第24話:エルフは踊る、されど進まず
タイカ王国・ダイエンジョー森林。
王都にほど近いこの森にある我がエンジョー村は数千年もの間、大賢者ナナカマー様の張った結界によって人間たちから隠されてきた。
しかし今、村の入口には数人の人間が屯し、ユグドラシルネットでは『タイカ王国の近辺にエルフの村を発見!』のテロップとともに村の外観が映し出されてしまっている。
皇子のようなバラエティ―チャンネルではない。ちゃんとした情報チャンネルだ。しかも緊急特別生放送と称されたこの番組には数万人ものアクセスがさっきから表示されている。
それはつまりエンジョー村の存在が人間たちに知れ渡ったことを意味していた。
「本当に申し訳ありませんでした!」
役場に集まった村人たちを前にして、ツルペタが悲痛な面持ちで頭を下げる。その目は昨夜ずっと泣き明かして腫れぼったく、清流を思わせる綺麗な水色の髪も徹夜のせいで乱れ切っていた。
ステージで華やかな笑顔を見せていた昨日の彼女とはまるで別人だ。
まぁ、ナイスバディになる魔法を使って身体を改造していたのだから、本当に別人みたいなものではあるのだが。
「いやいや、頭を上げて、ツルペタちゃん。あんたはなんにも悪くない。むしろみんなに裸を見られた被害者やないの」
「そうそう。それによく村に戻って来たねぇ。長旅は大変だっただろう」
そんなツルペタを、しかし村の人たちは誰ひとりとして責めなかった。
エルフには昔から『ひとりはエルフのために、エルフはひとりのために』という言葉が残っている。それぐらいエルフの絆は強いのだ。
「…………」
だけどツルペタは頭を下げたまま顔を上げない、いや、上げれなかった。
本当は顔を上げて、彼女の口から全てを話すべきなのだろう。でも口からは嗚咽が漏れ、目からは昨夜あれほど流した涙が再び溢れ出してきて、とても話せるような状態ではない。
俺はツルペタの頭をそっと胸へ抱え込んだ。
彼女は昨夜のうちに俺へ全てを話してくれた。
彼女のやったことを馬鹿らしいと笑う人もいるかもしれない。けれどツルペタがどれだけ厳しい現実に晒され、二十年も苦しめられたのかと思うと、俺はとても笑う気にはなれなかった。
だから昨夜はこうして胸を貸して、何度も彼女へ「よく頑張った」と言葉をかけ続けた。
「みんな、ありがとう。詳しい事情はまた落ち着いてから話すけど、今回の件は本当に想定外なことが続けざまに起こった不幸な事故だ。ツルペタは悪くない」
まず村を守るバリアに、村人の裸を見た人間には無効になるという隠し設定があったこと。
次にエルフの女の子なら教わるそれを、何故かツルペタには知らされなかったこと。
これは昨夜、ツルペタのお母さんから「だってうちの子が人間の男の子とアレをするなんて想像できなかったから」との証言を得ている。
いい加減な親だと思うかもしれない。が、逆に言えばそれだけ自分の娘を信じていたことでもある。
ああ、信じ切れず疑ってしまった自分が恥ずかしい。
そして最後にツルペタが習得したナイスボディ魔法には時間制限があったこと。
ちなみに魔導書そのものにはそんなこと書かれていなかった。が、ユグドラシルネットで調べたところ、有効時間には個体差があるので使用には注意と明記されていた。
そんなもん、ちゃんと魔導書に書いておけと言いたい。
「それよりもこれからどうするか、みんなの意見を聞きたい」
「どうするかって、やっぱり人間は村を燃やしにくるのかな……」
「その可能性は高いと思う」
「だけどあの皇子さんが何とか上手くやってくれるんじゃないか?」
「そうよ、あの子はなんだかんだでこれまでも色々と村を助けてくれたじゃないの」
「この前は焼き芋大会の点火役までやらせてあげたしな!」
藁にもすがる思いとはまさにこのことだろう。
が、こうなってしまった以上、村を救えるのはクソ皇子しかいないのも事実。
村人たちが次々に皇子への期待感を口にする中、自然とその視線は役場の片隅にある水晶盤へと集まった。
『即刻焼き討ちにすべし!』
良く言えば武骨な顔つきをした、悪く言えばかなりのブサ強面な大男が水晶盤の中で訴えていた。
