第3話 クロックエンドと魔法使い

「テレサニア様、クロックエンド様がお呼びです」


「分かりました。すぐに行きます。私が席を外している間、お願いします」


「分かりました」


 執務室を出て協会の長であるクロックエンドのいる部屋に向かう間に顔見知りの少女とすれ違った。活発で黒髪をおさげにした彼女は協会の食堂で働いているリンという。


「こんばんは!テレサニア様!今日も遅くまでご苦労様です!」


「ありがとうございます、リン。調子はどうですか」


「今日は、また一つ料理の作り方を教えてもらいました。また、テレサニア様とユーイにごちそうしてあげたいわ。早くユーイ帰ってこないかしら」


「そうですか。楽しみにしています」


 リンは東の国で出会ったユーイの友人だ。そして、彼女は記憶の大部分を失っている。本人はそれを気にしないように努めているようだが、その方が彼女にとっては幸せなのかもしれない。

 リンの家族や出身の村人たちは、全員殺されている。生き残ったのはリンだけだ。


「テレサニア様?大丈夫ですか?顔色が悪いような……」


「いえ、問題ありません。ではリン、私は少し用があります。あまり夜更かししないように」


「はい!おやすみなさい!」


「おやすみなさい」


 そのまま元気に走り去っていった。それを確認してクロックエンドの部屋に再び歩を進める。協会の最上階にクロックエンドの部屋はあった。扉をノックすると部屋の中へ通された。


「忙しいところ悪いね、テレサニア」


 そこには少年がいた。


「クロックエンド様、何か御用でしょうか」


 彼こそがクロックエンドだ。魔法使いは、席に加わった瞬間に成長が止まる。私は19歳の時に魔法使いになったので、外見は19歳のままで止まっているのだが、クロックエンドは最年少で魔法使いになった男だ。10歳で魔法使いになったというその男は、ベッドの上で飛び跳ねながら私を迎えた。


「うん。今ってユーイに北の国の調査に行かせてるよね?」


「はい。何か問題がありましたか」


「それはまあいいよ。サラサは歩く図書館って言われるくらいに知識量が豊富な魔法使いだ。何とか探し出して協会に連れ戻したいからね。あ、ユーイを連れ戻してくれてありがとうね、テレサニア。ご苦労様だよ」


「ユーイが自ら戻ってきたのです。私は関係ありません」


 それを聞いたクロックエンドはニヤリと笑った。これが本当の子どもが笑ったものなら可愛げもあるのだが、クロックエンドの実年齢は1200を超えている。


「ユーイも君に懐いてるようだしよかったよ。一緒に連れてきた一般人の子どもも元気で大変よろしい。この前色々と話して友達になっちゃった」


「そうですか」


 リンはまさか友達になったのが1200歳の男だとは思うまい。無論、私の年齢もそろそろ200歳を迎えるほどにはなっているのだが。


「本題に入っていただけませんか。そんな話をするためにわざわざ私を呼んだわけではないでしょう」


「うん。ごめんごめん。実はテレサニアに折り入って頼みがあるんだよね」


「はい」


「ルーインの動きを探ってほしいんだ」


「ルーイン卿の?」


 ルーインは私と拮抗するほどの腕を持った魔法使いだ。あまり話したことはないが、確かマナを神か何かのように敬愛していたよう記憶している。


「ルーイン卿がどうかしたのですか」


「うん、ちょっとね」


 クロックエンドが言葉を濁す。こういう時は、大概良くない意味での場合が多い。


「ルーイン卿は今どこに?」


「正確には把握できてないんだ。東の国でユーイに接触したところまではわかってるんだけど」


「ユーイに?!」


 ついつい声を荒げてしまったので咳払いをして誤魔化す。クロックエンドがまたニヤリと笑った。


「ルーイン卿は何故ユーイに接触したのですか?」


「分からないんだ。ただ彼と別れてすぐに、ユーイはヒサカに会っている。おそらく、ヒサカの居場所をユーイに伝えるためだったんじゃないかな」


「ヒサカ卿の居場所を……」


 私は唸った。ルーインの目的が分からない。ユーイをヒサカに導いた目的は一体何だったのか。ひとまず分かることは、ルーインはヒサカの居場所を最初から知っていたということだ。ただ、別に自分以外の魔法使いの居場所を知っているのはおかしなことではない。


 特におかしなところはないような気もするのだが何かひっかかる。


「ルーインが協会に戻ってこないのはよくあることなんだけどね。今回はその動きがちょっとだけ気になるんだ」


「東の国でユーイに接触したという点でですか」


「言っていい?」


「お願いします」


「僕が気になってるのは、ルーインがユーイを殺さなかったところ」


「……何故ですか」


「あれ?わかるでしょ?テレサニアもちょっと前までそうだったはずだけど?」


 私は自分の胸に手を当てた。クロックエンドの言いたいことはわかる。私も真実を知るまでは、ユーイが憎くて仕方がなかった。マナを殺したユーイが。それも、殺したいほどに。

 そうか。ルーインもマナを神のように敬愛していたのだ。そのマナを殺したユーイは憎いに決まっている。それなのに、ユーイがヒサカに会えるように導いたのはおかしい。ひっかかったのはそこだ。


「ユーイを何かに利用しようとしている……」


「うん。だと思う。じゃないと、あのルーインがユーイを殺さなかった説明がつかないんだ」


 私は額を右手で抑えた。朝から頭痛がしていたが、更に酷くなった気がした。

 ユーイを守らなければ。


「私も北の国に行きます」


「いやいやテレサニア。君は協会から出ちゃダメだよ?我が儘はしばらく聞けない。この前、東の国へ行くのだって、本当は反対だったんだ」


「しかし」


「利用価値がある内は大丈夫だよ。ユーイは殺されない。だからユーイに利用価値がある内にルーインの狙いを探ってよ」


 相変わらず無茶を言う。


「ユーイの何を利用しようとしているのかも分からないのです。危険すぎます。しかも、私は動けない。ルーイン卿ほどの魔法使いに部下を遣わせても確実に勘づかれます。どうやって探れと」


