第4話 ガキって言うのをやめてください
テラに案内され村に着いたものの、歓迎されるどころか誰も家から出てこなかった。この吹雪だから仕方ないことなのだが、村からは生気が感じ取れない。
「悪い、ちょっとだけ待っててくれ。村長に獲物と迷子の報告してくる」
迷子じゃないって言ってるのに。
テラは一番奥にある家に入り、しばらくすると出てきた。クマを家の隣にある倉庫へ放り込み、私を自分の家へと
促した。どこの家もそうだったが、東の国とは違い石でできた家ばかりだった。この吹雪を凌ごうというのだから、頑丈な家にしないといけないのだろう。
家に入ると素早く暖炉に火をいれて私をそこへ座らせた。
「お湯が沸いたらスープを入れてやるからちょっと待っててくれな」
「ありがとうございます」
言いながら自分も暖炉の前に座り、木をくべる。パチパチと燃え続けている木を見ていると、東の国のことを思い出した。あれ以来、火は少し苦手だ。けれど、生活には必需だからそんな事も言っていられない。
何だか心配になってきてしまったので、一応、聞いておくことにした。
「あの、村の方たちは元気ですか」
テラは質問の意味を理解できなかったのだろう。小首をかしげたが、すぐに思い当たったように笑った。
「あぁ、この辺のやつじゃないなら、この寒さはきついわな。最近は天気が悪い日が続いてるからちょっと皆も元気はないけど、普段は元気だぜ。ま、俺が狩ってきた獲物を見たら元気になるだろ」
言いながら鼻をこすった。
「そうですか。よかったです」
そういう意味で聞いたわけではなかったけれども、少なくとも毒に浸食されているということはなさそうだ。
もう、あんなことは起こってほしくない。
知らず拳を握っていると、それをほぐすかのようにスープの入ったコップを手渡された。とても温かい。
「飲んだらあったまるぞ」
「すごく温かいです」
「家もあったまってきたし、マフラーとコート乾かしといたほうがいいんじゃないか?濡れたもの着てると風邪ひくぞ」
「はい」
コートを脱いでマフラーをはずす。家の中が少しずつ温まってきたおかげで、そんなに寒さは感じなかった。
「それで、ユーイはあんなところで何してたんだ?」
言いながらスープにちぎったパンをつけて食べる。私にもパン一つをくれた。
さて、どう説明すればいいのだろうか。北の国を調査しに来ましたなんて言っても信じてもらえないだろうし、もちろん自分が魔法使いだなんて明かすこともできない。明かしたところで妄想だと思われるのがオチだ。
「親戚のおじさんがノースブリッジの城下町に住んでいるので訪ねてきたんですけど、遭難しちゃいまして」
「ガキが?一人で?ノースブリッジまでここから一日はかかるぜ?」
「あのー……」
「ん?」
「私はガキじゃないです」
「は?」
ぽかーんと口を開けた後、テラはお腹を抱えて笑った。この人とても失礼だ。
「じゃあいくつだよ?」
「29歳って言ったらどうします?」
「ないない」
テラが私を頭から足元までじっと見て頷いた。特に胸の辺りで目がとまっていた気がする。やっぱり失礼だ。
「いやあ、ないだろ」
「ほほう……」
確かに私が実年齢に見えないことは熟知しているが、何だかこの人にそれを認めるのは悔しかった。もちろん実年齢を分かってほしいわけではない。それこそおかしな話になってくるからだ。私の成長は14歳で終わっている。なので、14歳という年齢が見た目的には正しい。
「当ててやるよ。本当は12歳くらいだろ?」
「じゅう、よん、さい、です」
「え?マジ?」
「テラさん……、よく失礼だって言われません?」
「デリカシーがないって言われるなあ」
「でしょうね」
じとりと睨むと、テラが手を合わせて悪かったと頭を下げた。無論反省している気配はない。
「まあどっちにしろ、その年齢でノースブリッジまで行こうなんて正気じゃないだろ。本当のところは別に理由があるんじゃないのか」
