第20話:ドラゴン強襲!(とばっちりふたたび)

 タイカ王国・ダイエンジョー森林。

 王都にほど近いこの森にあるエンジョー村を守るのが、村長である俺の使命。

 誰にも決して村を焼き払わせたりはしない。その誓いは村長になるずっと前から常に心にある。だから幼き頃から身体を鍛え、心を磨き、エルフ示現流剣術の技を高めてきた。


 だけど。だけどさ。

 ドラゴンが村を襲ってくるなんて想定外すぎるんですけどォォォォォォ!!!!!

 

 ぶぉぉぉぉぉぉぉぉと鼻息も荒く咆哮を上げるドラゴンの口元から、チロチロと焔が漏れ出している。

 やばいよ。やばすぎるよ。こいつはバスターフレイムドラゴンと呼ばれる炎属性の龍族だ。こんな奴にブレスでも喰らった日には、ただでさえ燃えやすいエルフの村なんて一瞬にして火の海になってしまう。なんとかして穏便に帰っていただかないと。

 

 俺は「自分たちも残って戦います」と訴える自警団たちに「それよりも村人たちを早く全員避難させろ! それがお前たちが今一番やらなきゃいけないことだッ!!」と指示を飛ばすと、剣を構えてドラゴン……ではなく、その対面に対峙するクソ皇子を睨みつける。

 くそう、どうしてドラゴンを村に連れ込んできたんだ、クソ皇子の奴めぇぇぇぇ!!

 

「いや、すまんなアスベスト君。またこの村に逃げ込ませてもらった」

「おい、ふざけんなクソ皇子! ゴブリンの時のことを忘れたのか、お前は!?」

「侮ってはこまるな、アスベスト君。覚えていたからこそ、この村にやって来たに決まっておろう?」


 こんちくしょおぉぉぉぉぉぉ。やっぱり殺しておくべきだった!!!

 

 

 

 タイカ王国を治めるジー王家は火の一族として、代々優秀な人物を輩出してきたという。

 炎を自由自在に操り、ありとあらゆるものを燃やし尽くして支配する。そうやってタイカ王国は繁栄の道を辿ってきた。

 

「ところがそんな我が王国領にバスターフレイムドラゴンが棲みつきおってな。これは我が王家への挑戦、真の炎の支配者が誰か教えてやろうと退治することになったのだ」


 しかし、兄弟の中でも最も武力に優れた長兄エンリャクがまさかの不覚を取り、身体の一部をちょん切られるという無残な姿で命からがら逃げ帰ってきたらしい。

 その姿に次男キンカクは恐れをなして、あれやこれやと理由を付けては討伐を拒否。かくして三男であるクソ皇子にお鉢が回ってきたそうだ。

 

「まぁ吾輩の前ではバスターフレイムドラゴンなど稚児のようなもの。適当にあしらっておったのだが、あやつめ癇癪を起こしおってな。背中に乗った吾輩たちを振り落とそうと、天高く舞い上がりおったのだ」


 ぶっちゃけクソ皇子の言うことのどこまでが本当なのかは定かではない。ナナカマー様によると相当な魔力の持ち主みたいだが、かと言ってドラゴンを適当にあしらえるほどの力量とはなかなか信じがたいものがある。

 でも、実際に怒り狂ったドラゴンが突然空からこの村へと飛来し、その背中からクソ皇子とアヅチ嬢が降り立って対峙している。

 なんでも空での戦いでは常に振り落とされる危険がある上に、倒したとしても一緒に自分たちも墜落してしまう。そこで仕方なくどこか適当なところで決着をつけようと無理矢理着地させる場所を探していたらしいのだが……。

 

「とにかく余裕で倒せるのならすぐやってくれ! 村に被害が出る前に早く!」


 巻き込まれたこちらとしてはたまったものじゃない。そもそも炎系のドラゴンと戦うのに最も不適当なところだろうが、うちの村はッ!

