第12話:燃えるならベッドの中で……
タイカ王国・ダイエンジョー森林。
この森にある我らエルフの隠れ里が、人間のクソ皇子に狙われている!
当初はとにかく皇子を排除することだけを心掛けていた。
が、気が付けばいつもあいつのペースになって、まんまと火を付けられては逃げられている。
さすがにこのままではいかん。そろそろ学んでいい頃ではないか、アスベスト。
ということでクソ皇子のことをよく知って対策を練るべきだと思い至った。
幸いにも村を守る結界については、偉大なる魔法使いナナカマー様に連絡を取ってもらえることになった。
ナナカマー様ならもう二度と皇子が侵入出来ないよう、結界を強化してもらえるはずだ。
となればそれまでの間、俺は皇子のことを知り尽くしてヤツの行動を先読みして村を守るだけ。
王都では意外な皇子の評判に面食らったが、よく考えたら誰よりももっと詳しく皇子を知る人が近くにいたではないか。
そう、侍女のアヅチ嬢だ。
彼女に近づき、さりげなく皇子のことを聞き出す。簡単な仕事だ、と思っていたのだが……。
「私……アスベスト様のこと好きになれません」
皇子がエルフ小学生たちと遊びに出かけた隙にアヅチ嬢へ話しかけたら、何だか知らないがいきなり嫌われていた。
「誠に申し訳ございませんでした」
俺は床に両手両足をつき、深々と土下座した。
どうして嫌われているのかは分からんが、とにかくこういう時は謝るに限る。ちなみに土下座はエルフの世界で最も謝意を表現する方法だ。
「ど、土下座なんてやめてくださいよぅ、アスベスト様」
「いえ、ちゃんと謝っていませんでしたよね、あの時のこと」
「あの時、ですか?」
「ほら、アヅチさんの服に火が燃え移って、慌てて俺がかまいたちを放った時のこと」
「あ、ああー。あれですか。あれはでも不可抗力ですしー」
「だけどあれで怒っておられるんですよね!」
俺は再びおでこを床に押し付けて詫びる。この時、おでこは床へえぐりこむように押し付けるべしと子供の頃に教わった。これで大抵のことは許されると。
もっともこれでダメならその時は熱々の鉄板の上でやる『焼き土下座』という方法がまだ……。
「いえ、別に。そりゃあ裸を見られたのは恥ずかしかったですがー」
「すみませんでした! 焼き土下座、させていただきますッ!」
「いやいや、だからそうじゃなくてー。……あのですね、私、多分アスベスト様に嫉妬してるんです」
「へ?」
嫉妬されることなんて何一つ思い当たらないが……あ、もしかしたら!
「実はエルフになってみたい……とか?」
「いいえ、それは全然思わないですねー」
あ、そうですか。
「ホンノー様ってとても王国民からの支持が高いんですー」
「知ってます。王都で酒場をやってる仲間のエルフから聞きました」
「でも、それってホンノー様が頑張って賢い皇子を演じているからなんですよー。ホンノー様にはふたりのお兄様がおられまして立派な方々なのですが、王国を担うにはちょっと問題のある性格をされてまして。なのでホンノー様は自分が王の位を引き継ぐことが出来るよう、今のうちにあれやこれやと手を打っておられるのですー」
ふたりの皇子ってのはアレか、
「あ、ホンノー様でも同じだと思ってますねー?」
「え? いや決してそんなことは」
「隠さなくてもいいですよー。実際、ホンノー様もちょっと困った方ですからー」
それを侍女の君が言う?