流石に今回は誤魔化しきれそうにない。誰が聞いたって嘘だと分かる嘘だ。万が一信じてくれればラッキーと思ったがそこまで甘くはなかった。
「……人を探しています」
「知り合いか?」
「知り合いではないんですけど、頼まれまして」
「ふうん。ユーイみたいなガキにねぇ」
「あの、そろそろガキって言うのやめません?」
「悪い悪い。ついクセで。言い直す。ユーイみたいな子どもにこんな土地に調査を頼むなんて、頼んだ奴は相当酷い奴だな」
「いいえ、テレサニアは酷い人ではないです」
なんとなくテレサニアを非難された気がして腹が立った。
「……ごめん」
テラが真剣な顔で頭を下げた。
「ユーイの大切な人のこと、悪く言っちっまったな、俺」
「あ……、すみません。テラさんには、テレサニアのこと話したことないですし、気にしないでください。私も急に怒ってしまってすみません」
私も頭を下げた。私たちは初対面だ。お互いのことは何も知らない。だから仕方のないことだ。
「えーと、私が探しているのはサラサという人なんですけど、心当たりないですか?」
「サラサ……。聞いた名前だな」
「本当ですか!?」
「ああ。2年前くらいだったかな。この村に突然現れて一泊して、次の日にはノースブリッジに行くと言って出てったよ。お礼だとかで、いっぱい本を置いて行ってくれたな」
「2年前ですか」
かなり前の話だ。しかし、サラサは確実に北の国に来ていてノースブリッジに向かった。それが分かっただけでも成果だ。
「あー、そういやその頃なんだよなあ」
「何がですか?」
「ノースブリッジが税を取り立てなくなったのが」
「税制の廃止ということですか?」
「そうだ。突然王様が、一時的に税を撤廃するって各村に通達してきた。その代わり、一年に村から一人ずつ、兵士を出してほしい。もちろん給金は支払うってな感じでな。おかげで村は餓死者もうんと減ったよ。王様には感謝してる」
税を廃止するというのはそんな簡単にできることなのだろうか。私はあまり経済が得意ではないのできちんとしたことはよく分からないけれど、それで国は成り立っていくのだろうか……?
まあこのことはテレサニアに連絡した時に相談してみよう。今はサラサの行方だ。そのためには少しでもノースブリッジのことを知っておいた方がいい。
「王様ってどんな人なんですか?」
「ルドラ王はまだお若い方だよ。5年前に即位されて、北の国をより良い方向へ向かうよう努力されている方だ。異国の文化も取り入れようと、他の国からもたくさん研究者を呼んだりな。でも、科学派はどうしても相容れないみたいだけどな」
テラは俺も科学派は嫌いだと笑った。
私はそれを頷きながら聞いていた。私も科学派は好きではない。リンの村を焼き、無差別に虐殺非道を行った彼らをどうしても赦せない。
「ルドラ王にはお会いできますかね?」
「忙しい方だからなあ。ユーイみたいなガ……子どもじゃちょっと難しいんじゃないか?」
ガキと言おうとして言い直したところだけは好感が持てる。
「そうですか。残念です」
「しかし、もしもサラサがノースブリッジにいるなら城に仕えてるんじゃないか。何か頭良さそうだったしな、あの人。もしかして研究者か何かだったのか?」
「さあ。私もよくは知らないです。でも、きっとすごい人なんだとは思います」
サラサは10人しかいない魔法使いの一人だ。そのことを伝えるのは別にいいが、私との関係について勘ぐられるのはあまりよろしくない。
「そっか。そろそろ寝るかな。ユーイ、毛布を用意するからそれを使ってくれ。明日は朝一で村を出るのか?」
「はい、そのつもりです。ありがとうございます」
「分かった。今日はゆっくり休め」
言いながら毛布を私に放る。そのまま私とは逆の方を向いてテラは毛布にくるまって横になった。
「おやすみなさい、テラさん」
「ああ、おやすみ。ユーイ」
彼の寝息が聞こえてくるまで時間はかからなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます