第22話:燃やせシュプレヒコール
タイカ王国・ダイエンジョー森林。
王都にほど近いこの森にある我らエルフの隠れ里を、唐突ではあるがかつてないほどの熱気が包み込んでいる。
言っておくが火事ではない。何かにつけて火をつけられるエルフ村だが、そうそう何度も燃やされてはたまらない。というか、今回はまるっきりいつもと逆だ!
「燃やせ! 燃やせ!」
本来なら人間たちのセリフのこれ。しかし今、村の中央広場に集まって「燃やせ」の大合唱を行うのは人間ではなく、なんと我がエンジョー村に住むエルフのみんなだ。
ある者は腕を何度も天へ突き上げ。
ある者は地面を踏み鳴らし。
またある者たちはお互いに肩を組みあいながら、普段なら絶対口にはしないこの単語を、老いも若きも男も女もみんな熱狂的になって大声で繰り返す。
俺の村長就任後、これほどみんなが盛り上がったことはあっただろうか? いや、ない。それどころか俺の200年を越える人生の中でも初めてのことかもしれん。
みんな色々ストレスとかあったんだろうなぁ。そう思うと村長として感慨深い……のだけれど、正直盛り上がりすぎてちょっと引く。
てか、ぶっちゃけ怖い!
その熱狂が俺ではなく、横に立つ人物――荒縄で手足を縛られたクソ皇子に向けられていることが分かっていても、だ。
当事者ではない俺ですらそうなのだ。きっと本人は相当な恐怖を覚えているはずと、ちらりと隣を覗き見る。
「…………」
まずはさすが子供と言えども王族だと感心した。これほどの狂気的な視線に晒されても、物怖じした様子を見せず堂々としている。
が、よく見れば額に汗が浮き上がり、たらりと頬を辿って顎先から滴り落ちていくではないか。
やはり動揺しているようだな。まぁ、それも当然か。まさかこのようなことが秘密裡に準備されていたとは思ってもいなかっただろう。
コスプレ大会の時はどこからか情報が漏れてドッキリ失敗となってしまったが、今回はその時の反省が大いに生かされている。
「……アスベスト君、これは一体どういう事であろうか?」
「決まってるだろう。これが村民の総意だよ」
そう告げても、皇子の表情に目立った変化はない。
ただ淡々と中央広場に集まった村人たちを見つめている。
その中には当然だが皇子の見知った顔もいた。遊び相手のエルフ小学生たち、何かと甘やかすエルフ老人、それに皇子を魔法の師と仰ぐ自警団たち。しかし、今はその誰もが「燃やせ!」と声を限りに張り上げて、クソ皇子へと浴びせかけていた。
「エルフが『燃やせ』のシュプレヒコールとは、なんとも異様な光景だ」
「たまには俺たちだって火の精霊様の力を求めるさ。それにお前はそれだけのことをしてきたからな」
「吾輩はただ人間として当たり前のことをしただけなのだが?」
「お前には当たり前かもしれんが、俺たちにはそうじゃなかったってことだ。さて、そろそろ頃合いだな」
俺はクソ皇子を持ち上げると、十字型に組み立てられたエルフ杉にその体を厳重にくくり付けた。
ひときわ大きな歓声が沸き上がる。
踏み鳴らす足音は、もはや地震のように地面を揺らした。
「これでよし、と。しばらく我慢しろ。なに、終わったらすぐ解放してやる」
「まったく、宿で眠っていたら縛り上げられ、ようやく解放されたかと思ったらまたこれか。少しは吾輩を信頼してほしいものだな」
「村のしきたりって奴だ。気にするな」
「これを父上や母様が見たらとんでもないことに……ん、そう言えばアヅチの姿が見当たらぬが?」
「ああ、彼女ならまだ眠っている」
「まさか薬を使ったのではあるまいな?」
「そんなことはしていない。ただ昨夜、彼女にエルフウィスキーボンボンをあげたら……」
「ああ、アヅチはアルコールに弱いのだ。たとえウィスキーボンボンでもひとたまりもない」
うん、そのあまりの効果に一瞬「やばい! 人間には強すぎたか!?」と不安になっちゃうほどの眠りっぷりだったよ。
「まぁそのうち起きてくるだろう。もっとも残念ながらそれを待つ時間はないがな」
アヅチ嬢が起きてきて、全てが終わってしまったことを知った時、彼女はやはり悲しむだろうか。悔しむだろうか。
もちろん、多少は確保しておくつもりだが、みんなのこの盛り上がりを見ていると何も残してやれないかもしれない。
あー、そう考えるとやっぱりもう少し待つべきかなって思えてきた。みんなには悪いけれど、さ。
「村長、そろそろ離れてください。みんながもう待ちきれません」
しかし、そんな俺の考えをあっさりと実行委員の一声が断ち切ってくる。
言われて振り返ると、確かに村人たちの興奮は最高潮へと達してしまったようだ。
