番外編:ツルペタ冒険譚その二
タイカ王国・ダイエンジョー森林。
王都にほど近いこの森にある故郷へ一刻も早く帰るべく、私は床に描いた魔法陣をロウソクの炎がゆらゆらと照らし出す小部屋で丁寧に魔力を練った。
もうこれしか方法は残されていない。祈りを込めて魔力を魔法陣に込める。
たちまち魔法陣が発する眩い光が部屋を包み込んだ。
目を開け続けるのが辛い。光で瞼が焼け付く。
それでも私は懸命に光の中心を見続けた。そうすれば必ず上手く行くと信じているかのように。
そして私の願いは通じた。
光り輝く魔法陣の中央に形作られる、遥か昔に遠くから少しだけ見たことのあるそのお姿。間違いない、私は召喚に成功した。
ならばあとは願いを聞き入れてもらうだけ。
私はありったけの声をあげて叫んだ。
「お願いです、私をボインボインのナイスバディにしてください!!!!!」
思い出すだけで嫌な気分になるのだけれども。
数か月前、私は念願叶ってロリコン戦士と仲間になった。
大きな身体は筋肉の鎧を身に纏い、いかにも百戦錬磨な熟練者たる風貌を呈している。何故か仮面を付けているのが気になったけれど、そんなのはこれで私も世界中を旅して回れるんだという高揚感に比べたら些細なことだった。
彼は「自分は相当にレベルの高いロリコン戦士だ」と言った。実際、凄まじい強さだった。
それでいて他の冒険者みたく私を外見で見下したりしない。むしろこれまでの誰よりも紳士的で優しく、いい人に出会えたと神に感謝した。
彼とならばどんな大冒険でもへっちゃらで、あっという間に世界を見て回ることが出来るだろうと思った。
しかし、残念ながら『ロリコン』とは私が考えているような実力主義派という意味ではなかった。
彼が教えてくれたのだ。バスターフレイムドラゴンの退治依頼で立ち寄った村の温泉宿で、湯浴みをする私を覗き見しているのを発見した時に。
私は絶望の中、咄嗟に水の精霊様の力で彼の身体を氷漬けにし、続けざまに風の精霊様にお願いして彼の右手に握りこんでいる忌まわしきアレをちょん切ってもらった。
かくして私の旅は再び王都へ逆戻りとなり、『ロリコンお断り』とそれまでとは全く逆の仲間募集依頼をギルドに提出したのである。
「なるほどね。あんたも苦労してるんだ」
「はい」
「でもさ、だからってあたしを召還してもらっても困るんだよねぇ」
ナナカマー様が召喚魔法陣の上に胡坐を組んで、恨めしそうな顔で私を見つめてくる。
「で、でも! かつて勇者様と共に魔王を倒した大賢者ナナカマー様ならば、きっと身体をナイスバディにする秘術も知っておられるだろうと思いまして!」
「あのさ、あたしがそんなの知っていると思う? なんてったってあたしは『絶壁のナナカマー』だよ?」
「ナナカマー様の圧倒的な防御魔法を称賛するその二つ名とナイスバディに何か関係が?」
「うーん、確かにあたしは防御魔法が得意だよ。でもそれだったら『鉄壁』って付けるよね? 『絶壁』じゃなくて」
「そんな。では絶壁と言うのは……」
「うん。勇者が私のぺったんこな胸を揶揄してつけたあだ名。そんなのが世界中に知れ渡っているんだよ。ひどくない? ひどいよね!」
「ひどいです! 最低です!」
「まぁ、元はと言えばあたしがあいつのアレが小さいことをからかって『小剣のエデン』って呼んだのが悪いんだけどさ」
ナナカマー様があたしと同じく無い胸を張りながら、はっはっはーと笑った。
勇者エデン様は
だから『小剣のエデン』という二つ名も尊敬を込めて呼ばれているのだけれど、まさかそんな理由で付けられたとは知らなかったし、知りたくもなかった。
ああ、数か月前に見たロリコン戦士のアレを思い出してしまう……。
「あ、ごめんごめん。ばっちいもん思い出させてしまったか。まったく人間ってのはどうしてこうも性欲が強いんだろうね。ま、だからこそあれだけ繁栄しているとも言えるんだけどさー。でも、あたしらの時もこのままでは魔王が世界を滅ぼすってのに、やっぱりそういうことばっかりやってる冒険者も結構いたし。アホなの、あいつら?」
「アホかどうかは分かりませんが、とにかくこのままだと私、ずっと冒険に出られないままで……」
「だったらとりあえず最初はひとりで冒険するってのも手だと思うよ。あんたの魔力なら無茶さえしなければ万が一ってことはないだろうし、あたしだって最初はそうだった」
「ナナカマー様もですか?」
「人間の男ってのは、おっぱいは大きければ大きいほど良いって思ってる連中が多いからね。あたしも断られまくったさ。で、だったらひとりで魔王を倒してやろうじゃないのってあちらこちらを旅してたら、自然と同じようなのが集まって来たってわけ」
言わば異性に相手にされなかった結果、魔王討伐ガチ勢にならざるをえなかった連中の集まりだねと笑い飛ばすナナカマー様を私は羨ましく思った。
だってなんだかんだで一緒に旅する仲間と出会えたのだから。
私も同じようにひとりで冒険していたら、いつかそんな仲間が出来るかもしれない。
けれど実際に冒険者になって分かったけど、魔王がいない今の世の中、冒険者というのはもはや職業のひとつでしかない。
世界を救う旅ならいざ知らず、ただモンスターを倒して金を稼ぐだけの旅ならばそこに人間が色を求めるのは仕方ないのかもしれなかった。
「ま、あたしらの時とは状況が違うからそう上手くはいかない、か」
そんな私の思いを察してくれたのだろう、ナナカマー様がぽりぽりと鼻の頭を掻きながら「うーん」と頭を捻る。
「一応さ、心当たりがないこともないよ」
「私と一緒に冒険してくれる仲間ですか!?」
「いや、そうじゃなくてナイスバディになる魔法。確かそんなのをこの国の書架ダンジョンで見た覚えがある」
「本当ですか!?」
「興味のない魔法だからうろ覚えだけどねぇ。でも、仮にこいつを手に入れて無事仲間が出来たとしてもさ、それはそれで結構危険だよ? そこんとこは分かってんの?」
「大丈夫です。その対策は出来てます」
私は立ち上がると静かに、しかし力強く詠唱を始める。
ナナカマー様の魔法で唯一、私が産まれた頃から身近にあったもの。それを私が独自に研究し、アレンジを加えたオリジナル魔法だ。
ナナカマー様が一瞬驚いたような顔をした。が、すぐに破顔すると「そいつが使えるなら大丈夫だね」と、今日一番の大声で笑った。
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