第14話:いろいろと限界なエルフ村

 タイカ王国・ダイエンジョー森林。

 王都にほど近いこの森にある我らエルフの隠れ里で、ついにクソ皇子がエルフ村役場を焼きやがった。

 本人はすっとぼけているものの、完全にあいつの仕業に違いない。


 ということで、ついに皇子侵入禁止命令が議会で承認された。

 これで皇子は今後、村へ入れないことになる。

 それどころか問答無用で処分も可能!


 これまではクソ皇子を孫のように可愛がるエルフ老人たちに邪魔されていた。が、さすがにエルフ村役場を丸々延焼させられては擁護も出来まい。

 また、皇子をマスター・ホンノーと崇めていた村の自警団たちも師弟関係を破棄させ、改めて奴を我らエンジョー村の敵として迎え撃つようビシバシ叩き直してやった。

 

 さぁ、これで準備万端。いつでもやって来い、クソ皇子。

 今度こそ息の根を止めてやる!

 

「アスベスト、皇子が村の入口に現れたぞ!」

「ついに来たか!

「今は村の自警団が何とか食い止めている!!」


 よしよし、いいぞ。

 今日が奴の命日だ!

 

 

 

「人間はー、この村に入ってくるなー!」

「入ってくるなー!」

「人間はー、今すぐ立ち去れー!」

「立ち去れー!」


 村の入口へ駆けつけると自警団たちがクソ皇子とアヅチ嬢相手に、自らがバリケードとなって侵入を阻止していた。

 うむうむ、心強いぞ、エンジョー村自警団! 

 

「みんな、よくやってくれた!」

「あ、待ってましたよ、アスベストさん!」

「絶対に村から追い出してやりましょう!」


 みんなも鼻息荒く、もうこれ以上皇子に好き勝手やらせてはならないと俺に訴えかけてくる。

 ああ、勿論だとも。今度こそ叩き切ってくれる。

 

「で、奴ら今回は何が目的でやってきたんだ?」

「それがふざけてるんですよ! あいつら、トイレを貸してくれって!」

「は? トイレ?」

「なんでも森へピクニックにやってきたのはいいものの、途中で侍女さんが尿意を催したらしくて」

「そんなもん、そこらの茂みでやればいいじゃないか!」


 ふざけやがって。こっちは隠れ里だぞ。

 なのにトイレを借りにやってきたってナメてんのか!

 

「おい、アスベスト君、それは違うぞ」 

「クソ皇子、馴れ馴れしく俺の名を呼ぶな!」

「今更いいではないか。吾輩とアスベスト君の仲であろう。それよりもさっきの『そこらの茂みでやればいい』って発言は聞き捨てならぬな。アヅチは侍女とは言え、我がタイカ王国ジー王家に仕えている者である。そのような者が茂みで用を足すなど獣畜生のような行為は断じて許されぬのだ」

「そこは許してやれよ! ほら見ろ、アヅチさんが今にも漏らしそうでプルプルしているではないか……はっ、まさか貴様、それが狙いか!?」


 そう言えば最初に村へやって来た時は「火遊びしておねしょ」の為にエルフ物置小屋を燃やした奴だ。今回もなんだかんだと言って実はアヅチ嬢におしっこを我慢させ、さらには耐え切れずお漏らしするのを企んでいるのでは?


 おのれ、そうはさせんぞ、この変態皇子!


 いや、だが待て。よく考えろ、アスベスト。

 皇子の腐った野望を阻止するにはトイレを貸すしかないわけで、それはつまり奴らを村に入れるということだ。

 くっ、それは出来ない。

 それではせっかく承認を得た皇子進入禁止命令が破棄され、我がエルフ自警団たちが必死になって侵入を阻止した努力までも無駄にしてしまう!!

 

「アスベスト君、吾輩はただアヅチの為にトイレを貸してほしいだけなのだ。そこに他意はない。信じてほしい。トラストミー」

「む、むむむ……」

「このままではアヅチが漏らしてしまう。しかもかくも大勢の前で。それはあまりにも不憫だ」


 その時だった。

 

「あ、あうう……」


 アヅチ嬢の艶めかしい声が漏れ聞こえてきた。

 まさか声だけでなくそちらまで漏らしてしまったのかと全員の視線が彼女へと集まる。魔法使いのようなローブを羽織ったその奥、短ズボンの股間をアヅチ嬢が両手で押さえていたが、少女の健全な太ももはまだ濡れていなかった。

 

「ほら見ろ。もうアヅチは限界だ。早くトイレを貸してくれ」

「し、しかし……」


 どうしたものかとつい村の自警団たちに目で問いかけてしまう。

 

「アスベストさん、何を悩んでいるんですか!」

「俺たちはもう二度と人間を村に入れないと決めたじゃないですか!」

「そ、そうだったな」


 ああ、今まさに決壊せんばかりのアヅチ嬢の姿を前にしてなんという鋼の精神なんだ、自警団たちよ!

 そうだ、たとえどのような状況であったとしても、我らの誓いは決して揺らいではならないものであったな。

 よし、やっぱりここは心を鬼にして断ろ――

 

「それにしても早く漏らさないかな、あの子」

「俺、女の子がお漏らしするところ見るの初めてだ。結構興奮するよな」

「な、これまで知らなかったドキドキだ」


「分かった。トイレを貸してやる。あっちの小さな小屋が公衆トイレだ」


 クソ皇子たちにそう答えると、たちまち「ええーっ!!」と自警団たちから驚きと非難の声があがった。

 ええい、うるさい、この異常性癖者どもめ!