「そう言うことならマリアを君の自由に使っていい。僕が許可する」


「マリア卿ですか」


「あは。仲悪かったよね。そこは目を瞑ってよ。他ならぬ、ユーイが危ないかもしれないんだからさ」


 魔法使いの一人であるマリアとは仲が悪いというよりも、ウマが合わない。ユーイが脱走する時に少し揉めて以来顔も合わせていない。


「駄目かい?」


「私に他の選択権はないでしょう」


「分かってくれてればいいよ。じゃあ頼むよテレサニア」


「分かりました」


 そう返事をしてクロックエンドの部屋を出た。どっと疲れがたまった。しかし今はそんなことを言っている場合ではない。とにかくユーイに連絡をとって警戒するように言わなければ。私は執務室へと速足で戻った。

 執務室に戻ると、中には先客がいた。

 魔法使いマリア。美しい長い黒髪と艶やかな身体をした、同じ女でも羨んでしまう美貌を持った魔法使いだ。


「お邪魔してるわ、テレサちゃん」


 また頭痛がした。


「マリア卿。許可なしに私の執務室に入るのはやめていただけませんか」


「あら、ごめんなさい。あなたの部下が頭を下げて入ってくださいと言うものだからつい」


 床で私の部下が這いつくばり、申し訳なさそうに私の顔を見ていた。マリアの使う重力の魔法だ。


「今すぐ私の部下を解放してください。3秒でそれがなされない場合はあなたを斬ります」


「わかったわぁ」


 1秒で魔法を解いた。部下たちが咳き込みながら立ち上がり、マリアを睨んでいた。それを制して前に出る。


「クロックエンド様から話は聞いていますか」


「えぇ、聞いてるわ。あなたの駒になるよう言われてきたもの」


「駒、ですか」


 その言葉に眉を顰めた。マリアも同じ魔法使いだ。自分の駒などとは考えたことがない。


「あら。あたしは気にしないわよぅ?それで、何をすればいいのかしら?」


「聞いていないのですか」


「えぇ。テレサちゃんに従うよう言われただけだもの」


 私はルーインとユーイのことを端的に説明した。マリアは楽しそうにそれを聞いていた。


「なるほどねぇ。北の国とはまた物騒ねぇ」


「物騒とは」


「聞きたいの?」


「話す気がないなら別に構いません」


「冗談よ!最近、北の国で膨大な魔力が感知されたのよね。だからユーイを調査に向かわせた、そうね?」


「間違いありません。北の国で行方不明になったサラサ卿の可能性が高いとみました」


「ではもしも、それがサラサのものではなかったとしたらどうかしらぁ?」


「ルーイン卿のものであると言いたいのですか……」


 私の言葉を聞いたマリアはニヤリと笑って、吐息がかかるくらいの距離まで私に顔を近づけた。


「魔法兵器」


 聞きなれない言葉だ。科学兵器なら知っている。科学派が使う大型兵器のことだ。では魔法兵器とは?


「噂があるのよ。北の国には。魔法を使用した兵器の開発が行われてるんじゃないかってね。だから、サラサちゃんは北の国に派遣されたのよ。知らなかったかしらぁ?」


 初耳だった。


「そうよねぇ。テレサちゃんは基本無関心だものねぇ。でも、たまには噂話にも耳を傾けた方がいいわよぅ。だってその話が本当だったとしたら」


 おかしそうにクスクスとマリアが笑う。


「あなたの大切なユーイちゃんが殺されちゃうかもしれないわよ?」


 背筋を冷たいものが走った。迂闊だった。もっと調べてからユーイを調査に行かせるべきだった。いや、そものも行かせるべきではなかったのだ。私の失態だ。

 今すぐにでもユーイを呼び戻さなければ。しかし、ユーイから連絡をして来てくれなければこちらから連絡するのは難しい。


「私が行ってあげるわ」


「マリア卿が?しかし……」


 マリアにはルーインを探ってもらわなければならない。それがクロックエンドとの約束だ。そうとなれば、やはり私が向かわなければならない。


「ルーインはユーイを利用しようとしているなら、北の国にいる可能性が高いじゃない。なら、ルーインを探るついでにユーイを探してあげるわぁ」


 マリアが笑顔で言った。そうだ、ルーインは北の国でユーイを何かに利用しようとしている可能性もある。しかし、北の国への調査は私が頼んだことだ。ルーインが必ずいるという保証はない。

 もしもルーインが北の国にいるという仮定をたてれば、マリアにユーイの保護を頼むことができる。私はマナにユーイを頼まれたのだ。


「マリア卿、お願いします」


「テレサちゃんが頭を下げるなんて思ってもみなかったわ!いいわよぅ。行ってあげる。ついでに魔法兵器とサラサちゃんの関係も探ってあげるわ」


 ……クロックエンドからの命令があったにせよ、あまりにも物分かりがよすぎる気がする。まるで自分が誘導されているような。


「善は急げね。テレサちゃん、行ってくるわね」


「……マリア卿」


「何かしら?」


「何か企んでいるのではないでしょうね」


「だとしたらどうするのかしら?」


「ユーイに何かあれば、あなたを殺します」


 一瞬、マリアの瞳が揺らいだ気がした。


「えぇ、覚えておくわ」


 そのままマリアは私の執務室を後にした。残された私は唇を噛んだ。

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