第2話 迷子ではなく遭難
「汽車での快適な旅はここで終わりだね」
「ノースブリッジまで直通の交通機関があればいいのに」
終点というアナウンスで目が覚めた私は渋々汽車を下りた。駅のホームに降り立っただけでもそこそこな寒さなのだが、これから私が行こうとしている場所はさらに寒いという。この大陸の北の果てに、ノースブリッジと呼ばれる国があった。
はらはらと空から真っ白な雪が舞っている。地面には雪がほんのりと積もっていた。
「ユーイ、テレサからもらったコートとマフラーがあるよ」
「あ、そうだった。ありがとう、オド」
肩に乗ったオドという真っ黒な毛玉のような身体に目のついた使い魔が思い出させてくれたので、コートとマフラーをカバンから取り出した。
ああ、テレサニアの趣味だ。
真っ黒なコートに真っ黒なマフラー。本当に黒色が好きなのだなと笑ってしまう。着てみると思った以上に温かかった。
「お嬢さん、この先へまさか徒歩で行くのかい?」
北に向かおうとする私に初老の男性が声をかけてきた。おそらくは駅員だろう。
「はい」
「流石にそれは危ないよ。君みたいな小さな女の子が一人で行くなんて。目的地は知らないけれど、この先は雪が一層酷くなるし、猛獣だって少なくはない」
「ご心配なく!慣れてますから!」
「え……」
「お気遣いありがとうございます。また帰りの時には、汽車に乗らせていただきますね」
駅員は面食らったような顔をしていたが、心配そうな笑顔で気を付けてと送り出してくれた。
ちなみに私の見た目は確かに14歳ではあるが、中身の年齢はその倍以上だ。それでもあの駅員からすれば女の子ではあるだろうが。ただ、私は普通の女の子ではなく魔法使いだった。この大陸に、10人しか存在しない魔法使いという称号を与えられたうちの一人だ。
色々と他の魔法使いと比べると劣るところばかりではあるが……。
「ユーイ、変わったね」
「何が?」
「いや、色々とね。僕は感慨深いよ」
「そうかな」
「うん。テレサとリンに感謝しないとね」
「そうだね。早く帰ってリンの作った料理が食べたいよ」
「新婚夫婦みたいだね」
「えへへ」
「褒めたわけではないよ」
そんな話をしながら来たに向かって歩いていく。少し歩くときちんと舗装された道はなくなり、積もった雪のせいもあってか道があるのかどうかすら疑わしい。街灯も既になかったので、夜になると明かりもないし、寒さで大変だなと自分の吐く息を見ながら思った。
到着までは普通に歩いて二日ほどかかるらしい。途中村がいくつかあるそうなので、そこで休めそうな場所を探そうと計画していた。
オドがいなかったら流石に寂しくて泣いていたかもしれないなと、肩から話してかけてくれる使い魔を撫でた。
「ちなみにユーイ。今回は本当に10個しか指輪がないから気を付けてね。予備はないよ」
指輪というのは魔法を使うために必要な魔力を貯蔵したものになる。魔法を使うためには魔力が必要で、自然界から魔力を集めるのには時間がかかるのだ。だから、魔法使いは魔力を集めておいてそれを指輪に貯蔵しておく。ソロモンの指輪という。奇跡を起こす指輪という意味で名づけられているらしい。
「大丈夫だよ。テレサニアにたくさん教育されたから……」
「そうだね。北の国へ行ってこいって言われてから2週間、みっちりだったからね」
「魔法を使うのはオドだけど、私を介さないと発動できないから、魔力の流れをうんたらかんたら」
「うんたらかんたらって何?」
「ちょっと省略しただけ」
「ユーイ、テレサの話ちゃんと聞いてた?」
「聞いてたよ!」
「ユーイがうんたらかんたらって言ってたって、テレサに言っておくよ」
「お願いだからやめて……」
話しながら歩いていると吹雪が強くなってきた。視界が悪すぎて自分が本当に真っすぐ前に進んでいるのかも分からなくなってくる。
「ユーイ、気づいてる?」
「うん、一応気づいてるけど……」
「囲まれてるね」
「見逃してくれないかなぁ……」
「オオカミって言うらしいよ」
立ち止まって周りを見ると、唸り声をあげて白い四つ足の獣たちに囲まれていた。視認できる限りでは7匹。このまま逃げたいところだけれど、進むべき方向も分からない状況で無闇に逃げるのは得策ではない。
「オド、お願い」
「うん。ユーイが言うならやるよ」
私の両手には全ての指に嵌められた指輪を確認する。ここで魔力を浪費するわけにはいかないけれど、腰に差した短剣を使えば傷つける他なくなってしまう。できる限り、この土地の生態系を崩したくはない。
じりじりと円を描くように、白いオオカミたちが迫ってくる。
「ユーイ、準備できたよ」
オドが言ったのを確認し深呼吸する。
「怪我しないでね!―――有限創生!」
