第5話 テレサニアに謝れ

 北国の夜は厳しい。冷え込みは昼間の比ではないし、寝ている間も家の中の火を絶やすわけにはいかない。それは死を意味するからだ。

 私はテラに気づかれないようマフラーをしてコートを羽織り、外に出た。吹雪は幾分マシになっている。

 村の外に出る。村を出てすぐの大きな木の陰のほう。

 ―――やっぱりいた。


「ユーイ、大丈夫?」


 オドが心配して声をかけてくる。大丈夫だよと返した。

 それは私に気が付いて姿勢を低くして威嚇するように唸った。コートの中に隠していたパンを取り出してそれに差し出した。


「ユーイ。あのさ」


「分かってるよ。これが仕方のないことだって。でもね」


 それが警戒しながらも少しずつ私の方に歩いてきた。


「この子も、今日から親のいない世界で、一人で生きていかなきゃならないんだよ」


 それは、おそらくは昼間テラが射殺したクマの子どもだった。あの現場の近くにいたようで、そこからずっと私たちのあとを付いてきていた。大きさは立ち上がれば私と変わらないくらいだろうか。クマの中ではまだまだ子どもだ。

 きっと私は、この子グマに自分を重ねていた。私も物心がついた時には親がいなかった。そんな世界で生きているのは、やはり辛かった。この子グマも突然親を失ったのだ。

 子グマは警戒しながらも、私の目の前まで来てパンの匂いを嗅ぎ、頬張った。


「えらいね。きっとあなたは、この残酷な世界でも生きて行けるね」


 頭を撫でた。


「あなたは今日から一人で生きていかないといけないんだ」


 子グマは首をかしげて私を見つめている。まだまだお腹がすいているのだろうか。


「でも、あの人たちだって同じ。お互いに生きるためには仕方のないことだから」


 どこに行っても同じ。人間の世界も、動物の世界も、草木の世界だって、きっと多分そう。何かを犠牲にして、その上に成り立っていく世界。

 きっと、誰が悪いわけでもない。これが世界なのだから。

 私は一度瞼をぎゅっと閉じて、目を開けた。そして子グマの前に出て物陰に向かって言う。


「私に何か用ですか」


 声をかけると、ゆっくりと物陰から人が出てきた。


「あらぁ、案外勘がいいのね」


 それはとても綺麗な女性だった。この寒さではあるまじき肌の露出したドレスを纏ったその身体はスタイルの良さを殊更にアピールしている。顔立ちは、美人という単語を辞書で引けばそのまま出てくるのではないかというくらいに整っている。誰もが羨む美貌。


「ユーイ、あれはマリアだよ」


「紹介が省けて助かるわぁ」


 その女性、マリアは妖しく笑った。


「魔法使いの、マリアさん」


「ええ、そうよ。ユーイちゃん。会うのは初めましてね」


 言いながら私との距離を詰めるようにゆっくりと歩いてくる。


「私に何か用ですか?」


「おかしなことを言うのね、ユーイちゃん。用もなしにこんな辺境くんだりまで来ないわよぅ」


「じゃあ何の用ですか?」


「ユーイ、マリアから魔力を感じるよ」


 魔力?


「あぁ、駄目ね」


 ぞくりと悪寒がした。テレサニアから向けられた殺意の時とは違う、まったく違う異質な嫌悪感。マリアは口の端を吊り上げ、クスクスと笑っている。その不気味な笑いさえ美しく感じた。


「私、可愛いものを見ると、壊したくて壊したくて、仕方なくなるの。だからユーイ、あなたを壊すわ」


「な……!」


 何でいきなり!