 

「うむ。しかしそれでは少々盛り上がりに欠けるのではなかろうか。せっかく地味な洞窟での戦いから派手な大空中戦へと移行し、ついに決着をつけるべく最終決戦の地へとやってきたのだ。ここはドラゴンの放ったブレスによって燃え上がる村を背景に、吾輩が怒りの鉄槌を下すという展開こそ民衆が求める演出ではないかね?」

「そんなもん、誰も求めてねぇ! いいから早くやれ!」

「そうは言うがなアスベスト君、ここまで来てあっさりやられたらドラゴンの立場もないではないか。そうであろう、バスターフレイムドラゴンよ?」


 皇子の問いかけにドラゴンが忌々しそうにぐふぐふと鋭い牙が組み合わさった顎を動かす。

 その度に口元から炎が噴き出し、火の粉が辺りに飛び散るものだから気が気でない。

 

「おい、挑発するなよ! ブレスでも吐き出されたらお前も大変だろうが!」

「だから侮っては困るとさっきも言ったであろう、アスベスト君。吾輩は火の一族ぞ。炎で全てを燃やし尽くすことはあっても、吾輩が炎に飲み込まれることはない。そもそもバスターフレイムドラゴンのブレスなど、吾輩でなくてもアヅチで対処可能だ」


 言われてこれまで極力見ないでおこうとしていたアヅチ嬢へつい視線を移してしまった。

 かつてゴブリンに襲われた時に二人が着ていた半透明な羽衣。そのひとつ、皇子の分は俺が貰ったのだが(いまだに処分できずに困っている)、アヅチ嬢の分はそのままで、困ったことに今回もその羽衣を彼女は身に纏っているのだ。

 しかもあの大雨の時と同じく、半見えの身体を隠そうともせず必死の表情で杖を両手で握ってドラゴンと対峙している。見ちゃいけないと思いつつ、ついつい目を奪われそうになりそうだ。俺は決してロリコンではないが、彼女の体つきはどうにも幼馴染のツルペタを彷彿とさせてなんというかこうモヤモヤする。

 

 グオオオオオオオオッッッッッッ!!!!!!

 

 その時だ。イライラがついに頂点へと達したバスターフレイムドラゴンが俺の足を竦ませる強烈な咆哮をあげると、空へ首をもたげて炎を噴き出した。炎は火柱となって雲を貫き、空高くでバリアにでも遮られたかのように横へと広がってたちまち天をも焦がす。

 まさに地獄絵図。こんなのを喰らったら村なんて何も残らないと恐怖と無力感に囚われる俺に、ドラゴンが少しずつ首を下げながらじろりとこちらを睨んできた。

 

 ああ、もうダメだ。これまで何とか頑張って村を守って来たけれど、さすがにこれはどうにもならない。

 すまない、みんな。すまない、これまで村を守り続けてきたご先祖様たち。そしてごめん、ツルペタ。君がいつでも戻ってこられるように村を守り続けると約束したけれど、残念ながら果たせそうに――。

 

「水の防御魔法」


 鈴の音のような澄んだ声が、ドラゴンの苛烈なファイアーブレスの音に混じって、それでもはっきりと聞こえた。

 と同時に急激に周囲の温度が下がっていくのを感じた。ドラゴンのブレスが徐々にこちらへ標的を合わせようとしているのに、どんどん寒くなってきて身体が震え始める。

 

 グオオオオオンンンンンンッッッ!!!

 

 ドラゴンがさらに苛立ちを増した咆哮を轟かせ、ファイアーブレスを止めた。

 燃料切れか? いや違う。口元から漏れだす炎はもはやマグマのように滴り落ち、地面をじゅっと焦がす。間違いない。力を溜めているのだ。一瞬で俺たちを燃やし尽くしてやろうとしているんだ!


「ふむ。バスターフレイムドラゴンめ、次で決めるつもりのようだな」


 なのにどうしてお前はそうも落ち着いていられるんだよ、クソ皇子!? あんなのを喰らったらいくら火の一族と言ってもただの人間でしかないお前も死ぬんだぞ?

 

「どうかね、アヅチ。出来そうかね?」

「多分、大丈夫ですー。でも念のためホンノー様はアスベスト様と共に一度避難してください」

「心得た」


 何が出来そうで何が大丈夫なのか全然分からない俺の前で、ドラゴンがついに渾身のファイアーブレスを放ち、同時にアヅチ嬢が手にした魔法の杖を振り払う。

 

 

「発動・永久凍土」


  

 その瞬間、聞こえたのはドラゴンの猛り狂った声でもなければ、迫り来る炎の濁流音でもなくて、凛と響くアヅチ嬢の声だった。

 その瞬間、目にしたのは炎に包みこまれた世界ではなくて、ファイアーブレスを難なく食い止める分厚い氷の壁だった。


 すごい、ドラゴンのファイアーブレスをものの見事に撥ね退けている……凄いぞ、アヅチ嬢!!


