第11話:エルフ村、燃やすなら……
タイカ王国・ダイエンジョー森林。
この森にある我らエルフの隠れ里から数時間歩いたところに、タイカ王国の王都がある。
「はいよ、注文の品だ。それにしてもお兄さん、本当に男前だねぇ。どこかのエルフの隠れ里のもんかい?」
「いや、各地の森を転々としているジプシーエルフだ。故郷の村はとっくに燃えた」
「森暮らしも大変だろうに。よかったらこの街に住んだらどうだい? あ、でもあんたたち男エルフは街住まいが長くなるとアゴが割れちまって、せっかくの色男が台無しになってしまうねぇ」
「街では風の精霊様の加護が得られないからな」
「まぁしばらくこの近くの森にいるならまた来ておくれよ。お兄さんなら色々よくしてあげるからさ」
そう言って店のおばちゃんがウィンクしてみせた。人間の年齢で40そこそこだろうか。妙に熱い視線をさっきから感じる。
その視線から早く逃れたくて、俺は礼もそこそこ足早に店を出た。
が、焦ったせいでフードを被り忘れたのは致命的なミスだった。
「見て、イケメンのエルフよ!」
「ホント! イケメンだわ!」
「お兄さん、いいことしてあたしと遊ぼうよ!!」
店から出た途端、次から次へと人間の女たちが押し寄せてくる。
ヤバイ、エルフ狩りだ!!
エルフの村を焼くのはもっぱら人間の男たちだが、では女たちは無害なのかと言えばとんでもない。彼女たち――とりわけ若い女性たちは俺たち男エルフを見かけると「イケメン!」という謎の呪詛を吐いて我先にと捕まえようとしてくるのだ。
そして捕まったが最後、そいつは尻子玉を抜かれてもうそれまでの純粋なエルフには戻れないと言う。
一体どんなおぞましいことをされるのかは分からない。
だからとにかく逃げるに限る!
「秘技エルフ逃亡!」
俺は懐から風の精霊様の力を封じ込めた魔石を取り出すと、地面へ力強く叩きつけた。
俄かに巻き上がる風が周囲の女性たちのスカートの裾を大きく広げる。
慌ててスカートを抑える女性たち。その隙に俺は近くの狭い路地へと駆け込んでいった。
「悪ィけどまだ店はやってな……お、珍しいな、村長様のお出ましとは」
フードを深く被りながら幾つもの路地を全力疾走してようやく辿り着いたその店で迎えてくれたのは、これでもかとばかりに見事なケツアゴの中年エルフだった。
名前をマスクという。
長い金髪を後ろで三つ編みにし、ほどよくシャープな顔の輪郭をしているが、いかんせん長く人間の街に住んでいる為にアゴが凄まじく割れている。その割れっぷりから口の悪い奴なんかは「アゴマスク」と呼ぶほどだ。
仕事は王都でバーを経営……が表の顔だが、実際は何でも屋だ。
元冒険者として世界中を旅して回っていた為かあらゆるものを調達してくるし、買取もしてくれる。色々と顔も広い。俺はあまり詳しくは知らないが、荒事だってこなしてみせるという。
「す、すまないがビールをいっぱい頼む」
「だから店はまだやってないって、ああ、なんだかえらく息が上がってるなと思ったらエルフ狩りから逃げてきたのか。仕方ねぇなぁ」
魔導ビールサーバーから注がれた深い琥珀色の液体に満たされたグラスを受け取ると、俺は一気に呷る。
まろやかな泡の中から現れる黄金のオアシスがたちまち乾いた口を潤し、深いコクと複雑な旨味がすぅっと喉を駆け抜けていった。
「ぷはぁ。やっぱり美味いな、エルフビール!」
「ああ。『エルフ、ちょっと贅沢なビールです』って奴さ」
そんな俺を何やら面白そうに見ながら、店内に誰もいないのをいいことにマスクが大声で切り出した。
「で、とうとう村が燃やされちまったから街に出てきたのか?」
ブーッ!!!!!!!!!!
せっかくのエルフビールを思わず噴き出す。
「ち、違うッ! そう簡単に村を燃やされてたまるかッ!」
「なんだ、違うのか。ホンノー皇子の動画で『この後に村は美味しく燃やしました』ってあったから俺はてっきり」
「美味しく燃やすって何だッ!? あれはあのクソ皇子が勝手にやっただけだ!」
「そうなのか。残念、村長様もこれでケツアゴ仲間だなと思ったのに」
「そんな仲間になってたまるか。それよりも今日はその皇子のことについて聞きにきたんだ」
あとエルフビール、もう一杯おかわり!!