「同じ魔法使いなのに、私と戦う理由は何ですか?!」


「言ったでしょ。壊したいからよ」


 魔法使い特有の圧力が肌に刺さる。魔力を放出する寸前の余波と言い換えてもいい。テレサニアに言わせると、その余波で相手の力はだいたい推し量れるらしいが、私には相手との力の差はわからない。


「ユーイ、どうするの。マリアは重力を操る魔法使いだよ」


「とりあえず……!村もこの子も巻き込むわけにはいかないから離れる!」


 白い地面を疾走する。足が沈み込まないよう注意しないと、そのまま自分の動きを封じてしまいそうだ。幸い、マリアは逃げ出した私の背中を攻撃してはこなかった。振り返ると付いてきてはいるが攻撃してくるそぶりはない。魔法使いの矜持、というものなのだろうか。突然逃げ出した私には矜持も何もないだろうが。

 しばらく走って森の中へ逃げ込む。自然でできた遮蔽物に身を隠しながらやり過ごせるのならばそれが一番いいのかもしれない。

 突然、どすん、と身体が重くなった。耐え切れずに膝をつく。周囲の雪も、私のいる数メートルだけ部分的に沈んでいる。


「これが、重力……」


「鬼ごっこは終わりにしましょう、ユーイちゃん」


 背後からマリアがゆっくりと歩いてくる。右手にはナイフを握っていた。私に向けて突き出した左手の指輪が紫に輝いている。


「オド、何とかできる……?」


「大丈夫、準備はできてるよ。結界でマリアの魔法を防御するよ」


「お願い」


 瞬間的に身体の重さがマシになった。まだ通常よりはまったく重いもののこれならば動ける。即座に立ち上がって距離をとってマリアと向かい合った。マリアは口元を抑え、嬉しそうに笑った。


「いいわよ、ユーイちゃん。そうでなくちゃ。簡単に壊れちゃったら面白くないものねぇ」


「私に何か恨みでもあるんですか。―――マナ、ですか」


 マナは私が殺してしまった最強の魔法使いだ。そのことで、協会には私を恨んでいる人たちが多い。マリアもその一人なのだとしたら納得がいく。


「あは。違うわよぅ。私はマナなんてどうでもいいもの。むしろ逆ね、マナのことも壊したくて仕方がなかったわぁ。でも、あんな化け物私には壊せるはずもなかったのよ。そういう意味では、マナを壊したあなたが憎いということになるのかしらね?」


 どちらでもいいけれどとマリアは笑った。


「じゃあ何故私を狙うんです?私は協会に戻ってるし、同じ魔法使いに狙われる理由は他にないはずですけど」


「そうねぇ。ある人にお願いされたのよ」


「ある人って誰ですか?」


「知りたい?知りたいわよね」


 マリアは心底おかしそうに笑っていた。両手で顔を隠し、指の隙間から私を見ている。


「教えてあげる。私はテレサニアに頼まれてきたの」


「な……」


 テレサニアに頼まれた?私を殺すように?


「うふふ。顔真っ青よユーイちゃん。可愛い顔が台無しじゃない。もっと笑顔でいないと綺麗な銀髪も碧い眼も可哀想よ」


 ふざけるな。


「―――テレサニアを侮辱しないで」


 テレサニアは私を殺せなんて言う命令はきっと出さない。いや、絶対に間違いなく、神に誓って出さない。テレサニアは不器用だけど、一緒にいたらわかる。あの人は嘘をつけない人だ、ついてもすぐにバレるという意味で。そして、私を守ると言ったテレサニアに嘘はなかった。私を殺すなんてありえない。万が一心境の変化があったとしても、テレサニアなら自分で私を殺しに来るはずだ。

 ―――私はテレサニアをマナの次くらいに信じている。

 マリアを見ると、一瞬その顔から笑みが消えた。


「テレサニアを侮辱する人は私が赦さない」


「ユーイ、準備できたよ」


 腰につけた短剣を抜く。これ以上好き勝手喋ってテレサニアを侮辱することは寛容できない。だから私がマリアを倒す。吐かせる。謝らせる。


「……いいわ。かかっておいでなさい」


 マリアの指輪が輝くと同時に私の指輪も輝いた。私も魔力を解放する。


「話は聞いてるわよ。マナの真似事でしょう」


 マリアはどうやら私の使う魔法、有限創生を知っている。


「ユーイ、とりあえず左右に動いてみて」


「……!わかった!」


 右へ飛ぶ。私が元いた位置の雪が大きく沈んでいた。マリアが魔法を使った証だ。マリアを見ると私の動きを見て多少驚いてはいるようなそぶりを見せた。おそらくは、魔法を避けたことに対してではなく、私の反応速度にだろう。

