第16話:エルフ、感極まる!
タイカ王国・ダイエンジョー森林。
王都にほど近いこの森にある我らエルフの隠れ里で一番の有名人が、魔王を討伐した勇者御一行に名を連ねるナナカマー様だ。
『あたしはあの子をなんとしてでも手に入れたいんだ』
そのナナカマー様がどうしてもクソ皇子が欲しいから協力しろと言う。
なんでもあのクソ皇子はとんでもない魔力の持ち主らしい。
確かにゴブリン襲来で村を燃やされそうになった時、火を消したのは奴の魔法だった。あんな性格だが魔法使いの才能はあるのだろう。
でもなぁ、だからってあの皇子に付き合わされる俺の身にもなってほしい。最近ではハゲが出来ていないか出勤前に鏡で確認するのが日課になっている。
「王都で噂の毛生え薬があるのだが、今度持ってきてやろうか?」
「んー、でもそれって人間用だろ。エルフに効くかなぁ?」
「ふむ。生産者に問い合わせしておくか」
「万が一のことを考えてよろしく頼む……って、うおっ、クソ皇子!?」
くそう、朝だからぼけっとしていたのと、自分の家だったので気が緩んでいた。
てか、俺の家に勝手に入ってくるな! 不法侵入で叩き切るぞ!
「不法侵入ではない。サラダ殿の許可はもらった」
「母ちゃん、息子に火事の濡れ衣を着させようとした放火犯を家に入れるなよ!」
「しかも飴ちゃんまでいっぱい貰ってしまった」
見ると皇子の服のポケットがぱんぱんに膨れ上がっている。
ああ、やめてよ、母ちゃん。オオサカノオバチャンじゃないんだから。
「くっ。それで一体何の用だ? 俺をハゲさせるつもりか?」
「ハゲ散らかしたアスベスト君にも興味はあるが、今日は別件だ。なに、ちょっとしたプレゼントがようやく完成してな。吾輩、アスベスト君の喜ぶ顔が見たくて思わず家までやってきてしまった」
「プレゼント? どうせお前のことだからつまらないものだろう」
あるいはまたまた大迷惑を被る何か。良くてせいぜいエルフ焼きぐらいなものだろう。
「うむ。つまらないものだが受け取ってほしい、エンジョー村新庁舎」
「ほら、やっぱりつまらないものだったな! 何が新庁舎だ、そんなものいら……は、新庁舎?」
えっ、それって村役場ってこと? マジ?
結論から言う。
マジだ。
マジで新しい村役場が、燃え落ちた跡にいつのまにかででんと聳え建っていた。
「人間の街ではレンガを積み上げて作るのであるが、実際に使うアスベスト君たちのことを考えて王都の職人たちにわざわざ木で作ってもらったぞ」
「おお……」
「まぁ、中に入ってみたまえ。気にいって貰えると嬉しいのだが」
そう言って皇子が俺の背中をぐいっと押す。
背後では役場の職員たちが目をキラキラさせていた。最初に足を踏み入れるのは村長の俺に譲るけど、みんな早く中へ入ってみたいとうずうずしているのが伝わってくる。
職員の中には目に涙を浮かべている者もいた。分かる。分かるよ、その気持ち。まさかこんな立派な新役場が突然出来るなんて思ってもいなかったし、昨日までは仮設テントでなんとか頑張っていたもんなぁ。
俺は意を決して入り口の扉を開けた。
途端に噎せ返るような新築の木の香りが肺いっぱいに飛び込んでくる。ああ、たまらん。これはたまらんッ。
「机や収納棚なども全て木製で統一させた。一応必要だと思われる分を用意させたが、もし足りなければ遠慮なく言って欲しい」
「おお……」
「村長室も勿論ある。以前のは机が貧相であったからな。今回は職人に立派なものを作ってもらったぞ」
「おお……」
「あと今回は二階建てにしてみた。ほら、この村には宿屋がないだろう? これまでは役場の仮眠室を使わせていたようだが、それとは別に客室用の部屋をいくつか用意させた。勿論物置としても利用が可能だが、出来れば客室としてエンジョー村を訪れた旅人の疲れを癒してあげてほしい」
「おお……」
ごめん。さっきからもう「おお……」としか言えない。
だってこんなの予想してなかったんだもん。こんな立派な新役場を貰えるのも当然ながら、あのクソ忌々しいクソ皇子から語られるホスピタリティ溢れる言葉が信じられなくて、思わず言葉を失ってしまった。
「ふむ、思っていたほど感動しないな。お気に召さなかったかね?」
「いや、そんなことはないぞ。職員たちも喜んでいるし、俺も嬉しい」
