第18話:エルフは夢で終わらせない
タイカ王国・ダイエンジョー森林。
王都にほど近いこの森にある我らエルフの隠れ里を、人間たちの魔の手から守り抜くのが俺の使命……なのだが、そもそもどうして人間はエルフの村を焼こうとするのだろう?
それを調べようとしたクソ皇子は、なんでも実兄から手を引くよう脅迫されたらしい。
そこまでして隠そうとする秘密が何かあるのだろうか?
脅迫を受けたクソ皇子はそれでも調査を続けるつもりらしく、報告が気になるところではある。
が、それは横に置いといて今は――
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
クソ皇子が悲鳴を上げて村中を逃げ回る様を、俺は物陰から見てはほくそ笑んでいた。
「ぬぼぼぼぼぼ……」
「かゆ……うま……」
「うへへへ……アヅチさーん」
青ざめた表情で震え上がるクソ皇子とアヅチ嬢にむかって緩慢な動きでじわりじわりと近づくのは、変わり果てた姿になったエンジョー村自警団たち。
その目はうつろで、肌は生気がなく、中には頭に斧が突き刺さっていたり、腹から腸が飛び出した者までいる。
「これは一体何があったというのだ? 村がエルフゾンビだらけではないか!」
「分かりません。でも、私たちが通りかかったのも何かの縁ですよー、ホンノー様。村に誰か生き残りがいないかギリギリまで探してみましょう!」
いつもと違って弱腰な皇子の手を引いて、アヅチ嬢が村の奥へと走っていく。
それをゾンビと化した自警団たちが「オッパイノペラペラソース!!」と何やら意味不明な言葉を発しながら追いかけて行くのを俺は満足げに見送った。
おお、あのクソ皇子がここまで怯えるとはな! 自警団、それにアヅチ嬢、ぐっじょぶ!!
さてさて村に一体何があったのか?
全ては一ヵ月ほど前、あの
「なに? あの皇子がオバケ嫌いだと!?」
「ああ! 確かにそう言ってたぞ!」
三人組のエルフ小学生の中で一番やんちゃそうで大食いな男の子、通称エルフイノガシラゴロウがオープンカフェの全メニュー制覇を成し遂げた太鼓腹をさすりながら言った。
「皇子に訊いたことがあるんだ、何か怖いものはないのかって。そしたらさ、厳しいオヤジが怖い、雷が怖い、饅頭と温かいお茶が怖い、それにオバケが苦手だって」
「ほう! あのクソ皇子にもそんな子供っぽいところがあったのか!」
まぁ俺も子供の頃は父親が怖かったし、ピカピカゴロゴロ轟く雷には震えたし、怪談話を聞いて夜眠れなくなったこともある。皇子は王族ゆえに気丈なふるまいを見せているが、そうは言ってもまだまだ十歳そこらの男の子。なんらおかしなことではない。
……饅頭と温かいお茶を怖がるのはさっぱり分からんが。
「だから俺、一度皇子を怖がらせてみたいなとずっと思っててさ。なぁ村長、もうすぐしたらエンジョー村コスプレ祭りがあるじゃん? そこでさ、村のみんなでゾンビのコスプレをして皇子を怖がらせようぜ!」
「それだ!」
上手くやればビビった皇子が二度と村へ近づかないようになるかもしれない。
かくして俺は自腹3万ゴールドを無駄にしないよう、今年のエンジョー村コスプレ大会をゾンビで統一することを議会で熱弁し、開催までの間もしばしば村へ現れるクソ皇子に悟られぬよう慎重に準備を進めてきた。
その苦労が今、見事なまでに結ばれている!