 テレサニアに言われたことを思い出す。


『ユーイ、あなたは自分の力を理解していますか』

『有限創生についてですか?』

『違います。それはもちろん大事ですが、あなたが一番理解しておかなければならないことは、あなたは最弱の魔法使いであるということです』

『え』

『マナの使っていた無限創生は確かに最強の魔法でした。しかし、あなたの使用する有限創生はそれには遠く及びません。私に言わせればあれは魔力をただ大量に消費するだけの使い物にならないガラクタです』

『な!ガラクタは言い過ぎだと思いますけど!』

『しかしそれは今のあなたにとって、です。魔力を使いこなせるようになれば、ガラクタは宝に変わるでしょう』

『私が魔力を使いこなせば……、何だか途方もない気がするんですけど……』

『そうですね。なので今は、あなたでも使いこなせる魔力の使い方を教育します』

『は、はい……』

『魔力を身体能力のブーストに使うのです』

『テレサニアと戦う時に使ってましたけどー……』

『あんなものは使いこなせているとは言えません。オドがサポートしてくれていたのでしょうが、あなたとオドは繋がっているわけではないのです。例えばあなたが右足で地面を蹴ろうとした時に、オドが左足に魔力のブーストをかけた場合はその魔力は全くの無駄になります。身体全体に常に魔力のブーストをかけるのもナンセンスです。魔力を無駄に消費する上に効果が薄い』

『テレサニアってよくお喋りするんだね、オド』

『聞こえていますよ、ユーイ。話を聞く教育をしないといけませんね』

『聞いてます!』

『よろしい。あなたがしなければならないのは、魔力の使い方をマスターすることです。万が一実戦になった場合でも、有限創生は使わないように』

『実戦……』

『ユーイ、あなたが魔法使いとして生きていく以上、実戦は必ずあります。私はあなたをどんな時でも守りますが、私がいない場合は自分で戦わなければなりません。どうかその時は決して無理をしないように。危ないと感じたら逃げなさい』

『テレサニア?』

『できれば戦いは避けてほしいのですが、万が一の場合に備えてあなたに魔力の使い方を教育します』

『分かりました』

『では二週間、寝る間も惜しんでやっていただきます。覚悟はいいですね』

『え』


 二週間、睡眠時間はほとんどないくらいに魔力の使い方を叩き込まれた。その成果が今の私だ。右へ、後ろへ、左へ、着地すると同時に飛ぶ。まるでウサギのように雪の上を跳ねた。テレサニアの教育のおかげもあり、着地する寸前と飛ぶ時に魔力を部分的に集中させることで、身体能力を一気に何倍にもした。


「案外すばしっこいのね、小動物みたいだわ」


 私が動くたびに、元居た場所の雪が沈む。マリアの重力魔法は私を捉えきれずにいた。

 分かったことがある。マリアの使っている重力魔法は広範囲には使うことはできず、有効範囲がある。さきほどから沈んでいる雪も同程度の範囲で沈んでいる。


「テレサニアに比べたら大したことない」


「そりゃテレサは最強の魔法使いなんだから当然だよ、ユーイ」


 何とか戦える。攪乱しつつ、接近してぶっ飛ばしてやる。


「へぇ……私が大したことないですって……」


 呟くマリアからの圧力が増した。


「聞こえてるわよぅ、ユーイ。お仕置きが必要ね」


「聞こえるように言ってるんだから当たり前でしょ!」


 木の上に跳んだ。そのまま枝に隠れる。位置が分からなければマリアも何もできはずだ。

 しかしその考えは甘かった。木の幹が突然、折れた。体制を崩してそのまま一緒に雪の上に落下する。何とか受け身をとったところに、マリアがナイフで切り込んできた。短剣でマリアの攻撃を受け止める。