ここで「すんませーん、やっぱりもうちょっと待ってください」なんて言った日にはどうなることか。少なくとも村長罷免は間違いない。
俺はしかたなく皇子の元から離れると、広場を囲むみんなのもとへと静かに歩き出した。
ついにその時が来たとばかりに「燃やせ!」の声がひときわ大きくなる。まさに祭りのクライマックスに相応しい盛り上がりだった。
それなのに歓声の中へ自分も飛び込もうという気分にはなれない……
どうやらアヅチ嬢のことを考えたのがきっかけとなり、俺の中に「これでよかったのか?」と悩みが噴き出してきたようだった。
全ては議会で決まったこと。だから村長といえども俺のワガママを通すわけにもいかず、素直に従ってきた。
しかし。
しかし、だ。
いざその時を迎えると、やっぱりこれでいいとは思えない自分がいる。
足は一歩一歩、前へ進む。
が、気持ちは後ろに引っ張られている。
周囲の熱気が俺を包み込む。
だけど季節はすでに実りの時を過ぎ、北から冷たい風が吹くようになった。緑の葉は赤く染まり、北風によって枝から離れて地面へ降り積もる。そしてまた北風によって巻き上げられた枯れ葉が今、俺の頬をかすめて飛び去りながら熱病のような火照りをも奪い去っていく。
熱が消える。
代わりに冷たく冴え切った思考が戻ってきた。
「やっぱりダメだ!」
足を止めて振り返る。
その目はしかし、みんなの歓喜の中で既に放たれてしまった一発のファイアーボールを捉えていた。
「ふむ、さすがに美味であるな」
焼き上がった焼き芋を一口食べたクソ皇子が満足そうに微笑んだ。
「当り前だ。エンジョー村の芋は世界一だからな」
「うむ。さらに今年は吾輩のファイアーボールで焼き上げたのであるから、まさしく焼き芋史上一番の美味に違いあるまい」
ああっ、くそう。心配した通り図に乗ってやがる!!
やっぱりこいつなんかに名誉ある焼き芋大会の火付け役なんてさせるんじゃなかった。ううっ、新庁舎やバスターフレイムドラゴンの討伐金額を寄付して村の発展に貢献したとは言え、議会でその名が挙がった時にちゃんと奴の悪事をアピールすればよかった……。
だって、結局のところは今年も村長である俺が選ばれると思っていたんだもん!
「しかしなんだな、アスベスト君。あの磔っぽい演出に何か意味はあったのだろうか?」
「うるせぇ! あの形に組み上げたエルフ杉は風の精霊様の力を増幅し、対象をより燃えやすくするんだよ!」
「しかし縛り付ける必要はあるまいに」
「普段なら背中に担ぐんだよ。だけどお前には重たすぎるし、だから地中に打ち込んだエルフ杉の杭に縛り付けたんだよ。どうせファイアーボールで火を付けるんだ。落ち葉の山まで近づく必要もないしな」
「実に苦しい言い訳である」
「分かってるよ、そんなもん!」
だけどそうするしきたりなんだから仕方がないだろう。他意はない!!
「だが普段は『燃やすな!』と言われているのに、今日は逆に『燃やせ!』と言われるのが新鮮でなかなか面白かったぞ」
「そりゃよかったな。でも燃やすのを許可するなんてもう二度とないから!」
「そうだ、祭りの成功を祝して何か建物でも燃やしてみようか」
「だから二度とないと言っておるだろうが!!」
話を聞け、このクソ皇子め。
そうだ、祭りも無事終わったことだしこいつを生かしておく必要もないな。だったら後夜祭としてこいつの首を切り落とすのも……。
「アースーベースートー様ー?」
その時、まるで地獄から蘇ったような使者のような声で俺の名を誰かに呼ばれた。
「あ、アヅチさん。良かった、目が覚めうげぇぇぇぇぇ!?」
そして振り返るやいなやいきなり首を両手で締め付けられる。
どうした? どうしてアヅチ嬢が俺を攻撃してくるのだ!?
「どうして私が眠っている間にお芋を焼いてるんですかぁぁぁぁ?」
「ゲホッゴホッ! いや、起こそうと思ったんですけど」
「思っただけじゃなくて、ちゃんと起こしてくださいよぅぅぅぅぅぅ!!」
再び首を思い切り締め付けられる。ううっ、息が! 息ができん! く、苦しい! おい、クソ皇子、助け……あ、ちくしょう、逃げやがったッ!!
「お芋……私のお芋……」
「こ、これを……」
「これっぽっちじゃ全然足りませんよぅぅぅぅぅ!!」
そう言いながらアヅチ嬢が差し出した焼き芋をむちゃむちゃ食べ始めてくれたから、なんとか窒息死を免れることが出来た。
ううっ、死ぬかと思った。
結局、アヅチ嬢たっての願い、というか、ほとんど脅迫に近い格好で後夜祭も焼き芋大会に決まった。
熱気に包まれていたエンジョー村は今、焼き芋の甘い匂いに包まれていた。
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