タイカ王国ジー王家第一皇子エンリャク・ジー。クソ皇子の一番上のお兄さんだ。年齢は二十歳後半と聞いているが、あの皇子がその年齢になったとしてこんな筋肉ダルマのブサイク兄ちゃんになるのはちょっと想像が出来ない。
てか、同じ遺伝子を受け継いでいるのか疑問に思えるほど、ふたりは似ていなかった。
『昔からエルフの村は焼き払うと決まっている! 何を議論することがあるというのだ!?』
そのエンリャクがさきほどから訴え続けているのは、タイカ王国議会だった。
タイカ王国は王制を敷いていて、基本的には王の一言で全てが決まる。が、近年は王様の体調があまり良くなく、加えて三人の皇子の誰を跡継ぎにするか決める為にも、こうして議論させて決めているらしい。
エンリャクの演説に「そうだそうだ!」と議員の一部から同意の声が飛ぶ。
おそらくはエンリャク派の議員なのだろう。
ただしそれほど後押しする声は多くなく、ちょっとほっとした。エンリャクの人気の無さに感謝!
『まったくエンリャク兄様の脳筋ぶりには困るでごじゃる』
エンリャクの演説が終わって次に壇上へとあがったのは、何やら派手な着物を着こみ、顔を白粉で真っ白く染めた人間だった。
第二皇子キンカク・ジー。これまたクソ皇子とも似てなければ、エンリャクとも全然違う。一体どうなっている、ジー王家?
『なんでも燃やせ燃やせで発展性がごじゃらん。麻呂はこのエルフ村の村人たちからしかるべき税金を取り、生活はこれまで通り続けさせるべきだと思うでごじゃる』
キンカクの言葉に、見ていた村人たちからわぁと歓声があがった。
うん、その気持ちは分かる。俺もケツアゴエルフのマスクからこいつの話を聞いた時は、一番まともそうだと思ったもんな。
『もっともこれまで王国領内にありながら存在を秘匿し滞納していた税金を払うには村全部を差し出してもらい、エルフたちには奴隷として働いて貰わなくてはならぬでごじゃろうなぁ』
水晶盤に映る奇怪な化粧を施す第二皇子へ、みんなが一斉にブーイングする。
ほらな? こいつも結局ヤバい奴なんだよ。
もっともなんだかんだで一番ヤバいのは、あのクソ皇子なんだけどな。
『それでは焼き払うのと変わらないではないか、キンカク!』
『焼き払うだけではこちらに何の得もないでごじゃるよ。子供でも分かることが何故分からないでごじゃる、馬鹿でごじゃるかエンリャク兄様は?』
『馬鹿はお前だ。豪快に焼き払えば民の士気が爆上がりではないか!』
『民の士気というより兄様の人気ではごじゃらんか?』
『なんだと! 言葉を慎め、キンカク!!』
『兄様こそ恥ずかしいので議会には出てきてほしくないでごじゃる』
議会で激しく言い争うふたり……と言えば聞こえは良いが、実に低レベルなやりとりだ。
しかもそこにふたりを支持する派閥議員たちもやりあい始めて、議会は侃々諤々荒れ始めた。
このまま揉めに揉めていつまでも結論が出ないといいのだが……。
『静粛に静粛に。それでは次にジー王家第三皇子ホンノー・ジー様の見解を伺いたい』
その名を上げた途端、議会に大きな拍手が沸き上がった。
さらには子供じみた言い争いを繰り広げるエンリャク・キンカクの両派議員に対して「黙れ!」「静かにしてホンノー殿下のお言葉を聞け!」との声も飛ぶ。
おおっ、まさかあいつがここまで議員たちから支持されているとは。
王都では良い子ちゃんを演じているとは聞いていたが、これならちょっと期待できるかもしれんぞ。
『ホンノー皇子、壇上へ』
『…………』
『どうなされましたか、ホンノー皇子?』
『…………』
が、議長が何度もその名前を呼ぶもいっこうにクソ皇子は姿を現さない。
一体どうしたんだと、クソ皇子派の議員たちがざわめき始める。それは皇子の演説に一縷の望みをかけて水晶盤を見つめる村人も同じだ。
ただ俺だけが――クソ皇子のことを一番良く理解している俺だけが、いち早く全てを理解していた。
あの野郎、よりにもよって
いつも嫌がらせばっかりしやがって、それでももしかしてあいつならなんとかしてくれるんじゃないかなと思った途端にこれだ。少しでも期待した俺が馬鹿だった!
