番外編:ツルペタ冒険譚その三

 タイカ王国・ダイエンジョー森林。

 王都にほど近いこの森にあるエンジョー村を旅立った私の冒険は、現在、王都の地下に眠る書架ダンジョンの第三十八層に到達していた。

 

「うーん、この辺りにはなさそう……」


 書架ダンジョンとはその名の通り、書物を保存したダンジョンのことだ。安全な図書館とは違ってモンスターが出てくるけど、その見返りとして貴重な文献や奇書、珍書、魔導書の類を閲覧することが出来る。

 各階層はそれぞれジャンル分けされていて、軽く見渡したところどうやら第三十八階層は料理本コーナーらしい。もしかしたらナイスバディになる料理なんてのが載っている本もあるかもしれないけれど、それをここで探すよりもっと深い階層まで潜って禁断の魔導書コーナーを目指した方が手っ取り早いような気がする。

 

 私は無駄な攻撃をしてくるモンスターたちをぞろぞろと連れ歩きながら、次の階層を目指すべく階段を降りようとした。

 

 と、不意にモンスターたちが私の目の前で次々と凍り付いていった。

 そしてその直後に飛んできたファイアーボールで、あっさり砕け散ってしまった。

 

「大丈夫かね、そこのエルフの小娘」


 突然のことに驚く私に、まだ十歳かそこらの人間の男の子と女の子が話しかけてくる。

 男の子の顔には見覚えがあった。この国の第三皇子、若いのに民衆から期待されているホンノー・ジー皇子だ。

 となると女の子の方はその侍女だろうか。皇子直属ともなるとただの世話係なだけでなく武力も必要だと思うけど、なるほど、それだけの魔力は十分にあるみたい。もっともどうしてほとんど裸同然なえちえち羽衣を着ているのかは謎だった。まだ若いのに露出趣味でもあるのかな?


「返事がないな。怪我しているのかね?」

「あ、ごめんなさい。大丈夫です」

「それはよかった。しかしよくひとりでここまで来れたものだ。どれ、吾輩たちが地上へ送ってやろう」

「いえ、私にはこれがありますので」


 密かに私の身体を包むよう展開させた透明なバリアを、皇子たちにも見えるよう魔力を調整した。

 

「すごい……これって大賢者・絶壁のナナカマー様の絶対防御魔法のアレンジ版ですかー?」

「お若いのによくご存じですね。私、ナナカマー様と同じ村の出身で、子供の頃からずっとこのバリアの研究をしていました。まだまだ未熟ですから自分の周りにしか展開出来ませんが、よっぽどの相手でもない限りこのバリアは破れませんよ」 


 しかもその強度はナナカマー様のお墨付き。命を狙うモンスターだろうが、夜這いを掛けようとする人間だろうが、このバリアの中にさえいれば安全だ。

 ただしこの中にいると攻撃魔法が使えないので、路銀を稼ぐためにもやっぱり旅の仲間は必要なわけなんだけど。


「そうであったか。これは失礼した。それはそうとナナカマー殿と同郷と言えば、アスベスト君の村の者ではないか」

「アスベストを知っておられるのですか?」

「知っているも何も吾輩とアスベスト君はマブダチの仲である」

「あのアスベストと、人間の皇子であられる貴方様が!?」

「うむ。吾輩とアスベスト君は新たな人間とエルフの関係を築くべく手を取り合ったのだ」


 まぁ、なんてこと!

 アスベスト、あなたは昔から人間に村を焼かれてたまるかと頑張っていたけれど、今はもう村を守るどころかその先のことまで考えるようになったのね。

 ああ、すばらしい。すばらしいわ、アスベスト! さすがは私の最愛の人……。

 

「実は吾輩が書架ダンジョンに潜っているのも、アスベスト君に頼まれて『人間がエルフの村を燃やそうとする理由』を突き止めるためである。ふむ、君もこんなところまで来るのだから何か目的があるのであろう。良かったらそれも吾輩が手伝ってやろうではないか。なに、遠慮は必要ない。なんせ君は我が朋アスベスト君の知り合い、おそらく君の名前は……」

「名乗るのが遅れて申し訳ございません。私はツルペタ。エンジョー村のツルペタでございます、殿下」

「やはりそうであったか。、君の名前はアスベスト君から聞いている。殿下などと肩ぐるしい呼び方はしなくてよいぞ、ツルペタ。アスベスト君同様、吾輩のことはマブダチ皇子と呼んで欲しい」

