第15話:絶壁のナナカマー

 タイカ王国・ダイエンジョー森林。

 王都にほど近いこの森にある我らエルフの隠れ里を、クソ皇子の魔の手から守るのが俺の使命。

 なんせ奴は村を燃やそうとするどころか、最近では若いエルフたちに困った性癖を植え付けようとしやがるからな。健全な青少年育成の為にも、これ以上好き勝手させてはならん!

 

 と、意気込む俺のもとへ朗報!!

 結界を作った大賢者ナナカマー様が、ついに村へお越しくださったのだ!

 まさに僥倖、この上ない僥倖!!

 ナナカマ―様ならクソ皇子がもう二度と村へ侵入できないよう、結界を強化してくださることだろう。

 

 ははっ。

 ははは。

 わーはっはっは!

 残念だったなクソ皇子め、もう二度と会うことはないだろうサヨウナラ!!

 

「あー、村長クン、盛り上がってるところ悪いんだけどさ。それ無理」

「な、何故ですか、ナナカマー様!?」


 ナナカマ―様がとても一万年以上生きてきた超高齢エルフには見えない若々しい顔を苦笑で歪ませながら、何故か偉そうにぺったんこな胸を張って俺の出鼻をくじく。

 そして次に出てきた言葉は

 

「だってあの子、あたしの裸を見たからさー」


 ますます意味不明な理由だった。

 

 

 

 そもそも村の結界はナナカマー様が数千年前に魔王討伐の旅から戻って来た際、当時の村民たちから頼まれたものだと言う。

 

「最初はさ『お前、「絶壁のナナカマー」って呼ばれる大賢者になったんだってな。だったら村を守る結界を張ってくれよ』って簡単な話だったんだよねぇ」


 絶壁のナナカマー、その通り名はナナカマー様が圧倒的な防御魔法の使い手であることから付けられたものだ。

 決してその、胸が絶壁という意味ではない……と思う。

 

「結界を張るぐらいならお安い御用だよ。でも奴らと来たら『数千年経っても劣化しない強力な奴にしてくれ』とか『村を人間に認識できないようにしてくれ』って無茶言ってきてさー。いやー、アレは大変だった。生まれ故郷じゃなかったら適当にバックレてたね、うんうん」

「いや、それは他の村からの依頼でもバックレたら後々面倒なのでは?」

「大丈夫だよー、結界がなかったら人間に村が焼かれて、生き残りもわずかになるからさー」


 けろっとした表情で怖いことを言う。

 恐ろしい、実に恐ろしい。

 

 そして恐ろしいと言えば、やはりその若々しさだ。

 長生きのエルフの中でも飛びぬけて超高齢なのに、その姿はまるで成人したての若いエルフそのもの。

 背が高く、すらっとした体形で、耳の張り、肌のきめ細やかさ、腰まである長い金髪の艶までもが200歳そこらと何ら変わりがない。


 燃えた役所の代わりに仮設テントで仕事をしていた俺のところへ「やぁやぁ、あんたが今の村長クンかい。あたしがナナカマーだよ」とやって来た時には、俄かには信じられなかったほどだ。

 

 一応、子供を産んでいない女エルフは、年老いても姿が若いままなのはエルフ一般教養で知ってはいる。

 が、そこらの老人エルフの十倍ぐらい生きているのにこの若々しさは、ナナカマー様には申し訳ないけれどもはやエルフよりも妖怪の類に近いのではないだろうか。

  

「でさ、結界の注文の中にこそっと秘密の案件があったわけよ」


 そんなことを考えていたら、ナナカマー様がいたずらっ子みたくニヤッと目を細めてきた。

 思わずドキッとする。ダメだ、ダメだぞ、アスベスト。ストライクゾーンをそんなところまで引き上げちゃダメだ。

 

「そもそも結界は村の男たちが要望したもので、女たちは反対していたんだよねー」

「え? どうしてですか? 村を燃やされるのに男も女も関係ないのに」

「うん。でもさー、基本的に村で一生暮らす男たちと違って、女は外の世界を一度は見に行くじゃん? そこでまぁ出来ちゃうわけよ、人間の恋人って奴が」

「うぇ。またその話ですか」

「おっ、知ってんの? だったら話が早い。とにかく旅から戻った女たちはエルフの男と結婚し、子供を産んで幼児化するわけだけれども、それでもかつての人間の恋人がそのうち村を訪れてくるんじゃないかって思うらしいんだよねー。まぁ幼児化しちゃってるわけだからもう相手にはされないとは思うけど、とはいえ会えないのはやっぱり寂しい。てことで彼女たちが私に出した秘密の注文ってのが……」


