っとけよ。その代わり、また機会があったら村に遊びに来てくれ」
そう言って笑った。断固として受け取ってくれないつもりらしい。仕方がないので金貨をしまった。
「出ていくならこれを持ってけ。吹雪になっても役に立つと思う」
そう言ってゴーグルを渡された。確かにこれがあれば視界に困ることは格段に減るだろう。
「あの、こんな大切な物までいただくわけには」
「いいって、いいって。久しぶりに他所の人と話ができて俺も楽しかったからな。そのお礼だ。あ、金なんていらないからな。それ、俺のお古だから」
言って手を差し出してきた。
「ありがとうございます、テラさん。お世話になりました。また必ず来ます」
「あぁ、待ってるぜ、ユーイ。こっちこそありがとうな。次来るときはもっと成長して美人になってから来いよ」
「それは余計なお世話です。テラさんは次会う時までにデリカシーを学んでおいてください」
私も手を出し、しっかりと握手する。二人で笑いあい、その場を後にした。
とても清々しい青年だった。
そのまま村を出てしばらくすると、木にもたれてマリアがいた。子グマはもういなかった。
「お待たせしました」
「あらぁ、もういいのかしら?」
「はい。いつまでものんびりとはしていられませんから」
「そう。じゃあ早速で悪いんだけど、この村で得た情報を共有させてもらえないかしら」
「分かりました」
テラと話した内容をマリアに伝えた。
「税の廃止ねぇ……」
「やっぱりおかしいですか?」
「そうね。税収を失ってどうやってこの国を維持しているのかが気になるわね。そして、サラサがいなくなった時期と同時期なんでしょう。ゾクゾクするわねぇ」
「でも、いい王様だって言ってましたよ」
「表面上は、ね。ユーイちゃん?」
「はい?」
突然マリアが興味深そうに私を見た。また戦えとか言われたら困る。
「ちなみにあなた、いくつ?」
「年齢ですか。29です」
「嘘でしょう?」
マリアがテラと同じような目をして私を見た。
よし、戦おう。
「嘘じゃないですし、突然なんですか!」
「あら、ごめんなさい。年齢の割にあなた、ちょっと考えが幼すぎると思っちゃって。あ、わかったわぁ。精神年齢が見た目と同じなのね」
「もう一回殴っていいですか?」
「女には手をあげるなと言ってるでしょ」
軽くおでこを弾かれた。完全に子ども扱いされている。
考え方が幼い、か。それは多分、私が14年しかきちんとヒトとして生きてこなかったからだ。最初の14年間は物心がついた時にはもう奴隷だった。ただ、家畜のように扱われる毎日だった。その後の14年は、マナと過ごした14年。その14年はヒトとして生きた。だから実際ヒトとして過ごしたのは14年だ。残りの一年は協会での軟禁生活だったけれど。
テレサニアが言っていた。だから14年間マナはあなたを育てたのでしょう、と。失った14年間をマナは自分の命を懸けて私に取り戻してくれたのではないかと言われた。言われてみれば何か納得させられてしまった。
「とにかく、ノースブリッジに急ぎましょう。また吹雪にあっても敵いませんから」
「そうね。日が暮れるまでには着きたいわね。じゃあユーイちゃん、ちゃんと私についてきなさいな」
「はい」
数時間後。
甘かった。
魔法使いを舐めていた。正確には私以外の、ではあるが。
マリアは進み続ける。途中、昨日出会ったような獣にはまったく遭遇しなかった。おそらくマリアに何らかの危険を感じて近づいてこなかったのだろうと推測する。私が獣であったなら絶対に近寄りたくないような、そんな雰囲気を身に纏っている。昨日の子グマだってマリアに危険を感じて野生の本能で攻撃してしまったに違いなかった。
マリアは進み続ける。速い。とにかく速い。私は少し駆け足でついていく。しかし、マリアはただ歩いているだけだ。障害物も意に介さず進んでいる。まるで障害物からマリアを避けているような錯覚に陥るほどだ。
息が切れる。マナと一緒に世界を旅していた時には一日歩き回っていたことも少なくはなかったが、一年間のブランクは思っていた以上に大きい。
「ユーイちゃん、ちゃんと歩かないと吹雪にあっちゃうわよぅ?」
クスクスと笑いながら話しかけてくる。意地が悪い。
さきほどから通っている道も、正規のルートとは思えない。雪道で足場はもともと悪いが、木や岩などの障害物が多い道ばかりを通っている。というか、本来は迂回していかなければならない道も、ずっとノースブリッジに向けて直線を進んでいるのだ。最短ルートと言えば聞こえはいいが、はっきり言ってもう少しマシな道を選んでもくれてもいいのに。
けれど、弱音を吐くわけにはいかない。それは負けを意味する。
「本当に、日が暮れるまでに、着くんですか」
反抗心でちょっとだけ挑戦的に言うと、マリアは振り返って三日月のように口を歪めた。
「そうねぇ、じゃあペースをあげるからちゃんと着いてきなさいな」
マリアが駆けた。
やってやろうじゃん!
