番外編:ツルペタ冒険譚その一

 タイカ王国・ダイエンジョー森林。

 私が王都にほど近いこの森にあるエンジョー村を旅立って、すでに20年が経過していた。

 あれから一度も村には帰っていない。

 お父さんは元気だろうか。

 お母さんの作ったパイが恋しい。

 お爺ちゃんは相変わらず朝風呂が大好きなのだろうか。

 

 そして恋人――アスベストはまだ私を待ってくれているだろうか。

 

 彼のことを想うと胸が苦しくなる。出来ることなら今すぐにでも村へ、彼のもとへと帰りたい。

 でも、それは出来ない。

 何故なら私はまだ旅の目標を果たしていないから。

 自分の目で世界を見て回りたい。そんな想いで村を飛び出した私、エンジョー村のエルフ・ツルペタの旅は20年経ってもなお道半ば……どころか、始まりの街・タイカ王国の王都からいまだ先へ進めないでいた。

 

 

 

「ほお、全ての属性の魔法が使える上に、回復の術も会得しているのか」


 頭のてっぺんから足先まで、全てが筋肉の塊みたいな人間の戦士が私のプロフィールを見て感嘆の声を上げる。

 

「はい。ひたすら王都近くのスライムを倒してレベルアップしてきました。きっと皆さんのお役に立てるかと思います」

「いいねぇ。女エルフの魔法使いは俺たちも欲しいと思っていたところだ」

「それでは!」

「だが、すまんが他を当たってくれ」


 色よい返事に思わず腰を浮かしそうになった私を、しかし男は嘲るような笑顔を浮かべて制する。

 分かっていた。分かっていたんだ。だってこいつも私を見た途端、子供みたいなその身体にがっかりしたような顔を浮かべていたもの!

 

「いくら優秀でもおこちゃまエルフはいらねぇんだ」

「子供ではありません。確かに身体は同年代と比べて未熟ですが、こう見えて200歳以上生きております」

「年齢は関係ないんだよ、嬢ちゃん。ただ俺らにそっちの趣味はないってことさ」


 そう言って男が「女エルフの魔法使いと聞いて期待してたんだけどな」と溜息を零す。

 溜息をつきたいのはむしろこちらの方だ。

 どうして人間はみんなこうなのだろう。私は安全に世界中を旅したいから、強い仲間を求めている。そのためには私自身も相手から求められるようにと力をつけてきた。

 なのに何故だか人間は私の能力よりも見た目を重視する。


「じゃあな。まぁ難しいとは思うが、あんたみたいなのが好みのロリコン野郎が現れるのを願っているよ」


 男が席を立って冒険者ギルドから出て行く。

 私はまた落ちたとがっくりと首を垂れた。男の残した「ロリコン野郎」って言葉が頭の中で何度も繰り返される。


 ロリコン……思えばこの言葉を結構耳にするような気がする。


 そう言えば昔、一緒に村を出た友達も「ツルペタみたいなのが好きなロリコン戦士もきっといるよ!」と言っていた。

 その子は冒険者ギルドに登録するやいなやすぐに仲間が見つかって旅立っていったけど、その前に「ロリコンって何?」と聞いておけばよかったなと今になって後悔する。

 

 ギルドを出て、ひとり王都の小道を歩きながらも思考は止まらない。

 ロリコンって何だろう? 察するに見た目ではなくて能力を重視する実力主義者のことだろうか。

 ああ、だったら一日も早くロリコンな人間に早く会いたい。そして世界を見て回って、アスベストが待つあの村へ戻りたい。

 

 そんなことを想いながら、気が付くとケツアゴエルフのマスクさんの店の前まで来ていた。

 夜は普通の酒場だけど昼間は何でも屋のような存在で、私もたまにお世話になっている。

 が、今日は特別用事もなく、そのまま通り過ぎようとしたのだけれど……。

 

「そうだ、アスベスト。ナナカマ―様が半年前ぐらいから王都に来てるぜ」


 中から愛しいあの人の名前と、同じ村出身の偉大な魔法使いの名前が聞こえてきて、驚いて窓から店の様子を覗き見した。


「なんだって、ナナカマー様が!?」


 ああ、あああ……!!

 懐かしいその顔、その声!!

 そこにいたのはまさしく私の恋人アスベストだった。

 少し疲れ気味に見えるけど、精悍な顔つきは変わらない。いや、むしろこの20年という年月で逞しさがさらに増し、ピンと張った両耳はまだ若いながらもどこか威厳が感じられるようになった。


「なんとか連絡を取って、村へ一度顔を出してもらえるよう頼んでやろうか?」

「ああ、是非頼む!」

「任せとけ。アスベスト村長様の期待に応えてやるよ」


 アスベスト村長!?

 え、アスベスト、あなた、村長になったの!?

 まだ若いのに凄いわ、アスベスト! でもあなたならそれもおかしくない。だってあなたは昔から誰よりも村のことを思っていて、子供の頃からエルフ示現流剣術を極めようと日々鍛錬し、村を人間たちから守ることに使命を感じていたもの。

 

 そうね、あなたが村長になったのなら村はきっと大丈夫。あなたなら何があっても村を人間たちに燃えさせたりはしない。

 私たちが子供の頃によく一緒に遊んだエルフ物置小屋、村人たちの憩いの場であるエルフ銭湯、私たちのデートの定番だったエルフ酒場……きっとどれも想い出と全く同じままなのでしょうね。

 

 出来ることならこのままずっと恋人の顔を眺めていたかった。

 ううん、それどころか今すぐ店の中へ入って、久しぶりの再会を果たしたい。


 だけどそんな感情をぐっと堪えて、私はお店の窓からそっと離れる。

 今はまだ会えない。会える資格がない。

 だってアスベストはこの20年で村長にもなって頑張っているのに、私はまだ何一つとしてやり遂げていないのだもの。

 世界を見に行ってくると村を出たのに、結局王都しか知らない私。これではとても恋人として彼の横に立つことなんて出来ない。

 

「待っていてアスベスト。私、一日でも早く仲間を見つけて、速攻で世界を回って帰ってくるから」


 とりあえず冒険者ギルドに登録しているプロフィールに「ロリコン希望」と付け加えてこよう。全てはそこからだ。

 私は今来た道を引き返し、王都の小道を駆け出した

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