第23話:エルフよ、愛を取り戻せ!

 タイカ王国・ダイエンジョー森林。

 王都にほど近いこの森にある我らの隠れ里で、今年も美味しいお芋がたくさん採れた。

 というわけで商売だ。収穫した作物の一部は毎年、王都のケツアゴエルフのマスクを通して市場に出してもらっている。

 なんでもエルフ芋は糖分が高くて人気が高いらしい。今年もしっかり売れてくれるといいのだが……。

 



「え、えらいめにあった……」


 王都中に人がゴミのように群がる中、息も絶え絶えになんとかマスクの店まで辿り着くと、カウンターにバタリと倒れこんだ。

 

「よぉ村長、おつかれさん。ほれ、エルフビールだ」


 マスクがすかさずキンキンに冷えたエルフビールを出してくれた。さすが普段から客商売してるだけあって、何が欲しいか言わなくても察してくれる。ありがてぇ。


「悪かったなぁ。急に呼び出したりして。しかも王都の祭りの日に」

「まったくだ。人間が多すぎて窒息死するかと思ったぞ」

「でもエルフ芋ジュースってのを早く試してみたくてなぁ」


 エルフ芋ジュースとはエルフ芋を煮込んでドロドロにしたホットジュースのことだ。うちの村では昔からよく作られていて、保存用に粉末化しては大量に蓄える家も多い。

 それを昨日のリモート会談中に飲んでいたらマスクが興味を示し、今日中に出来る限り持ってきてくれと言う。

 そこでとりあえず背負える分を村から集めて持ってきてやったのだ。


「おおっ、こいつは美味ぇな。エルフ芋の甘みがよく出ている。女性客に喜ばれそうだ」


 粉末化したエルフ芋ジュースの素をお湯で溶かし、早速味見をしたマスクが感嘆の声を上げる。

 

「だろう? でも、煮詰めるともっと美味いぞ」

「なるほどな。じゃあそうするか」

 

 言われた通りエルフ芋ジュースを煮詰め始めるマスクをよそに、俺はお代わりしたエルフビールに口を近づけた。

 ああ、美味いなぁ、エルフビール。ずっと飲んでいたいなぁ。っていうか、またあの人ごみの中を通って帰らなくちゃならんとか勘弁して欲しいよなぁ。

 

 クソ皇子たちのせいで多少は馴れたとは言え、やっぱり人間はまだまだ恐怖の対象だ。

 男は村を燃やしに来るし、女は「イケメン!」って奇声をあげて襲い掛かってくる。

 そんな連中がうようよ群がる中に飛び込まなくちゃならんのは、ゾンビの群れに特攻をかますのと変わらない。

 

 ああ、帰りたくない……でも夜になって開店すれば、ここも人間でいっぱいになるんだよなぁ。

 

「なんて暗い顔して酒飲んでんだよ、村長殿。そんなに人間が苦手か?」

「当たり前だろ。人間なんてモンスターと同じだ」

「それは偏見が過ぎるだろ。村長はもっと人間を知る必要があるな。そうだ、せっかくだから祭りでも見て帰れよ」

「嫌だ! 断る!」

「この時間なら丁度ミスタイカコンテストの結果が出て盛り上がる頃だ」


 そう言ってマスクは店の片隅、天井からぶら下げてある水晶盤のスイッチを入れた。

 ミスタ・イカ・コンテスト? そんな奇妙キテレツなコンテストなんか見たくないぞ。

 

「ほら、水着姿の女の子は人間もエルフもみんな可愛いだろ?」


 が、水晶盤に映し出されたのは何故か水着姿の女の子たちだった。ミスタ・イカ・コンテストなのに何故!? 

 頭に疑問符を出しながら見ていると舞台が暗くなり、独特のドラムロールが流れ始める。丁度グランプリが発表されるところのようだった。

 

『今年のミス・タイカ・コンテスト優勝者は――冒険者エルフのツルペタさんですッ!』


 ああ、ミスタ・イカじゃなくてミス・タイカだったかと感心……する間もなく、見知った名前が聞こえてきて、思わず口にしたエルフビールを噴水のように噴き上げる。

 

 は? ツルペタ?

 冒険者エルフのツルペタだってー!?