「うおおおお、ゾンビ、あっち行け! あっちへ行けー!!」
「皇子、ダメですよー。炎魔法を使っちゃダメ。ゾンビに炎は利かないのです。聖魔法で塵に返さないと」
「しかしだなアヅチ、このままでは吾輩たちもいずれ捕まってゾンビになってしまうぞ?」
「そうはさせませんよー! それにアスベスト様の姿が見当たらないじゃないですかー。もしかしたら村のどこかでホンノー様が助けに来るのを待っているのかもしれませんよ?」
「アスベスト君なんてこの際どうでもいいのだが」
「何をおっしゃりますか。アスベスト様とホンノー様の関係はそんなものではないでしょう? お二人の関係はとても尊いものですー」
パニックになった皇子が魔法で攻撃しそうになるのを、アヅチ嬢が上手く言いくるめて使わせない。
今回の作戦にあたり問題がふたつあった。
ひとつはアヅチ嬢の空間移動魔法。いくらゾンビになって襲い掛かっても、空間移動であっさり逃げられたら意味がないからだ。
そしてもうひとつはクソ皇子が魔法で迎撃してくる可能性。ゾンビと言っても所詮はコスプレした村人なので、もし怪我人が出たら後に議会で追及されること必至だ。
そこで事前にアヅチ嬢へ協力を申し出てみた。
もちろん本来の目的は伏せておいて、あくまで村のコスプレ大会での余興として皇子にドッキリを仕掛けたいという名目で、だ。
そうしたら思いのほかアヅチ嬢は乗り気になってくれて、それどころか村を逃げ回った挙句、最後には俺が駆けつけて涙目の皇子を助けるというシナリオまで作ってくれた。
もっともそのせいで『皇子、助けに来たぞ! おのれゾンビたちめ、愛する皇子を襲うとは元同胞とはいえ許さん!』なんてセリフを言わなくちゃならんハメになったのだが。
愛する皇子ってなんだよ? 意味がわからん。
「あわわわ! アヅチ、攻撃せずに逃げ回ってばかりいたらゾンビに囲まれてしまったぞ!」
「これは困りました。大ピンチですねー」
そうこうしているうちにドッキリはクライマックスを迎えようとしていた。
怯える皇子をゾンビに扮する村人たちが追いかけまわした挙句、ついには村の中央広場で取り囲む。
「どうする? どうすればいいのだ、アヅチ!?」
「うーん、あのゾンビたちの中にもアスベスト様がいません。もしかしたらここで皇子がアスベスト様に大声で助けを求めたら駆けつけてくださるかもー?」
「この状況でアスベスト君なんか来ても何も出来ないと思うが? 召還するならもっとバハムートとかオーディンの方が良くないか?」
「そんなことないです。きっとアスベスト様なら何とかしてくださいますよー」
いや、さすがにそこは強引すぎじゃないか、アヅチ嬢。
俺も出来るのならバハムートを召喚したいわ。小さなエルフ村の村長なんかじゃなく。
「おおーい、アスベストくーん! この声が聞こえるなら助けに来てくれー!!」
が、恐怖によるパニックってのは冷静な判断を奪い取るものらしい。
あの皇子が半分泣きべそになり、俺の名を呼んで助けを求めている!!
はっはっは! こいつは気分がイイッ! 議会で「なんでそんな面倒くさそうなことを」と渋る連中を頑張って説得した甲斐があった!
「待て待て待てーい! お前ら、正気に戻るのだ!!」
ここぞとばかりに大声をあげながら物陰から飛び出す俺。
勇ましくゾンビコスプレした村人たちの包囲を突き破ると、皇子の元へ駆けつけてやった。
「おおっ! アスベスト君、来てくれたか!」
「ああ、助けに来てやったぞ。もう大丈夫だ、このシャイニングクリスタルをかざせば村人たちは元の状態に戻る!!」
あ、ヤベ。ちょっとテンション上がっちゃって、例のセリフを飛ばしちゃった!
恐る恐るアヅチ嬢を見ると、うわぁ、めっちゃ頬っぺたを膨らませて怒ってらっしゃる!!
「おお、あのアスベスト君が本当に役立つアイテムを持ってきた!」
「あ、ああ、まぁな」
「凄いぞアスベスト君! 吾輩の中で今、アスベスト君のランキングが便所虫を抜いて1万と飛んで365位にランクアップした!!」
「便所虫以下だったのかよ、俺ッ!?」
てか、それでも10365位ってめっちゃ低ッ!!!
「さぁ早くそのクリスタルで皆を正気に戻すのだ!!」
「くっ。分かったよ。やればいいんだろやれば」
シャイニングクリスタル……とエルフ雑貨屋で銘打たれたガラス玉(50ゴールド相当の品)を持った右手を空へかざそうとした。
その時だ。
「うぼぼぼぼ、アヅチさーん」
ゾンビに扮するひとりのエルフ自警団が群れから飛び出してアヅチ嬢へ襲い掛かり、その肩をぎゅっと握りこんできた!
「きゃああああああ!!」
驚いたアヅチ嬢が身をよじって、なんとか魔の手から逃れる。
が、その衝動で羽織っていたローブがビリビリに破れてしまったぞ!