私も同じよう走ろうと足に力を入れると、雪に足を取られて転んだ。
「ユーイ、何やってるの?」
オドの問いに私は唸った。
「うぅう……マリアめ……」
雪に埋もれていた顔をあげる。マリアの姿はどこにもなかった。置いて行かれた。
「マリア行っちゃったよ。日が暮れる前に着かないといけないからね」
「オド……。このままのペースで行ったら私ってどれくらいに着く?」
「今日の夜中くらいじゃない?」
「ひどい……」
それでも今日のうちには着くらしい。私は起き上がって再び歩き始めた。走るのはやめておこう。転んでいたら時間をロスするだけだ。
「魔力でブーストさせたらもっと速く着くかな?」
「ユーイ、もう指輪は7個しかないよ」
「やめとこう」
オドと会話しながら歩き続ける。天気がよかったのが幸いだった。昨日のような吹雪だったら確実に今日中には着かないだろう。雪が深い場所では、足が沈み込まないようにオドに魔力を調整してもらって雪の上を歩いた。
実はマリアが何処かで待っていてくれていることを期待していたが、その期待は見事に裏切られた。歩けど歩けど、マリアの姿は見えない。分かった。もう私以外の魔法使いの凄さは十分に分かりましたから。
「あのさ、オド」
「うん、何、ユーイ」
「マリアって協会でどれくらいの強さなの?」
「戦闘力なら下から3番目くらいじゃないかな」
「それって私をいれて?」
「そうだよ」
そうなんだ。
改めて私の力のなさを実感させられる。魔力を多少扱えるようになったとは言え、所詮はその程度のレベルなのだ。ユーイには才能がないから魔法を使うことは諦めなさいとマナに言われたのを思い出した。
マナ。
「オド、私ね」
「うん」
「やっぱり、マナを―――」
「あなた、迷子?」
突然声がした。周りを確認するが、姿はない。
「あれ?今声が……」
幻聴かなと思い進もうとすると、足首を何かがつかんだ。
「え!?」
下を見ると、そこには足首を掴む手と、雪から顔を出した少女がいた。
「う、埋まってるの?」
急いで雪を掘り起こすと、中からは茶色い肌にショートカットで白髪の少女が出てきた。私よりも見た目年齢で年下のように見える。
「大丈夫?」
「へいき。それよりも、あなた、迷子なの?」
服に着いた雪を払いつつ、少女が質問した。迷子というのは私に向けられた言葉らしかった。子どもに対してはこういう時、落ち着いて対応しないと。
「もしかしてあなたが迷子なのかな?」
「わたしは迷子じゃないわ。そうなんしたの」
「遭難……」
どうやら迷子ということを頑なに認めたくないらしい。困ったものだ。少女を引っ張り出す。身長は私よりも少し低いくらいだった。私とは対称的に真っ白なコートを羽織っている。
「一緒に来た人はいないの?」
「かってにいなくなってしまったわ」
それを迷子と言うのでは。
「あなたは、ほかにだれもいないの?」
「私は……、いたけど放っていかれたかなー」
「迷子なのね」
「私は違うの。迷子はそっちじゃん」
「わたしはちがうわ」
二人で視線を交わすこと数分。このままでは埒が明かなさそうなので、年長の私が折れてあげることにした。
「あなたはどこの村の子なのか、お姉さんに教えてくれないかな?」
「わたしはノースブリッジにいくよていだわ」
同じ目的地らしい。この辺りの村だったら送っていく時間がロスになるなと思っていたので好都合だった。しかし、少し引っかかる。ここからはまだ数時間ノースブリッジまでかかる。それなのにこんな小さな子どもが一人でこんな場所にいるのはおかしい。
「ノースブリッジってここからまだ遠いけど、どうやって来たの?」
「きたんじゃないわ。今からいくのよ」
駄目だ、話が通じない。しかし、ひっかかるところはあるにしろ、とりあえずこの少女をこんなところに置いていくわけにはいかない。
「私もノースブリッジに行くんだけど、一緒に行く?」
「さみしいなら、いっしょにいってあげてもいいわよ」
圧倒的に高圧的な態度。親の顔が見てみたい。でも仕方がない。私の方がお姉さんなんだからこれくらいは我慢しないと。
「じゃあ行こっか。あ、私の名前はユーイ。あなたの名前は何ていうの?」
「ユーイ。わたしのなまえは、ブロンズ」
「そっか、ブロンズ。よろしくね」
握手しようと手を伸ばすと、ブロンズはしっかりと私の手を握り返してくれた。
今から歩けば夜には着くだろうか。目指すはノースブリッジ。
「魔力を使った兵器を作るの。理論はできている。科学派に対抗するにはこれとない戦力になる。協力してほしいの」
「……私は反対です。そんな兵器を私たちが持てば、それこそ科学派との全面衝突は避けられないでしょう。大量殺戮兵器で相手を屈服させるのではなく、対話で解決できるものならば対話で解決した方がいい」
「その考えは甘いって言うの。科学派との対話など不可能。私達魔法使いは化け物扱いされている。人間同士ですらないのに対話がどうやって成立すると言うの?」
「私達も人間には違いありません。それを科学派にも理解してもらえばいいのです」
「そんなことできっこないの。あなた、戦闘力は随一だけど、頭はからっきしなのね。もういい。他をあたるから」
彼女は寂しそうな顔をした。
「素晴らしい。君のその理論はすぐにでも活かすべきだ」
「本当?」
「ああ。科学派の連中と対話だと?そんなものできるわけがないだろう。自然を冒涜する人間以下の虫どもと対話なんて反吐が出る。あの女はどれだけ魂が汚れているんだ」
「良かった。分かってくれて」
「もちろんだ。魔法兵器が現実になれば、俺たちの勝利は揺るぎない。戦争にすらないからな」
「私もそう思う」
「しかしだ、ここでは君の理論を現実にできる研究者がいない」
「そうなの……」
「そこで、俺に君の知能を最大限に活かせる当てがある」
「本当なの!?」
「北の国にあるノースブリッジに行くといい。紹介状は俺の方から送っておこう」
「ありがとう」
「君には期待しているよ」
私を信じてくれた彼は、笑顔で私の肩を叩いた。
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