 

「村長、君なんなの? うちの店へ来るたびにビールを噴き出してるんだけど?」

「い、いや、だってグランプリが……」

「まぁ、エルフがグランプリってのは驚いたけどな。でも見てみろよ、あのを見たら納得だろ?」


 毎度のことにもはや自分で汚したところは自分で綺麗にしろと雑巾を投げ渡してくるマスク。

 が、それを受け取ることも忘れて、俺はマスクの言葉を確かめるように水晶盤へ見入る。


 その顔はまさしく俺の幼馴染のものだった。

 より大人っぽくなっているものの、その深き森に湧く泉のように清らかな水色の髪、春の新芽を彷彿させる小さく控えめに左右へ延びる耳、そして恥じらいと興奮が入り混じって複雑な曲線を描く眉、二十年経っていても見間違えるわけがない。

 

 だけどその体つきはまるで違っている! てか、おっぱいでかっ!!

 俺の知っているツルペタはそれはそれは見事な幼児体型だった。それこそ周りの連中から「もうアスベストと結婚して子供産んだんじゃないのー?」とからかわれたほどだ。

 ところが優勝者の胸は、とんでもなく大きく膨らんでいる。

 いや胸だけじゃない。背も高くなっているうえに腰はきゅっと締まり、お尻はいい感じのボリュームで丸みを帯びている。つまるところ、いわゆるボンッキュッボン。エルフと言えば男女ともにスレンダーな体型が基本で、あんな肉付きの良い身体をしたエルフは滅多にいない。

 

 どういうことだ? 同じ名前をしたそっくりさん? いやいやそんなわけあるか。でもあの身体は……。

 

「それにしてもホント、エロい身体してるよなぁ。あれはまさしく男を知り尽くした身体だぜ」

「ななななななな何を言うだァァァァァァーーーーッ!!!!!」


 や、やめろ、マスク! 俺が一瞬考えて慌てて打ち消した可能性を口にするんじゃないッ! 呂律も回らなくなるだろッ!

 

「何言ってやがる。あんないい体をした女の冒険者エルフだぞ、男どもが放っておくわけないだろ?」

「ツ、ツルペタはそんな子じゃないッ!」

「なんだ知り合いなのか? あ、そうか、幼馴染の恋人が冒険に出ているとは聞いていたが、それがこの子……いいなぁ村長、羨ましいナァ」

「でも、俺の知っているツルペタはあんな身体つきをしてない! もっと背が小さくて、全体的にもその……幼児体型なんだ」

「は? だけど村長の幼馴染ってことは、冒険に出る前にはもうとっくに成長期は終わってるだろ? それがあんな身体になるなんて一体どんな経験を積めば……あ」

「…………」

「いやいやいやいや、大丈夫だって! きっと他人の空似だ。名前が同じで顔がそっくりなだけだぜ、きっと!」


 気持ちを察してくれたマスクが慌ててフォローしてくれる。が。

 

『みなさん、ありがとうございます。私がミス・タイカだなんて夢のようです』


 受賞者のコメントが始まって聞こえてきたその声、口調もまた、聞き慣れた幼馴染のものだった。


 てことはやっぱりこの子は俺の幼馴染?

 この二十年に一体何があったんだ……。

 

「もしかしたら超特例的に遅れて成長期が来たのかもしれんぞ。それに世界には噛むと相手をナイスバディにしてしまう魔物がいる可能性もある。それにほらアレだ、もしかしたら着ているビキニの柄で単純におっぱいが大きく見えたり、腰つきが綺麗に見えたりしているだけかもしれないじゃないか!!」


 マスクが甲斐甲斐しく慰めてくれるも、その有り得ない可能性の数々にかえって現実を受け止めるしかなくなった。

 ははは、そうだよな。普通に考えて女の子の身体がぐっと大人っぽくなるなんてあれしかありえないよな。

 いや、いいんだ。母ちゃんだって言ってたし、こんなのよくある話なんだって。だったら俺も冷静にこの事実を受け止めないと。ツルペタが戻って来た時に笑って出迎えてやれるようにしないと――。

 

『ですから一緒に私と冒険してくれる人はどうか冒険者ギルドまでお願いします。今回は本当にみなさん、ありがとうございました』


 ツルペタのコメントに万雷の拍手が巻き起こり、ツルペタが笑顔でそれに応える。

 そして俺はそんな光景を凍り付いた心で見つめていた。

 はは。ははは。そうか……そうなのか……まだ戻ってこないんだツルペタ。

 

 二十年待ったのに、まだ俺のもとへ戻ってこない。

 いや、もう村へ帰ってくるつもりなんかないんじゃないのか。

 