「ですがそれをホンノー様自身も自覚し、決して民の前ではそのような姿を見せない気概こそ王の器に相応しいのです。そう、ホンノー様が本当の姿を見せるのは物心ついた頃から一緒の私だけ……だったのですがー」
アヅチ嬢がジロリと俺を睨んできた。
うっ。まだ子供だってのになんて迫力だ。まるで蛇に睨まれた蛙のように動けん。
「それなのにどうしてアスベスト様の前では素のホンノー様にお戻りになられるのですかー! それがアヅチとしては納得できないのですー! ちょっとエッチで、ちょっと困った性格のホンノー様を知っているのはアヅチだけなのにー!!! どうしてなのですかー!!!!!」
そしてぷんすかと両手両足を交互に振り上げて地団駄を踏み始めた。
さっきまでの迫力はどこへ行ったんだ、アヅチ嬢!?
「いや、どうしてと言われても俺の方こそ知りたいが……てか、俺が嫌われている理由ってそれなの!?」
「そうですよー! だって悔しいじゃないですかー。こっちは長い年月をかけて信頼関係を築いてきたのに、ひょいっと出てきたばかりのアスベスト様にホンノー様が懐いちゃったんですよ? 一体どんな手を使ったんですかー!?」
「俺は別に何もしてないですよ! あのクソ皇子が勝手にこっちへちょっかい出してくるだけで、正直大迷惑なんですが!?」
「でも、その迷惑をかけられるところに『ああ、私、ホンノー様に信頼されてる!』って気持ちになりませんか!?」
「なりませんよ!」
「ウソですよ! なにかホンノー様にされる度にゾクゾクとした快感を覚え、そこにホンノー様の愛を感じ……」
不意にアヅチ嬢が口を閉じた。
一体どうしたのか。いや、そもそもあのクソ皇子に迷惑をかけられて悦ぶアヅチ嬢自体、一体どうしてしまったのか、なのだが。
「そうか愛……分かりました! おふたりはそういう関係だったのですねー!」
「はい? えっと、言っている意味がよく分かりませんが?」
「隠さなくてもいいですよー。私、もう全部分かっちゃいましたから。そうかぁ、そういう関係だったんですねー。だったらホンノー様が本当の姿をアスベスト様にさらけ出しちゃうのも納得ですー」
「ちょっと待ってください。なんだかすごく嫌な誤解をされているような気がする!」
「大丈夫ですー。私、そういうのには寛容ですから! で、どちらが攻めでどちらが受けなんですか!?」
「攻め? 受け?」
「やっぱりホンノー様が『アスベスト、いい加減、素直になれよ』って感じなのですかね? それともアスベスト様が『いっつもいっつも俺にちょっかいを出してきやがって。可愛い奴め』って感じなのですか!?」
「……いや、ホント、何言っているんだかちょっと分からない」
あのクソ皇子が可愛い!? そんなこと、これまでこれっぽっちも考えたことがない!
「あの私、ホンノー様とアスベスト様の事、応援してますからー!」
「えっと、それはつまりうちの村がクソ皇子に燃やされないよう助けてくれるってこと?」
「きゃー! 燃えるのは村じゃなくてベッドの中だけでいいってアスベスト様、大胆ですー!」
「いや、ベッドも燃やされては困るのだが……」
「はぁ。なんだかすべてが分かっちゃったらお腹が空いてきました。そうだ、アスベスト様、この前の動画撮影の時に話したオソマを持ってきましたよー」
「オソマ? ああ、
何がなんやらよく分からないが、どうやらアヅチ嬢の機嫌が直ってくれたらしい。
まぁ代わりにもっと良からぬ誤解が新たに生まれたような気もしないではないが、それはとりあえず置いといて、せっかく仲直りしたのだからここはオハウでも囲んで当初の予定通りクソ皇子の情報を彼女から聞き出そう。
「アスベスト様、はい、これがオソマですよー!」
「オソマですって、これ、ウンコじゃないですかーっ!!」
「ウンコじゃないですよー。遠く東の国では味噌って呼ばれている調味料ですー」
「いや、絶対これウンコですって!!」
が、いきなり重箱いっぱいのウンコを突き付けられて再び困惑した。
やっぱり俺、アヅチ嬢に嫌われているんじゃないか?
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