 魔力で腕力をブーストさせて斬り払う。あまり近づいたままでは危険だ。マリアは私に近づきながら重力の魔法で攻撃してくる。私の自由を重力で奪い、ナイフでとどめを刺すのが彼女の戦術のようだ。

 重力をかいくぐり、一瞬近づいて斬りかかりナイフと打ち合う。相手は相当戦い慣れていて、私がいくら速度をあげても攻撃の軌道を読まれている。

 流石に甘かった。

 いくらテレサニアと比べて大したことはないと言っても、テレサニアはもともと私とは次元が違うのだ。そして、私は魔法使いの中で最弱、というのをすっかりと失念していた。


「あ」


 指輪がついに一つ砕けた。


「ユーイ、長期戦はよくないよ」


「分かってる!オド、有限創生を使う!」


「え?有限創生は実戦で使うなってテレサが言ってたよ」


「大丈夫!ガラクタにだって使い道はあるんだから!」


 一瞬目を離した隙にマリアが目前に迫っていた。動きが鈍い。重力の魔法に圧されている。短剣とナイフの交わる音が響く。


「あらぁ、私は大したことないんじゃなかったかしらぁ?このまま潰してしまうこともできるのよ」


 マリアがもう片方の手を突き出してくる。


「あなたの使い魔が結界を張ってるようだけど、この至近距離で耐えられるかしらね」


「や、やってみたらどうですか。この至近距離じゃ自分も巻き込んでしまうから使えないんじゃないですか」


「口の減らない子ね。強がっちゃって、可愛いわぁ」


「ユーイ、いけるよ」


「ありがとう、オド。有限創生!」


 指輪が光った。マリアが飛び退く。

 私の周りに合計十本の形様々な剣が出現する。それを魔力を使って射出する。

 軌道を変えながらマリアに向かって剣が攻撃する。


「まだまだ甘いわね」


 マリアは両手を開いて重力を操る。十本全て、その重力の前では前にすすめず、落下した。


「な」


 しかし、それで終わりではない。十一本目があった。マリアを正面から狙って放たれたその短剣は私が投擲したものだ。魔力でブーストして投げた分、早さは十分、威力も十分だった。


