第13話:罪を憎んでエルフを憎まず!

 タイカ王国・ダイエンジョー森林。

 この森にある我らエルフの隠れ里にクソ皇子が現れて以降、その対処に追われる日々が続く。

 が、村長である俺の仕事は勿論それだけではない。

 村の現在、そして遥かなる未来を見据えて、やらなくちゃいけない仕事はそれこそ山ほどある。


 かくして今日も昼間は皇子がやらかしたボヤ騒ぎに駆り出され、その後は本日中に目を通さなきゃいけない書類を黙々と片付けていたら、気が付けば外が真っ暗になっていた。

 

「げげっ。もうこんな時間か!」


 まだ仕事は終わってないが、いかんせん腹が減った。

 仕事を今日中に終わらせる為には時間を多少ロスしても、ここは腹ごしらえしておいた方がいい。


 椅子から立ち上がり、凝り固まった両肩をぐるぐると回しながら村長室を出る。

 村役場には当然の如く誰もいなかった。エルフ村役場職員は定時上りを何よりも順守するのだ。


 昼間は何かと騒々しいが、今はしーんと静まり返っている。

 そこへ窓からの蒼い月明かりと、村長室から微かに漏れる暖色のランプの光によって、さらに物寂しげな雰囲気を漂わせていた。

 

「今夜もオソマのオハウでいいな」


 村役場を出るとエルフ大衆食堂へと向かった。

 嫌がる俺にアヅチ嬢が無理矢理食べさせてきたオソマのオハウだったが、いざ食べてみるととてもヒンナ美味だった。

 その噂が村人にも広がって、今では村を上げてオソマフィーバー。エルフ大衆食堂でも勿論オソマのオハウを出している。

 

「ついでにエルフビールも少し入れるか。今日も頑張っているもんな、俺」


 うむ、少しぐらいなら飲んでも仕事に差し支えないだろう。酒は百薬の長とエルフ諺にもあるしな!

 

 と、ちょっと油断したのがまずかった。

 結局俺はエルフビールを何本も開けてしまい、酔っ払ってしまったのだ。

 ああ、仕事が……仕事がまた溜まっていく……。

 でも、日頃のストレスをこれで多少なりとも発散できたと思えば、決して悪くはない。

 今日の仕事は明日取り戻せばいいんだと思って家へ帰った。

 

 

 

「……一体何があったんだ?」


 そして翌日の朝、俺はすっかり焼け落ちたエンジョー村役場を前にして呆然としていた。


「お、寝坊助アスベスト君、ようやく来たかね」

「クソ皇子……貴様ァ、ついにやりやがったなッ!」

「ん? なんのことだね?」

「現場を前にしらばっくれるなッ! しかもよりによって俺の仕事場を燃やしやがって! 死刑だ、死刑!!」

「おいおい、勝手に決めつけるのはよくないぞ、アスベスト君。吾輩はなにもやっていない」

「ウソだッ!!!!!」


 そんなもん、信じられるかッ!


「あ、いえ、アスベストさん、その子が言っているのは本当です。焼け具合から推測するにこれは放火ではなく、建物内部からの出火の可能性が大きいですね」

「なに!? エルフ消防員、それは本当なのか!?」

「ええ。それにその子が通報してくれたおかげで被害が村役場だけで済みました」

「うむ。火の手を見たらすぐ消防署に連絡する。常識であるな」

「何が常識だ。非常識の権化のくせに」

 

 しかし、皇子はともかくエルフ消防員が嘘を言うとは思えない。

 ということは本当に皇子の仕業ではなく、俺たちのミスなのか?

 

「さてアスベストさんも来られたところで、村役場職員のみなさんもこちらへ集まっていただけますか」


 エルフ消防員の呼びかけに、焼け落ちた村役場を一目見ようと集まっていたやじ馬の中からぞろぞろと職員たちが顔を出してきた。

 どうやら俺が一番遅く出勤したようだ。ううっ、これは村長として恥ずかしい。やはり昨夜は飲みすぎてしまったか。

 

「昨夜のことについてお聞きしたいのですが、まずみなさんは何時ごろお帰りになられましたか?」


 深酒を後悔する俺の頭を越えて、エルフ消防員の質問が飛ぶ。

 

「決まってます。定時です」

「私もです」

「定時以外ありえません」

「どんなに忙しくても定時にあがります」

「てか、村長はお忙しそうでしたが、私たちはみんな定時であがりました」


 みんなの返答にクソ皇子が憐れみを含ませた視線をこちらへ向けた。

 ち、違うぞ? 俺の仕事は俺にしか出来ないからみんなを残業させても意味ないだけで、決してみんなが俺に非協力的だとか、冷たくあしらわれているとかそういうわけではないぞ!?


 というか、お前が昼間に騒動さえ起こさなければ、俺だっていつもは定時に上がれているんだからな!

 

「なるほど。では最後まで役場に残られていたのはアスベスト村長なわけですね」


 エルフ消防員の確認にみんなが首を縦に振る。

 みんなの目には激務に追われる俺に同情的な眼差しを……ってあれ、なにやら疑わしそうに俺を見ているような気が。

 

「ではアスベストさんに質問です。今回の出火に何か心覚えはありますか?」

「ちょ! もしかして俺を疑っているのか!?」

「そういうわけではありません。ただ確認をしているだけです」

「俺は村長だよ? このクソ皇子に村を燃やされてたまるものかと日々頑張っている姿をみんな見てるだろ? そんな俺が火事を起こすと思うか?」

「わざと起こしたとは誰も思っていません。ですが誰だってついうっかりというのはあります」

「うっかりでも俺が火事を引き起こすなんて……あ」


 不意に昨夜の村役場を出た時に見た光景が、頭の中にフラッシュバックした。

 窓から照らす月夜の蒼、そして俺の村長室の扉から漏れ差すランプの赤。

 そう言えばまた戻って仕事の続きをするつもりだったから、ランプの火を消さずに出て行ってしまったような……。

 

「ふむ、その様子から察するにアスベスト君には何か心当たりがあるようだな?」

「い、いや、しかし、そんなまさか消し忘れたランプの火が火事を引き起こすだなんて……」

「なんと! 村長である君がまさかランプの火を消し忘れたというのかね!?」


 クソ皇子が大声で言うものだから職員どころか集まっていたやじ馬たちにまでその声が届き、周囲が俄かにざわつき始めた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。確かに消し忘れたかもしれないけれど、それが火事の原因だとは限らないだろう?」

「だが状況的にそれしか考えられないではないか、なぁ消防員君?」

「そうですね。最後まで役場に残っていたのがアスベストさんである以上、その可能性が一番大きいか、と」

「そんな……」


 絶望に打ちひしがれる中、やじ馬から突然悲鳴が上がったかと思うと「ああ、なんてことだろう。こんなことをしでかさないよう、あんたには『燃えない石綿アスベスト』って名前を付けてあげたというのに」と嘆きの声が聞こえてきた。


 母ちゃんだ……。

 すまねぇ、母ちゃん。俺、なんてことを……。 


 唐突に膝から力が抜けて、俺は地面へがっくりと崩れ落ちた。

 

「ああ、なんと悲しい事件なのだろう。まさか村長であるアスベスト君がこんな火事を引き起こしてしまうなんて。こんなことは村人どころか神様にだってわからなかったはずだ」


 皇子が跪いた俺の脇を通り過ぎる際、肩をぽんとやさしく叩いてきた。

 思わず見上げる。あの忌々しい皇子の横顔が何故か慈悲深いものに見えた。

 

「だが諸君、聞いて欲しい。確かにエルフにとって火事は死刑もやむえぬ大罪だ。アスベスト君ももちろんその罪を償わなければならない。だが彼を罰して何になる? 未来ある若者の命を奪って何になるというのだ? そう、村の為には何にもならない。彼の罪は、彼自身がこれまで通り、村長として皆の為に汗を流して働くことで償われるべきではないかと思わないかね、諸君!」


 その言葉に驚いて目を見開いた。

 こいつ、まさか俺を擁護しようとしている? 犬猿の仲であるこの俺を?

 にわかには信じられなくて言葉が出なかった。

 それは俺だけじゃない。

 皇子の言葉に誰もが息を飲んで聞き入っていた。

 

「吾輩は知っている。これまでアスベスト君がいかに村の為に尽くしていたかを。職員が定時で上がるのを嫌な顔一つせず見送って、黙々と大量の書類に夜遅くまで目を通し、明日のエンジョー村、明後日のエンジョー村、未来のエンジョー村が今よりもより良いものになるよう懸命に働いていたのを。そう、諸君らも知っているだろう。アスベスト君こそ、この村の未来を託すのに相応しい人物であることを!!!」


 皇子の言葉に不覚にも涙が出そうになった。

 いつも何かにつけておちょくってくるくせに、その裏では俺のことをそこまで評価してくれていたのか!


 別に俺は誰かに認められたくて頑張って来たわけじゃない。ただただ村のことを思って力を尽くしてきただけだ。

 それでもこうして自分の努力を理解してくれるのは染みる。

 それがたとえ村をつまらない理由で燃やそうとしてきたクソ皇子の言葉であってもだ。

 

「そうだ! 俺たちの村長はアスベストしかいない!!」

「エルフだもの、失敗もあるさ。罪を憎んでエルフを憎まず!」

「アスベスト、これからもよろしく頼むぞ!!」


 そこへみんなの温かい声が降り注いできたものだから、もう感極まらずにはいられない。

 目元がかぁと熱くなって、とめどなく涙が溢れてきては頬を伝っていく。

 

 俺はエルフとして決して許されないミスを犯した。そのミスのおかげで下手したら村全体が焼け落ちていてもおかしくなかった。

 なのにそんな俺がまだ村長をやっていていいのか?

 みんなの為に働かせてもらって本当にいいのか?

 

「さぁ、アスベスト君、涙を拭いて立ちたまえ。皆は君が立ち上がり、これまでと同じように村を導くことを望んでいる」


 皇子が手を差し伸べてくる。

 まだ十歳かそこらの、幼い手だ。しかし、その手の持ち主は力強い言葉で、崩れ落ちかけていた俺の心を懸命に引き上げてくれた。


「な、馴れ合いはしない。ひとりで立てる」


 だからもうそれだけで十分。ここから先はいつもの関係に戻らせてもらう。


「なんだね、ここは素直に手を取って、ふたりで皆の歓声に応えるのがお約束であろうに」

「お前はこの村を焼こうとする敵だ。そんな奴と仲良くなんて出来るか!」

「相変わらず頭が固いなァ、アスベスト君は」

「うるさい、黙れ。殺すぞ、クソ皇子」


 悪態をつきながら膝に力を入れる。さっきまでの脱力がウソだったかのように、ごく当たり前に地面から膝が浮き上がった。

 これもきっと皇子のおかげ、なんだろうな。

 やっぱりここは礼のひとつでも言って――

 

「殿下! ご無事でしたか!!」

 

 そこへやじ馬をかき分けてエルフカフェのマスターがやって来た。

 

「うむ。吾輩は無事である」

「よかった。村役場が燃えたと聞いて、殿下に何かあったら私の責任だと思って肝を冷やしましたよ」


 心底安心したとばかりにマスターが胸を撫で下ろす。

 が、その一方で俺の胸は「あれれ? なんだかおかしいぞ?」と騒めき始めていた。

 

「マスター、村役場が燃えてこいつに何かあったらとはどういうことなんだ?」

「ああ、アスベストさん、おはようございます。いえ、昨夜遅くのことなんですが殿下が困っておられましてね。なんでも侍女さんの魔力切れで帰れなくなったそうで、この村に一泊したいというのですよ。でもほら、村にはエルフ宿屋なんてないじゃないですか。でも、そう言えば旅のエルフには村役場の仮眠室を貸してあげてるのを思い出しまして。だから皇子にそちらを案内したのですが、その村役場が火事になったと聞き思わず慌てふためいた次第でして」

「うむ。今更だが礼を言う。おかげで――」

「おい、ちょっと待て。お前、昨夜は村役場に泊ったのか?」

「うむ。一晩寝てアヅチの魔力を回復させてもらおうと思ってな。しかしアレだな、アスベスト君、あの仮眠室はなんとかせんといかんな。アレでは吾輩、十分な睡眠をとることが出来ん。おかげで夜明け前に目が覚めてしまった。それでちょっと見学させてもらおうと役場内をうろついたところ、村長室から灯りがもれていてな」

「なんだと!? もしかしてお前」

「そうしたら吾輩、驚いたぞ。アスベスト君、君はなんでもかんでも自分でやろうとしすぎだ。エルフ小学校の給食の献立なんて栄養士に任せたまえよ。ともかく組織のトップの仕事としては無駄が多すぎる。書類を見てはこれも無駄、あれも無駄と次から次へと丸めてはぽいぽい投げ捨ててやったよ。そうしたらいつの間にか部屋が火に包まれていた」

「おい!」

「不思議なこともあるものだ。なんだね、エルフの村では丸めた書類が自然発火するようにでもなっているのかね?」

「馬鹿野郎! お前が投げ捨てた書類にランプの炎が燃え移ったんじゃねぇか!!」

「ん? そうなのか? とにかくこれはいかんと吾輩は眠っているアヅチを起こして村役場から脱出、このままでは村全体に燃え移る可能性もあるからエルフ消防署へ通報したのだ。やはり村を全焼させるのは吾輩の魔法であるべきで、こんなつまらない火事でそんなことになってしまっては――」

「貴様ッ! ここで殺す!」

「アヅチ、逃げるぞ!!」


 今までどこにいたのか。突然アヅチ嬢と魔法陣が現れ、次の瞬間にはいつものようにふたりの姿が消えていた。

 くそう、あの野郎、一瞬でも感動した俺が馬鹿だった。次会ったら今度こそぶっ殺す!!

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