 少しでもお前たちの言葉に騙されそうになった自分が恥ずかしいわッ!

 

「おおっ。感謝するぞ、アスベスト君」

「非常事態だ、やむをえん。しかし、今後はもう二度とこの村に近づくなよ」

「了解した。さぁ、アヅチ、行っておいで」


 恥ずかしそうに赤面しながら、しかし礼儀正しくコクリと俺にお辞儀をして、アヅチ嬢が俺の脇を通り抜けて小走りに公衆トイレへと向かう。


 その後姿を眺めながら、これで良かったのだと自分に言い聞かせた。

 うむ、たとえ相手はエルフの村を燃やそうとする人間といえども、困っているのなら手を差し伸べてやる。それが正しいエルフ道というものだろう。

 なによりお漏らししてしまうのが分かっていてトイレを貸さないなど、そんなのはどこぞの変態皇子と変わらないではないか。

 

 しかし、皇子がすんなりアヅチ嬢をトイレに行かせたのは意外だったな。

 てっきりなんだかんだ言ってこちらの好意を固辞、もしくは何らかの方法で妨害するものだとばかり思っていたが……。

 

 と、いきなり俺の傍を何か熱いものが通り過ぎていった。


 突然のことに混乱しつつも、それがファイアーボールだと思った時には既に手遅れ。

 火の玉がやっぱり燃えやすいと有名なエルフ公衆トイレを直撃、たちまち炎上した!

 

「あー、アスベスト君、いきなり何をするんだ君は!?」


 え? は?

 

「一度はトイレを貸してやるとぬか喜びさせながら、目の前でトイレを焼き払うなんて。鬼か、君は!?」

「おおい、ちょっと待てー! 俺がそんなことをするか! てか、ファイアーボールを打ち込んだのはお前だろうが!」

「何を言ってるのかね、アスベスト君。吾輩はそんなことしてないが? それとも吾輩がファイアーボールを唱えるところを見ていたのかね?」

「見てはいないがお前がやったに決まってるだろうが!」

「証拠もないのに人を疑ってはいけないなぁ。ああ、それにしてもなんて哀れなアヅチ。もうこうなってはとても耐えられまい」

「お前、最初からそれが狙いで……」


 なんてガキだ。やっぱりこいつは悪魔だ、殺すしかない。

 

「おっと。ここで捕まるわけにはいかん。皆の前でお漏らししてしまう醜態を少しでも隠してやるのが主としての務めだ。今行くぞアヅチ」

「おい、待ちやがれ、この変態皇子!」

「みんな、俺たちも行くぞ! お漏らしを間近で……否、皇子を捕らえるんだ!」

「おおっ!」


 駆け出したクソ皇子を追いかける俺と、さらにその背後から謎の雄たけびをあげてダッシュしてくる村の自警団たち。

 お前ら、日頃の訓練でもそんな気合の入ったダッシュは見たことないぞ!

 

「ああ……ホンノー様……」


 駆け寄るとアヅチ嬢ががぷるぷる震えながら、目尻に涙を浮かべてクソ皇子の名前を呼んだ。

 

「ああ、卑怯なエルフの手に落ちるとはなんて可哀そうなアヅチよ!」

「ふざけんな! ファイアーボールはお前がやったんだろうが!」


 まだお漏らしはしていなかったが限界が近いのは誰の目から見ても明らかだった。

 次々と追いついてきた村の自警団たちの荒い鼻息も相まって、場がなんとも異様な雰囲気に包まれていく。

 

「あうう、すみません……すみません、ホンノ―様。私、もう……」

「いいのだ、アヅチ。全てはあのエルフが悪い」

「貴様、まだ言うかッ!」


 もう我慢ならん。アヅチ嬢がお漏らしする前に皇子の首を刎ね落としてくれる!

 

「ああっ、もうダメですぅ!」


 腰の剣に手をかけると同時にアヅチ嬢が悲壮な声を上げた。そして次の瞬間!

 

「……は?」

「……へ?」

「消えた?」


 たちまちアヅチ嬢とクソ皇子の姿が俺たちの前から消え失せた。

 

「あ、そうか。アヅチさん、空間転移の魔法が使えるんだったか」


 目を凝らすと地面にうっすらと魔法陣の跡が見える。

 そうか、何もトイレを借りなくても魔法で城まで戻ればよかったんじゃないか。

 きっとなんだかんだと理由を付けて皇子から禁じられていたんだろう。つくづくとんでもない変態野郎だ、あいつは。

 

「ったくつまらんことに我らを巻き込みやがって。ほら、お前らも落ち込んでいる暇なんてないぞ。立て!」


 皆一様に両手両膝を地面につき、これでもかとばかりにうな垂れている村の自警団たちに声をかける。

 クソ皇子によって捻じ曲げられたこいつらの性根を早急に立て直さねば、我が村に未来はない。女の子のお漏らしが性癖の変態エルフばかりの村なんて、そんな地獄は絶対に嫌だ。

 そしてなによりも。

 

「立って今すぐ公衆トイレの消火活動を手伝え!」


 下手に燃え広がりでもすれば、エンジョー村の未来どころか明日もない。

 今度こそ次に皇子と会ったら即ぶち殺すと心に決めながら、俺は公衆トイレの消火にあたるのであった。

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