「お、おい! お前、何やってるんだ!!」
突然のことに驚いてぺたりと地面に尻餅をつくアヅチ嬢へさらに迫ろうとする団員に、慌てて割って入る。
「アヅチさんが本気で怯えているじゃないか! ほら、クリスタルだ、正気に戻れ!!」
「ぬぼぼぼぼぼぼぼ、アヅチ……」
「え、ちょっとおい、待て! クリスタル! クリスタルだってば!!」
団員の顔にクリスタルをこれでもかとねじ込んでやった。打ち合わせではこれでゾンビの演技を終了することになっている。
が、団員の目は相変わらずうつろなままで、アヅチ嬢の名を呼んでは凄まじい力で俺を押しのけようとしてきた。
「うーむ、ちょっと薬が強すぎたようだな」
「薬? なんの薬だ、クソ皇子!?」
「いや、君たちが何やら面白そうなことを企んでいると耳にしたものでな。ならばもっと盛り上げてやろうと若いエルフへ一時的にゾンビになる薬を与えてみたのだ」
「な!? なにぃ!?」
こいつ全部気付いていたのか!? てことはさっきまでの怯えた様子は全部芝居!?
いや、それよりも今はゾンビ薬で正気を失っている仲間をなんとかしないと。このままではすさまじい力で押し切られてしまう!
「皇子、どうやったらこいつ正気に戻るんだ!?」
「アスベスト君、知っているかね? この薬を飲んだ者は己の欲望のまま行動するのだ」
「そんなことはどうでもいいから、とにかく元に戻る方法を教えろ!」
「一体どのような欲望をエルフの若者は抱えているのだろうかと関心があったのだが。ふむふむ人間もエルフも若い男が考えることは一緒か」
「おい、ふざけんな! このままだとアヅチさんが! アヅチさんがマジでヤバいんだぞ!!」
アヅチ嬢へ突進しようとする団員をなんとか押さえながら、ちらりと後ろを振り返る。
どうやら腰を抜かしてしまったらしい。アヅチ嬢が地面にお尻をつけながらフルフルと震えて、縋るような目で俺を見上げてきた。
大丈夫、アヅチさん。アヅチさんは俺が絶対に守る!!
「おい、貴様ッ! 目を覚ませ! エンジョー魂を見せてみろッ!!」
「ぬぼぼぼぼぼぼぼ、アヅチさん……アヅチさん……」
「俺が死んでもアヅチさんには指一本触れさせんぞッ!!」
「アヅチさんが……ぬぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ」
一段とラリった団員の押し込む力が強くなった。
や、やばい、このままではアヅチさんの純潔が――。
「ぬぼぼぼぼぼぼぼ、アヅチさんが……アヅチさんが恐怖で失禁する姿を見たいィィィ」
「変態野郎、歯ァ食いしばれェェェ!! エルフ鉄拳制裁ィィィィィィィィィィィ!!!!!」
あまりに情けなさ過ぎる欲望に突如として湧き出た俺のエルフパワーが、渾身の右ストレートとなって欲望に突進する団員の顎へ炸裂した。
見事なカウンターである。さすがのゾンビ団員もこれには成す術なく、どぅと倒れ気を失った。
「うむ、お見事! ゾンビ薬を抜くには強い衝撃を与えねばならんのだ。これでもう大丈夫だろう」
「大丈夫だろう、じゃねぇ! それを早く教えろ!」
「愚か者。教えたところで、普段のアスベスト君の力では不可能だっただろう。だから敢えて教えぬことで不条理な怒りをアスベスト君の中へ溜め込み、団員の欲望理由を起爆剤として爆発させたのだ。これしかなかったのだよ」
「ウソつけ! お前はただアヅチさんがおもらしするところを見たかっただけだろう!!」
はっ、そうだアヅチ嬢は大丈夫か!?
振り返るとこちらを見上げているアヅチ嬢と目があった。
普段は聡明な光を携える彼女の瞳が今はぼぅっとしている。あんな怖い目にあったのだ、無理もない。
「アヅチさん、もう大丈夫ですよ」
「……あ」
アヅチ嬢の瞳に意識が戻ったのが見えた。
と同時に頬がほわっと淡く色づく。あ、もしかして安心したら気が抜けて……?
つい、視線を彼女の下半身へと下ろす。ローブを剥ぎ取られて露わになった太もも、そしてショートパンツの股間は、あ、よかった、濡れてな――
「ア、アスベスト様のえっちぃぃぃぃぃぃ!!」
そこへアヅチ嬢の渾身の一撃が俺の大切なところに炸裂し、そのあまりの衝撃に悶絶する暇もなく、俺はゾンビ団員の上に覆いかぶさるように倒れて気を失った。
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