両手を広げて魔法を発動する。指輪が金色に光り、私の周囲に数十本の様々な武具が具現化した。そしてそれらを魔力で射出し、オオカミと自分の間の地面に勢い良く突き刺さる。武具に驚いたのか音に驚いたのか、オオカミたちは反転してその場を去っていった。
それを確認した後指輪を確認する。ヒビも何も入っていない。テレサニアに色々と教えてもらったおかげだろう。以前はこれくらいの魔法を発動すると、指輪にヒビが入るか壊れていた。
「やったね!私の魔力コントロールも大したものでしょう」
「すごいね、ユーイ。成長を感じるよ。でも、テレサの言ったこと忘れてるよね」
「え」
「魔法は極力使うなってテレサが言ってたよ」
「げ」
「魔法の使用が感知されると厄介だからって言ってたよ」
「うぅ……」
「でも、危ない時は迷わず使えとも言ってたね」
「よかった……」
しばらくすると私が作った武具たちも全て幻のように消えていった。長時間の具現化は魔力を膨大に使う。
「とりあえず、さっきのが戻ってくる前に進もう」
「うん」
そのまま道なき道を進む。手に持ったコンパスだけが頼りだったが、進むにつれてコンパスが機能しなくなってきた。立ち止まっているのに、一定の位置をコンパスが示さない。
さて、どうしたものだろうか。
「ま、迷子……。この年齢で……」
「違うよ、ユーイ。こういう場合は遭難だよ」
「あ、そっか。よかった」
いや、よくはない!どっちにしろ状況はかなり悪い。魔法を使ってこの状況を何とかするのも手の一つではあるが、これ以上目立つようなことはしたくない。何しろまだ調査自体始めていないのだ。
「ユーイ!避けて!」
オドが耳元で叫んだ。慌てて左に飛ぶ。吹雪の中から何かが私の元居た場所を攻撃してきた。素早く体制を整えて相手を見ると、それは自分の数倍はありそうな巨体だった。牙を剥き、私に敵意を向けている。
マナと旅していた時に見たことがある。あれは確かそう、クマだ。しかしこれほど巨大なクマは見たことがない。
「きっとお腹がすいて気が立っているんだ」
大食いのクマにとっては、この地で食料を確保するのは容易ではないだろう。だから、気が立っているに違いなかった。マナに手負いのクマや気が立っているクマには近づかないように言われていた。
クマはその巨体からは想像のつかないスピードで雄たけびとともに突進してきた。右に避けようとすると、まるで予測していたかのように私めがけて鋭い爪を振り下ろしてくる。
間一髪、短剣で爪の攻撃を防いだが、あまりの力に足が雪に埋もれてしまう。このままでは自由に動くことも難しい。
―――魔法を使うしかない。
結界で防いで何とか逃げ切るのが今できる私の精一杯だ。
「オド!結界を!」
と同時に乾いた発砲音がした。続けて二度。吹雪で音もまともに聞こえない耳をつんざくような大きさの音だった。
目の前にいたクマが倒れた。頭、心臓、正確に急所を撃ち抜いている。倒れたクマから流れた赤い血が雪を染めていく。私は思わず手を合わせて目を閉じた。そして直ぐに周りを確認する。
「誰か、いる」
このクマを一瞬で殺害した腕の立つ何者かがいる。
「おい、大丈夫か?」
吹雪の中から青年が現れた。年の頃は二十歳程だろうか。大きな二ット帽にゴーグル。灰色のジャケットを着ている。
「あ、ありがとうございます」
「こんな吹雪の中で女の子が一人で何やってるんだ。ただまぁ、お前があいつをひきつけてくれたおかげで獲物を狩ることができたのには感謝しとく」
「もしかしてこの近くの村の人ですか?」
「そうだが」
青年は言いながらクマに近づきロープで縛り始めた。このまま村に持ち帰るつもりなのだろう。
「もしかして迷子か?」
「遭難です!」
「ってことは保護者なしか。何やってんだ、お前の親は」
「親はいません」
青年が私を見つめたまま固まった。
「……悪かった」
「いいえ、気にしてないです」
本当に気にしてなかったが、青年はバツが悪そうに私を見た。もしかすると、親に捨てられてこんなところにいると思われているのかもしれない。
「その、俺の村に来るか?」
「いいんですか?」
「ガキをこんな吹雪の中に放っておくわけにもいかんだろ」
ガキ!?実際の年齢はあなたより上だと思うんだけどという言葉は何とか飲み込んだ。
「お願いします」
「ああ、しゃあねぇな。俺の名前はテラ。お前は?」
「ユーイです」
「んじゃ行くか、ユーイ」
青年はそう言ってクマを引きずりながら歩いて行った。私はその後ろをついて歩く。
とりあえず、遭難してどうにもならないということはなくなった。
吹雪は止まない。ノースブリッジは、まだ遠い。
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