「ホンノー皇子のこと? どうしてそんなことを知りたがる」
「だっておかしいだろう? うちの村はナナカマー様の張った強力な結界で守られているんだぞ」
「ああ、人間は立ち入れないどころか村を認識することすら出来ないっていうアレか」
マスクがおかわりのビールを差し出しながら、俺が噴き出したせいでびしょ濡れになったカウンターを拭く。
「そう。なのにあのクソ皇子ときたらまるでピクニック感覚で村へ侵入してくるんだ! どうなっているんだ、一体!?」
「さぁなぁ。でもジー王家は勇者の末裔だからな。結界を打ち破る特別なアイテムでも持っているんじゃないか?」
「なに!? そんなものがあるのか!?」
「知らんけどな。でもあってもおかしくはない。なんか覚えはないのか? 皇子が変わったアイテムを身に付けていたとか」
「うーん。あ、そうだ、それで思い出した! そのクソ皇子からこれを立て替えていた代金の代わりにと渡されたんだが、これを売ったら幾らになるだろう?」
俺は背負い袋の一番下に押し込んでおいた『馬鹿には中身がうっすら透けて見える羽衣』を取り出して、マスクに手渡した。
「なんだこりゃ? まるでクラゲだな」
「皇子曰く最強の防具らしい。実際、飛んできた弓矢を弾き返すのをこの目で見た」
「へぇ。そいつは凄い。魔法使いなら垂涎物だな」
「ただしこれ以外の装備や服は何も身に付けれないそうだ」
「は? では何か、これを着た奴はほとんど裸みたいな状況で戦わなくちゃならん、と?」
「ああ。皇子のポコチンがうっすら透けて見えて実に不快だったぞ」
「売りもんになるか、そんなもん!」
マスクがぽいっと俺に羽衣を投げ捨ててくる。
「なに!? クソ皇子が何百万ゴールドもすると言っていたぞ!」
「確かに性能的にはいい値段するかもしれんが、誰も欲しがらなきゃ意味がねぇよ」
「マジか!? くそう、あのクソ皇子めぇ!」
俺の10万ゴールドを返しやがれ!!
「しかし、ホンノー皇子がこんなのを着て村にやってきたというのか?」
「ああ。しかも堂々とな」
「信じられん。あの聡明な皇子がこんなものを――」
ブブブブッッッーーーーーーッ!!!!!
思わずまた口に含んだばかりのエルフビールを噴き出してしまった。
「汚っねぇなぁ。なんだよさっきから」
「ゴホッ! ゲホッ! あ、あんたが悪いんじゃねぇか! あんたがあまりにアホなことを言うから!」
「アホなことってなんだよ?」
「あのクソ皇子が聡明とかなんとか言っただろうがッ!」
「お前こそ何を言っている? ホンノー皇子は優秀なお方だぞ?」
マスクが言うには現在ジー王家には三人の皇子がいて、その中でもあのクソ皇子は最も有能で国民からの人気もあると言う。
はっはっは、騙されるわけねぇだろ、そんな嘘。
が、マスクはさらに「エルフ村について三人の皇子が詠んだ歌がある」と言ってきた。
『見つけたら 燃やしてしまえ エルフ村』(詠み手:エンリャク・ジー)
「これが長男のエンリャク様の歌だ。
「単なる危険人物じゃないか!」
「まぁでもこれが人間、とりわけ男の間では常識だ。が、エンリャク様は少々攻撃的すぎてな。王位を継承されたら即刻他国へ戦争をふっかけるんじゃないかとみんな心配している。で、次が次男のキンカク様がお詠みになった奴だ」
『燃やさずに 生かして搾れ エルフ村』(詠み手:キンカク・ジー)
「お、エルフ村を燃やさないとは次男の皇子はいい奴じゃないか!」
「馬鹿! 『生かして搾れ』だぞ? つまり燃やさない代わりに税をとことん毟り取れと言っているわけだ。それこそキンカク様が王位に就かれたらケツの毛まで毟り取られて、村にはぺんぺん草すら生えてこないぞ」
「エルフにケツ毛は生えてこないからイマイチよく分からんが、とにかくこいつもダメそうなのは分かった。で、あのクソ皇子の歌は?」
「ああ、これだ」
『燃えるまで 楽しんでみよう エルフ村』(詠み手:