「ありがとうございます、皇子」


 かくして私と皇子とその侍女のアヅチさんとで書架ダンジョンの攻略が始まった。

 

 

 

「あった! ありました、これです!!」


 それは書架ダンジョン第八十六層・禁断の魔導書コーナーで見つかった。

 さすがにここまで来ると徘徊するモンスターたちも強敵ばかりだ。しかしそれをホンノー皇子とアヅチさんが難なく撃破していく。おかげで同行させてもらっている私のレベルも一気に58まであがった。おふたりのレベルも相当に上がっている事だろう。

 

「ふむ。よかったな、ツルペタ!」

「おめでとうございますー、ツルペタさん」


 祝福してくださるおふたり。でも彼らが探している『誰も知らない、エルフの村を燃やす本当の理由』は断章ばかりで、いまだ全て見つかっていない。

 出来れば同じタイミングで見つかればよかったのだけれど、世の中なかなか上手く行かないものだ。

 

「ありがとうございます。おふたりのおかげでなんとか目的を達成することが出来ました」

「吾輩たちはもはやマブダチである。礼など水臭いではないか、ツルペタ」


 ホンノー皇子が両手を腰にあてながら、わっはっはとお笑いになられた。

 短い時間ではあったけれど皇子と一緒にダンジョンを探索して、彼が噂通りの気さくで情に厚い人物であることを知った。

 特に旅すがら皇子が話してくれたアスベストとのやりとりには尊敬の念を禁じ得ない。

 

 誤ってエンジョー村へ侵入してしまったものの、お互いに腹を割って話し合うことでアスベストと友情が生まれたこと。

 ゴブリンの大群に村を襲われ、あわやというピンチを皇子が助けてくれたこと。

 村役場が運悪く燃え落ちた時なんかは、皇子が人間とエルフの友好の証として新庁舎を寄付してくれたらしい。

 今ではそんな皇子に村の子供やお年寄りたちも心を許し、本来なら人間の侵入を拒むエルフ村も皇子とその侍女のアヅチさんだけは顔パス状態というのも納得だ。

 さらにはこうして私の手助けまでしてくれて、しかも。

 

「ではツルペタはすぐに地上へ戻るがよい。そして優秀な旅の仲間を得て、世界を見て回るのだ」

「しかしホンノー皇子はまだ目的を達成されておられません。私も微力ながらお手伝いを――」

「いや、それには及ばぬ。貴重なツルペタの時間を吾輩に費やしてもらうわけにはいかぬよ。それに我が心の友・アスベスト君が君の帰りを心待ちにしている。今、ツルペタがするべきことは吾輩の手伝いより、早くアスベスト君にその笑顔を見せてあげることだ」


 そう言うと侍女のアヅチさんに命じて地上への転移環ポータルまで開いてくださった。

 ああ、なんと素晴らしい人物なのだろう。私はこれまでの人生の中でホンノー皇子ほど慈悲深い人物を見たことがない。第三皇子ながら是非ホンノー皇子に玉座へ就いて欲しいと願う王国民の気持ちが今回よく分かった。

 

「ありがとうございます、皇子閣下。このお礼はまた私が村へ戻った時に必ず」

「ああ。再会を楽しみにしておるぞ」


 私は深々と頭を下げて礼を言うと、転移環へと足を踏み入れた。

 転移する直前に振り返ってもう一度おふたりの顔を見る。

 満面の笑顔の皇子。対して侍女のアヅチさんも微笑んではいるものの、どこかぎこちなさがある。

 それはおふたりと共に冒険している間もずっとそうで、時には妙に切羽詰まったような表情で私を見つめていることもあって、それだけが少しだけ気がかりだ。

 

 でも、今は皇子が仰る通り、一日でも早くアスベストの待つあの村へ帰れるよう最善を尽くそう。

 皇子たちの協力で『あなたもこれでナイスバディ! 男がメロメロになる身体変化魔法!!』を手に入れた。ただ、それを利用して生まれ変わった私をアピールする最高の機会――感謝祭のミスタイカコンテストまでもうあまり時間は残されていない。急いで魔導書を読破して、ナイスバディ魔法を会得しなければ。

 

 私は書架ダンジョンを出ると、急いで自分の借りる宿舎に向かって走り出した。

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