そもそもあいつはずっとうちの村を燃やそうとしていたもんな。村の存在が世間に知れ渡ったところで、あいつからしたらいまさら議論する必要なんてないってことか!
『残念ながらホンノー皇子は欠席のようです。それではエンジョー村の処遇に関しまして、エンリャク皇子とキンカク皇子の両案へ、みなさまの投票で決めたいと思います』
水晶盤の中で議長を務める初老の人間が、落胆した様子を見せながらも議会を進行させる。
「どうやら決まりのようだな」
それでも村人の中にはまだあいつへの希望を捨てきれずに水晶盤を見つめる奴がいた。
悪いがその想いは今ここで捨て去ってもらう。そうじゃないとこれから待ち受ける過酷な運命に、俺たちは立ち向かえないだろう。辛いけれどこれも村長としての役目だ。
「皇子の助力はない。あいつは俺たちを見捨――」
「それは違います、アスベスト様ッ!」
突然、言葉が遮られた。
振り返ると部屋の扉からアヅチ嬢が、何故か顔だけ出して抗議していた。
「アヅチさん! どうして君がここに? いや、てことは皇子も村に来て――」
あの野郎、まさか村のピンチに議会へ出るのも忘れて駆けつけてきてくれたのか!?
「いえ。ホンノー様は来ていません」
だと思ったわ!! 全然これっぽっちも期待なんかしてねーわ!!
「ホンノー様は捕まってしまって、私を……その身を挺して私を逃がしてくださいました」
「は? 捕まったって一体どういうことですか?」
「お願いです、みなさん! どうかホンノー様を助けてあげてくださいっ!」
えええええええ!?
むしろこっちの方こそあいつに助けてもらおうと思ってたんですけどッ!
まったくあのクソ皇子め、役立たずどころかそれ以下じゃねぇか!
「その代わりと言ってはなんなんですけど……」
ちょいちょいとアヅチ嬢が俺を手招きする。
なんだろうと不思議に思いつつ扉に近寄ると、ぐいっと手を引っ張られて廊下へ連れ出されてしまった。
「ちょ、アヅチさん、いきなりなにを……って、またなんでそんな恰好してるんですかッ!?」
突然のことに驚くも、俺の手を握り廊下に立ち尽くすアヅチ嬢の格好を見てさらに慌てふためく。
だって何故かまたあのエッチな羽衣を着ていたんだもん!
「これはその、ダンジョンから出てきたところを兵士たちが待ち伏せしていたので着替える暇がなかったんですー、ってそれよりも」
あんなところやそんなところがうっすらと見えてしまうヤバイ羽衣は、言うまでもないが生地がとっても薄い。
ってことはそんなものを着ていきなり抱きつかれると、それはほとんど裸のお付き合いのようなもので。
「アスベスト様、どうか私を貰ってください!」
その状態でさらにそんなことを言われては、もはや驚きを通り越して思考停止のエラー状態に俺が陥るのは至極当たり前のことなんじゃないかと思うのであった。
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