「やるじゃないの!」


 そう吠えるとマリアはその短剣を打ち払う。

 しかし、最後にもう一矢。最後の強襲、これで決めると魔力でブーストして最大速度で踏み込んだ。正面からマリアを殴ると決めて拳を振り上げた私がいた。


「テレサニアに謝れ!」


「惜しいわぁ、ユーイ」


 マリアが手を突き出した。重力で私を潰すつもりだ。少しだけ、足りなかった。私は唇を噛む。もう止められない。


「これで終わ―――え?」


 マリアが突然体制を崩した。

 次の瞬間には、マリアの顔に私の拳が炸裂していた。


「あ、あれ?」


 拳を受けたマリアは豪快に雪の上に倒れる。


「何で?」


 意味が分からずに呆けていると、私の頬を何かが舐めた。


「ひゃあ!」


 慌てて見ると、それはさっきの子グマだった。


「ついてきちゃったの?」


 もちろん言葉は通じないので子グマは首をかしげている。そうか、この子がマリアの体制を崩させたんだ。

 助けられちゃった。


「ありがとう、助けてくれたんだね」


 もう一度子グマの頭を撫でた。どこか嬉しそうにしていた。


「そうだ、マリア―――」


「きゃあああああ!私の顔が!私の顔に傷が!」


「え」


 マリアが自分の顔を両手で覆って地面をのたうち回っていた。確かに殴ったけど、そんなに威力はなかったはずなんだけど。


「もう生きていけないわ……。大事な顔が、顔が……」


 今のマリアからは敵意も何も感じられない。こういう場合はどうすればいいんだろう。

 目的を思い出す。殴る、吐かせる、謝らせる。そうだ、殴るは達成したので、後は目的を吐かせる。テレサニアを侮辱したことを謝らせる。とりあえずまずは謝罪させる。


「マリアさん、テレサニアを侮辱したこと、謝ってください」


「何のことよぅ……ユーイちゃん。あなたねぇ、女の顔は殴ってはいけないって一般教養で習わなかったのかしら」


「あいにくと一般教養とか分からないです。テレサニアが私を殺せなんていう指示、出すはずがありません。取り消して謝ってください。謝罪を要求します」


「私、テレサちゃんにあなたを殺せって言われたなんて一言も言ってないわよ」


 左頬は抑えたままマリアが立ち上がった。


「嘘言わないでください。テレサニアに頼まれてきたって、言ってたじゃないですか」


「言ったわよ。私、ユーイちゃんを守るようにテレサちゃんに頼まれたんだもの」


「へ……?」


「ユーイ、マリアはユーイを殺すようにテレサニアに頼まれたなんて一度も言ってないよ」


「えぇええぇえ……」


 そう言われてみればそんな気もする。誤解だった。


「す、すみませんでした……」


 今まで下げたことがないくらい頭を下げた。これで許してもらえるとは思えないけれど。

 しばらく頭を下げていると、マリアの笑い声が聞こえた。


「私も調子に乗りすぎたわ、ユーイちゃん。あなたの実力も知っておきたかったから、わざと間違えるような言い方をしたの」


 この人、意地が悪い。私は頭を上げた。マリアの美しい頬はとっくに完治していた。ちょっとだけ安心した。あの美貌は傷つけてしまうのは流石に申し訳ない気持ちになる。


「一つだけ言っておくわ、ユーイちゃん、女の顔に傷をつけたらだめよ」


「はい……」


「自分の顔もよ」


 言いながら私の頬を撫でた。


「綺麗な顔をしてるんだから」


 言われて赤面する。今までそんなことを言われたことがなかった。耐性が無さ過ぎてどう応えたらいいのかわからない。そんな私を見てマリアはますます笑った。


「さてと、その子どうするのかしら?」


 マリアが指さす先には私を助けた子グマがいる。もちろん連れて行くわけにはいかない。いかないけれど。


「ユーイ、あなたが助けた誰かが、あなたや他の大切な人を殺すことだってある。それは分かってるの?」


「それは、分かってます」


 痛いほどにわかってる。だって、マナは私を助けて私に殺された。誰かを助けるというのはそういうことなんだろう。この子グマだって、私が助けたことで誰かを襲うかもしれない。それでも、目の前のことを投げ出したくはなかった。全部は救えなくても、目の前にいる誰か一人は助ける。それが種族が違っても同じことだ。私はこの子グマを助けたかった。


「覚悟はあるのね。じゃあいいわぁ」


「何がです?」


「ユーイちゃん、村に戻って休みなさいな。私はその子を送り届けてから戻ってくるわ」


「この子グマをどうするつもりですか?」


「食べたりしないわよぅ。知り合いに預けてくるだけ。あなたは、村でお世話になってるんでしょう。また明日の朝に迎えに来るわ」


「それはありがたいんですけど、迎えに来るというのは協会に帰るっていうことですか?」


「違うわよぅ」


 マリアがため息をついた。


「ここまで来たんですもの。ノースブリッジに行くのよ。私、あなたの保護とサラサの調査もお願いされてるの。だからあなたと一緒に行動するわ」


 そうなんだ、と私は安堵した。私だってこんな中途半端では帰れない。子グマが私にすり寄ってくる。私は、あなたの親を殺すのを手伝って奪ったんだよ。その罪悪感と自分と同じような境遇に同情してしまい、パンをあげただけなのに。

 なのにこの子グマは私を守ってくれた。今度は私が守る番なんだ。


「元気でね」


 子グマは小さく吠えて返事した。


「マリアさん、この子のこと、お願いします」


「えぇ」


 そう言うと、私は村に戻った。マリアが約束を守ってくれる保証はないけれど、テレサニアが彼女に頼んだというなら、それを信用したい。

 村に戻るとどっと疲れが出て、すぐに毛布にくるまって眠りに落ちた。

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