「アスベスト君、ドラゴンに気付かれぬよう今のうちにそうっと退避するぞ」

「え? でもアヅチさんが……」

「アヅチならば問題ない。むしろ吾輩たちがここにいては足手まといだ」


 問答無用で手を引っ張られ、近くの草木へとクソ皇子とともに身を隠した。

 そしてこんな時にも関わらず、クソ皇子が君もどうかねとエルフキャンディーを差し出してくる。

 アホか、そんなもん食べてる場合じゃねーだろ!

 

 ドラゴンのファイアーブレスとアヅチ嬢が作り出した氷の壁が激しく衝突し、炎が嵐の防波堤のように波しぶきならぬ炎しぶきをあげて宙を舞っている。

 それはこの世のものとは思えぬ美しい光景であり、恐ろしい均衡だった。少しでもアヅチ嬢が気を抜けば、彼女もろとも村が滅びてしまう。

 

「が、がんばれ、アヅうぐっ!?」


 声援を送ろうとしたら後ろからクソ皇子に両手で口を塞がれた。

 

「な、なにをする、このクソ皇子!」

「それはこちらのセリフだぞ、アスベスト君。吾輩たちはドラゴンから隠れているのを忘れたのかね。いいかい、ここでもしドラゴンが吾輩たちに気付いてブレスの向きをこちらへ変えるとしよう。するとアヅチもまた永久凍土の壁を移動させるか、新たに作り出さなくてはならない。それは実に魔力の無駄使いだ」

「うっ! し、しかしこの状況を黙って見ていろと言うのか!?」

「うむ。黙ってアヅチのこぶりながら可愛らしいお尻でも見ていたまえ」


 だからお前、こんな時になんてことを! てか、やっぱりお前も羽衣の中身が見えているんじゃねーか!

 

「それにこれぐらい吾輩たちの応援なんぞなくてもアヅチは問題ない。永久凍土とファイアーブレスの激突面を見たまえよ。はっきりとよく見えるだろう? だがそれはおかしいと思わないかね。この世のものを全て灰にしてしまいそうな猛烈な炎の濁流を受けたら、普通なら氷は解けて大量の水蒸気が発生するはずだ。にもかかわらず、一切煙ることなくはっきり見えている。ということはどういうことかね、アスベスト君」

「ウソだろ……まさかあれだけの炎を喰らって溶けてない、のか?」

「その通り。そしてそろそろ次の段階に入るぞ」


 皇子の言葉が終わらないうちに「水の攻撃魔法」と呟くアヅチ嬢の声が響き渡り、なにやら氷の壁の周りに白いもやが噴き出してきた。

 さすがに溶け始めてきた……いや、そうじゃない。あれは冷気! ここにきて氷の壁がさらに温度を下げ、冷気をも放つほどになってきた!

 

 

「発動・氷結界」


 

 それは一粒の水滴が水面に落ちるかのようだった。アヅチ嬢の声が静かに、しかし力強く広がり、その言葉の波とともに冷気がドラゴンのファイアーブレスを侵食していく。

 炎が凍り付いていく!? 

 まさか信じられないという俺の思いとは裏腹にブレスがどんどん氷の壁側から凍り始めて、本体であるドラゴンへと迫る。

 さすがのドラゴンも事ここに至ってブレスを止め、逃げようと翼を広げたその刹那。

 ブレスを収監し終えた氷の檻は一瞬にして巨大なドラゴンをも、強靭で冷徹なその内部へと閉じ込めてしまった。

 

「ホンノー様、あとはお任せいたします」

「引き受けよう。よくやった、アヅチ」


 俺の傍で飴ちゃんを口の中で転がしていたクソ皇子が小さなファイアーボールを指先に作り出すと、氷漬けになったドラゴンの口の中へ放つ。

 本当に小さな、さすがに火気厳禁なエルフ村でも「まぁこれぐらいならいいか」と思えてしまうようなファイアーボールだ。

 それなのにドラゴンは氷の檻を壊さんばかりにその巨体を大きく揺らしたかと思うと、やがて力なくどうっと地面へ身体を投げ出した。

 

