第19話:ご期待に応えられないエルフ

 タイカ王国・ダイエンジョー森林。

 王都にほど近いこの森にある我らエルフの隠れ里に、今日もクソ皇子がやって来ている……。


 えっ、そんなのいつものことだって? いや、それが違うんだよ。

 確かにクソ皇子は自由気ままに村へやって来る。腹立たしいことに。

 それでもせいぜいは週に一度程度、平和な時は数週間姿を見せないことだってあった。

 それなのに最近はほぼ毎日、村でボヤ騒ぎを起こしている。まだ若いから学校もあるだろうし、それに王族だから公務だってあるはずなのにどうしてこうも頻繁に村へやって来るんだ? おかげでこっちは皇子の監視に掛かりっ切りで、仕事が溜まって大変なんですけど!?

 

 そして気になることがもうひとつある。

 

 じーーーーーーーー。


 いつ村に火をつけるかと皇子から少し離れて見守る俺。しかし、そんな俺をさらに監視する誰かの視線が……。

 

「えっと、何か御用ですかね、アヅチさん?」


 振り返るとこれまた少し離れた物陰から、アヅチ嬢がこちらを覗き込んでいるのだけれど。

 

 そそくさっ。

 

 声をかけた途端、アヅチ嬢が慌てて建物の向こうへ隠れてしまうのだ。

 で、なんだろうなと思いつつ再び皇子へと視線を戻してしばらくすると、また背中にじじじーーーーーーーーーーーーーーーとアヅチ嬢の妙に熱っぽい視線を感じる。

 これがここ毎日ずっとなのだから気になって仕方がない。


 皇子の連日による来訪と、隠れて俺に熱視線を送ってくるアヅチ嬢。このふたつから導き出される答えは果たして――

 

 

 

「勘弁してくださいッ!」


 数日後、あれやこれやと推測を重ねて結論へ辿り着いた俺は、またまた隠れようとするアヅチ嬢を捕まえると、ひと気のない村の片隅へと連れ込んで土下座を決めていた。

 数カ月ぶり二回目のDOGEZAである。

 

「え? あ、あのー、アスベスト様、一体なにを?」

「俺、考えたんです。ここ数日の皇子とアヅチさんの行動の意味を。そして気付いてしまった。ふたりが俺に何を求めているのかを!」


 頭を少し上げて、チラリとアヅチ嬢の様子を覗き見る。

 両手を口元に当てて、驚いた様子で俺を見下ろしているアヅチ嬢。その頬がほのかに赤く色づいている。

 やっぱりそうか、それを期待していたのかッ!

 だが、俺には応えられない。

 俺は再び頭を地面へのめり込むほど強く押し付けた。

 

「すみません! 俺は皇子とそういう関係にはなれませんッ!」

「……はい?」

「以前言われた時は全然分からなかったのですが、ユグドラシルネットで色々調べてようやく理解しました。皇子が何かにつけて俺にちょっかいを出してくる理由、そしてアヅチさんが何を期待しているのかを。でも、俺には無理ですッ! だって俺、健全なエルフですからーーーーッ!!」


 ホント許してください、無理です、あのクソ皇子とあんなことやこんなことなんて考えただけでほら鳥肌さぶいぼが!

 

「……あー、つまりアスベスト様はノンケであると?」

「はい。ご期待に添えられず申し訳ないッ!」

「いえいえー、それはまぁちょっとは残念ですけど、でも今となってはむしろ良かったぁって言うかー」

「え? 今となっては?」

「あ、いえ、こちらの話です。今のは忘れてくださいー」


 それよりも頭を上げてください、と呼びかけるアヅチ嬢の鈴の音のような声が不意に近くなった。

 言われるがまま顔を上げると、いつの間にかアヅチ嬢がしゃがみ込んで俺を見ていた。

 

「むしろ謝らなくてはいけないのは私の方ですよー。この前は危ないところを助けてもらったのに、あんなことをして……」

「いえ、俺もデリカシーがなかったというか。あ、違うんですよ、アレは別にアヅチさんがやっちゃったのを見たかったわけじゃなくて、ただ心配で確認しただけで! 俺は決して変態エルフなんかじゃないわけで」

「分かってます。アスベスト様は勇敢で優しいお方ですー」


 アヅチ嬢の頬がますます赤く染まっていく。

 怒っている、ってわけじゃないよな?