 そこまで言われたらさすがに分かった。

 つまり人間を村へ入れるわけにはいかないけれどかつて身体を重ねあった相手――おそらくそこまでの関係ではなくともこの村のエルフの裸を見た異性の人間だけは例外ってわけだ。

 

「なるほど。事情は分かりました。で、あのクソ皇子はナナカマー様の裸を見たから村へ入って来れると」

「そうそう」

「ナナカマー様、あんな子供に手を出すのはエルフ倫理的にかなりヤバいんですけど」

「村長クン、おねショタは今や世間的に広く認められているんだぞ」

「ええっ!? 冗談で言ったのにマジで手を出したんですか?」

「あっはっは。こちらも冗談で返したに決まってるだろー。あたしは昔から魔法一筋でね。男は人間だろうがエルフだろうが興味ないのさ。おかげでこんな歳になっても元気に世界中を旅して回れるんだ。すごいだろー」

「はぁ。まぁエルフ人生観はそれぞれですからね。でもだったらどうして皇子に裸なんて見られたんです?」

「うん。あの子、自分ちの別荘を改築して王都民に格安スーパー銭湯として開放しているのを知ってるかい?」

「ああ、前に街に住むエルフに聞きました」

「これが世界中でも結構話題になっていてさ。タイカ王国の王都にやって来たから一度行ってみようと思ったら、なんとその日が『女性限定! ホンノー皇子と混浴で話し合えるスペシャルデー』だったんだよねぇ」


 なんだ、そのエロイベントデーはッ!!

 

「そんな日なのに入っちゃったんですか……」

「いやいや、これがスゴイ人気でさー。抽選で倍率50倍なんだよー。そんなのが当たっちゃったら思わず入っちゃうよね。この村の結界のことなんて忘れて」

「忘れないでくださいよッ。おかげで今、この村がどれだけ大変なことになっているか」

「あー、この仮設テントを見ればまぁ察しはつくよねー、うん」


 苦笑いを浮かべるナナカマー様に、俺は結界からその条件を今から外すことは出来ないかと訊ねてみた。


 が、案の定、それは結界の基礎構築に関わっている部分だから無理とのこと。


 だったらもう一度、今度は完全に人間が入って来れないように張りなおせないかと頼んでみた。


 しかし、そうなると今の結界を解除して次のを張るまで二ヵ月ほどかかるという。

 この森にはクソ皇子だけではなく、人間の狩人も獲物を探して頻繁にやってくる。結界なしに二ヵ月も村を隠し通すなんてとても無理だ。

 

「でも話を聞く限り、本気で村を燃やすつもりはないみたいじゃん、あの皇子」

「面白がってやってやがるんですよ。それがまたなおさら腹立たしい!」

「だったら別に放っておいてもいいんじゃないのー?」

「ちょ、ナナカマー様。今の俺の話を聞きました? こっちはめっちゃ迷惑してるんですよ。このままでは10ゴールドハゲが出来るぐらいに」

「おー、いいじゃんいいじゃん。今、世界では10ゴールドハゲスタイルって流行ってるんだよー?」

「マジですか!?」

「知らんけどなー」


 知らんのかい! てか、絶対ウソじゃねぇか!

 ああ、この人もクソ皇子と同じで相手してるとどっと疲れてくるわ……。

 

「まぁしかし、そうか皇子がこの村に関心を持っているのかぁ。これは使えるかもしんない」

「は? 使えるって何がですか?」

「うん、まぁ色々あってねぇ。村長クンは大変かもしれないけれど、付き合ってあげてよ」

「うえええ。勘弁してほしいんですけど」

「気持ちは分かるよー。だけどな、あの子の魔力は目を見張るものがある」


 急にナナカマー様の口調が変わった。

 驚いてナナカマー様の顔を見ると表情まで一変していて、俺をじっと見つめ返している。さっきまで俺をからかって楽しんでいた目つきが、今は獲物を前にした狩人のように鋭く冷たい。

 

「あたしはあの子をなんとしてでも手に入れたいんだ。もちろん協力してくれるよね、村長クン」


 言葉とは裏腹にこちらに否定権なんてない、そんな凄みすら感じさせる。

 俺はただ黙って頷くしかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る