「本当かね? 本心ではエルフ焼きの方が良かったとか思ってないか?」
「お菓子と比べられるかよ! マジで嬉しいって」
試しに村長室の椅子に座ってみる。
おおっ、なんというフィット感。まるで俺の尻を精密に測って作られたかのようだ。
それに机の天板も木目が美しく、かつ重厚な仕上がりになっている。これは相当腕の立つ職人の仕事だぞ。
「どうだい、気に入ってくれたかね?」
「ああ。ありがとな、皇子」
「礼なんて水臭いなー。吾輩とアスベスト君の仲ではないか」
……まぁ確かに俺たちの間に礼なんてありえないよな。燃やすか燃やされるかの間柄だもの。
「しかし、こんな大きな建物をどうやって一晩で作ったんだ?」
「いや、建造には職人たちをフル動員して一ヵ月ぐらいかかっている。王都近くで作り、昨夜のうちに吾輩とアヅチの魔法でここへ運んだのだ」
「魔法でこんな巨大なものを!?」
「ああ、吾輩の魔力とアヅチの空間移動魔法をリンクさせることで可能となる大魔法だ。まぁさすがにアヅチは魔力切れを起こして、今は二階の客室で休ませてもらっているがな」
そうか、それでアヅチ嬢の姿が見えなかったのか。
それにしても建物ごと空間移動させるとは。ナナカマー様が言うように、こいつの魔力はとんでもないのかもしれない。
「ところでアスベスト君、そこのボタンなのだが」
「ああ、これな。さっきからちょっと気になっていた」
重厚ながら木材らしい温かみのある天板の片隅をくり抜き、入り口をガラスで覆われたその穴の中にボタンらしきものが見える。
なんだろう、これを押せば職員が用件を聞きに来てくれるとか?
「それはこの建物の自爆スイッチだ。いざと言う時に押したまえ。建物の地下に設置した爆弾が爆発し、役場どころか村全体が一瞬にして吹き飛ぶ」
「な、なんだと!? どうしてそんなものを付けた!?」
「もちろん何かあった時のためであるよ」
「何かってなんだよ!?」
「例えば敵に村を襲われてもうダメだって時に押すのだ。さすれば敵も道連れにすることが出来る」
「物騒すぎるわッ!」
そもそもそんな事態になってたまるか!
クソ皇子め、珍しくいいことをしたと思ったのになにやってくれてるんだ!
「あと地下の爆弾だが吾輩の感情にも反応するようになっていてな。吾輩が『あー、村を吹き飛ばしたいなー』と強く願っても爆発する」
「貴様、それが狙いかッ! やっぱり殺すしか」
「おっとアスベスト君、あまり強い言葉を使わないでくれたまえ。吾輩、うっかり『よし、吹き飛ばしちゃおう』と思ってしまうかもしれん」
「くっ、こいつ……」
なんてことだ。こいつ、立派な村役場を提供する代わりに、俺が手出しできないよう仕向けてきやがった。
どうする? やっぱりこんな村役場はいらんと突き返すか?
しかし素直に持ち帰るとも思えなければ、そんなことしたら職員たちががっかりしてしまう。
村長室の半開きの扉越しに、喜んでいる職員たちの顔が見える。近年、あれほどまでに満面の笑みを浮かべる職員たちを見たことがあっただろうか。その笑顔を悲しみに変えるなんて俺には無理だ。
だけどやっぱり爆弾の存在は……。
「あっはっは。冗談だよ、アスベスト君」
頭を抱えて悩んでいると、皇子が突然笑い始めて言った。
「吾輩が爆弾なんて物騒なものを埋め込むと本気で思ったのかね?」
「本気で思っているが?」
「おいおい、笑えない冗談はやめたまえよ」
「どっちがだ! おい、本当に村役場の地下に爆弾は埋まってないんだな?」
「勿論だとも。吾輩を信じたまえ」
「だったらあのボタンは何だ?」
「それを言ったら面白くなかろう? まぁ実際に押してみてのお楽しみって奴だよ、アスベスト君。このボタンの名前は『パンドラ』。希望を求める時に押したまえ」
そう言うとクソ皇子は「さて、そろそろアヅチも目が覚めた頃であろうか」と俺が引き止めるのも無視して部屋を出て行った。
ううっ、何がパンドラだ。希望なんてそこに残っているもんか! ああ、くそう、クソ皇子のせいでまたハゲそうな案件がひとつ出来てしまった。
とにかくボタンは他の職員の目に留まらぬよう、何か置物でも置いて隠しておこう。
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