 

「改めてお詫びとお礼を。この前は助けてもらったのに申し訳ありませんでした。そして、ありがとうございましたー、アスベスト様」

「そんなお礼だなんて! 俺はただ若いエルフの暴走を止めただけで、それも村長の役目と言うか……」

「でも、嬉しかったですー」


 小鳥の囀りのような声でそう言うと、アヅチ嬢がほわんと上気した笑顔で微笑んでくれた。

 よ、よかった……今回の件でめちゃくちゃ怒られるか、あるいは思い切り駄々をこねられると思っていたので、この展開は予想外だがとにかくよかった。

 俺の貞操、守り切ったぞー!

 

「よし、あとは皇子にもお断りを入れるだけだな」

「ホンノー様にお断り、ですか?」

「はい。こんな毎日来てくれても俺にそういう趣味はないから無駄だぞってちゃんと伝えないと」

「あー、それだったら大丈夫ですよー。多分、ホンノー様にもそういうつもりはないでしょうから」

「そうなんですか!? だったらどうして奴は最近毎日のように村へやって来るんです!? 学校とかもあるでしょう? あ、まさかあいつ、グレて不良に!?」

「いえいえ、そういうわけじゃなくて。実はホンノー様、最近エルフと人間の関係について調べておられるのですー」

「ああ、人間が何故エルフの村を燃やそうとするのかっていう例のアレですね」

「知っておられたのですか!?」

「なんでも一番上のお兄さんから止めろと脅迫されたって聞いてます」

「でもホンノー様は屈せず、とことん調べるつもりなんですよー」


 聞けば王都では図書館に籠もって調べ物をし、村に来てはその調査で得た知識を実際に確かめているのだとか。

 どうやら俺がドッキリを仕掛けて追い出そうとしたり、はたまた俺の身体を求めて村にやってくるのではと壮大な勘違いをしていた裏で、あいつは結構真面目に取り組んでいたみたいだ。

 ちょっと反省。ま、それでもただの放火魔には変わりないけいどなッ!

 

「ホンノー様が仰るには『もしかしたらエルフ村を助けられるかもしれん』だそうですよー」

「え、あいつがそんなことを!?」

「はい。ですからしっかり解き明かしたい、と」


 普段のクソ皇子を知っている俺からしたらとても信じられない話だ。が、アヅチ嬢の表情からウソをついているようには見えなかった。

 え、マジで? マジであのクソ皇子がそんなことを言っていたの?

 いつもいっつもくだらない理由で村を燃やそうとしたあの皇子が?

 村がもう燃やされなくてすむよう、脅迫にも立ち向かって俺たちの為に?

 

「そしてこの研究で先生から花丸を貰うのだと意気込んでおられました」

「はい? 花丸?」

「ホンノー様ったら学校課題の自由研究に何も手をつけておられなくてですねー。本来なら一年かけて観察したり研究したりしなくちゃいけないのですが、それをこんなので済ませられた挙句、結果次第によっては高評価まで貰えそうなテーマを見つけられて吾輩めっちゃラッキー、だそうです」

「ああ、分かってましたよッ! あいつがどうせそんなくだらない理由で調べているであろうことぐらいはねッ!」


 危うく無駄な感動をしそうになったところへ、自警団が「アスベストさん、また皇子が建物に火を!」と報告しに駆けつけてきた。

 ナイスタイミング! ちょうど今、殺してやりたいと思っていたところだ。


 俺はアヅチ嬢に右手だけで挨拶すると、厄介な宿敵めがけて駆け出した。

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