「バスターフレイムドラゴン討伐完了である」

「え? あんなちゃっちいファイアーボールで?」

「大きさに惑わされてはいかんぞ、アスベスト君。ああ見えて今のファイアーボールはこの村はおろか、下手すればこの星そのものを吹っ飛ばす威力があるのだ」

「ウソくせぇ!」


 どうにもこいつの言うことは信じがたい。

 しかし、アヅチさんがドラゴンのファイアーブレスを跳ね返して氷漬けにし、そこをクソ皇子が攻撃して討伐してしまったのは紛れもない事実だった。

 

 それにしてもまぁ、炎を凍らせるとはなぁ。

 今もなお圧倒的な存在感を醸し出す氷漬けのファイアーブレスに、恐る恐る手を伸ばしてみる。

 内部がまだ赤みを帯びたその表面はカチコチに固まっていて、ひんやりと冷たかった。

 試しに尖った部分を叩いてみると、ぽきりと折れた。折れ目では火がチロチロとまだかすかに燻っている。

 

「あ、アスベスト様! 魔法が解けると発火しますから危ないですよー」

 

 そんな俺を見てアヅチ嬢が慌てて話しかけてくる。


「そうなの? せっかくだから記念に持っておこうと思ったんだけどな」


 と言いつつ、なんだかぽいと投げ捨てる気分にはなれなかった。

 

「アヅチさん、ありがとう。おかげで村が助かった」

「あ、いえー。元はと言えば私たちが村を巻き込んじゃったので」

「それでも村の恩人だ。ありがとう。あ、それからこれを」


 俺は来ていた上着を脱ぐとアヅチ嬢に上から羽織らせようとして……あれ、なんだ、まるで磁石のように変な力で服が跳ね返される!?

 

「それ、羽衣のせいなんですよー。これ、上にも下にも他の服を着ることが出来ない仕様になっててー」

「そうなのか。だったらその、こういうことを言うのはアレなんだけど、ちょっと色々と隠してもらえないか?」

「はい?」

「えっと、さっきからその、色々とうっすら見えてしまうというか……」


 と言うか、正確にはほとんど丸見えに近ぶごっぉ!?

 

「……あ……アヅチさん……こ、股間は……蹴らないで……」

「あうう、アスベスト様のえっちぃーーーーー!!」

「いや、見ちゃダメだと思って……だから隠して欲しいと……うわっ、熱ッ!!」


 股間を抑えつつもまだ握りこんでいた凍結炎の欠片がいきなり燃え始めた! 

 うわっ、ちょっ、股間が、股間が燃えてる!! チリチリ毛がますますチリチリに、てかアツアツソーセージが出来てしまうッッ!!


 俺は慌てて自分の股間をぱんぱんと両手ではたいて火を消した。アヅチ嬢の目の前なのに、なんつー格好悪さだ。


「ああっ! すみません、アスベスト様!」

「い、いや、いいんだ。今のはデリカシーに欠けた俺が悪……いいっ!?」


 アヅチ嬢の謝罪に顔を上げて笑顔で返そうとするも、視界に飛び込んできたその光景に思わず絶句する。

 うん、自分の股間を守ることに必死ですっかりその可能性を忘れていた。

 凍結炎の欠片が突如として解凍されたってことは、すなわち本体であるファイアーブレス自身も元に戻った可能性もあるわけで。しかもアヅチ嬢の魔法は炎を凍結するものの、解凍されたら動きまで元に戻るみたいで。そしてファイアーブレスの前には氷の壁は既になく、その向かう先には我がエンジョー村があるわけで、つまるところすなわち。

 

「うわああああ! 村が燃えてるゥゥゥゥゥゥ!!!!!」

「すみません、すみません! つい集中力が切れて魔法が解除されちゃいましたー」

「ああ、アヅチさん、早く! 早くさっきの魔法で凍らせちゃってくださいー!」

「ごめんなさい、魔力切れです……」


 なんですとおォォォォォォォォ!!!!!

 ええい、エルフ消防団! エルフ消防団、早くきてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!

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