 もしかしたら。

 もう俺の知っているツルペタなんてどこにもいなくて、ただ俺だけがあの頃の夢を見ているだけなのでは――。

 

「ん、なんだ!?」


 マスクが戸惑った声を上げるも、なんだかどこか遠くから聞こえるような気がした。

 ああ、もういい。もういいや。今日はもう村に帰ろう。

 村に帰ってゆっくり寝て、明日からまたこれまでと変わらない一日を送り続ければきっとこの夢から覚める日も――。

 

『きゃああああああああ!!!!!』


 ツルペタの悲鳴がすぐ耳元で聞こえたような気がした。

 ハッとして目を水晶盤に向けるとそこに俺のよく知っている、つまるところは幼児体型のツルペタの身体が――何故かすっぽんぽんの姿で映っていた。


「一体何があったんだ!?」

「俺が知るかよ。突然、優勝者の体をぼわんとした煙が覆ったかと思ったら、次の瞬間には彼女の姿が消えて代わりにあの子が裸で現れて……あれ、あの子、知ってるぞ俺!」

「なに、ツルペタを知っているのか、マスク!?」

「ああ。うちの店にたまに来るんだよ」

「はぁ? でもツルペタは冒険者で世界中を旅してるんだぞ?」

「いや、あの子はまだ仲間が出来てなかったはずだ。あの身体だからな。人間の冒険者たちから遠慮され続けてたんだ」


 なんだって!? じゃあツルペタは二十年間ずっと王都にいたっていうのか!?

 

「それよりも村長、これってマズくないか。確かおまえんちの結界って裸を見られた相手には効かないんじゃなかったっけ?」

「あ、そうか!」  

 

 何が何だか分からないが確かにそれはマズい。早くなんとかしないと。

 

「コンテスト会場は中央広場の特設ステージだ!」

「分かった! 悪いけど噴き出したビールの後始末はよろしく頼む!」


 慌てて店を飛び出るも、祭りなだけあって裏路地と言えども人ごみでごった返していた。

 ならばと俺はポケットから風の精霊様の力を封じ込めた魔法石を地面へ叩きつける。

 たちまち巻き上がるつむじ風の力を借りて、思いっきりエルフ三角跳び! 周囲の建物の壁を二度、三度と蹴り上げて、一気に屋根へと駆け上る。

 そこでさらにもうひとつ魔法石を消費し、誰もいない屋根の上をエルフダッシュで疾走した。

 

 連れ重なる屋根の向こう、遠くに見えていたステージがどんどん近づく。

 やがて裸のツルペタが衛兵に腕を掴まれ、無理矢理立たされようとしているのが見えた。

 

「ツルペターーーーーーーッ!!!!」


 大声でその名を叫びながらフードを脱ぐと、また魔法石を叩き割って建物の屋根からジャンプした。

 ステージまで遠い。が、脱いだフードに上手く風の精霊様の力を集め、まるで鳥のように滑空して大空を疾走する。 


 そんな俺の叫び声にツルペタが気付いてくれた。

 泣きながら衛兵に抵抗するツルペタの、涙で濡れた瞳が大きく見開かれる。

 驚き、喜び、恥じらい、後悔。そんな様々な感情で溢れかえりながら、

 

「アスベストーーーーーーーッ!!!!!!!」


 ツルペタが俺の名前を叫んだ。

 久しぶりに聞く恋人が自分の名を呼ぶ声に、胸がジーンと熱くなる。

 彼女の身に何があったのかなんて、そんなことはもうどうでもいい。ただツルペタを助けたい、それだけしか頭の中にはなかった。

 

 衛兵が慌てて腰の剣へ手を掛ける。

 が、抜く直前に思い切り蹴り飛ばして気絶させてやった。


 ナイアスバディのツルペタが忽然と姿を消し、代わりに裸の幼児体型ツルペタが現れて混乱するステージ。

 さらにそこへ俺が飛び込んできて、もはや状況は混沌と化した。脇に控えていた衛兵だけでなく、観客がステージに殺到するのを防ぐために配置されていた警備員たちまでもが猛然とこちらへ向かってくる。


「ツルペタ、俺に掴まれ! 早く!!」

「うんっ!」


 抱きついてくるツルペタに素早くフードを被せると、ありったけの魔法石を叩き割った。

 猛烈な風が全てを吹き飛ばして衛兵たちが近づくのを拒む中、俺たちはその風に乗って王都の民衆の上を駆け抜けた。

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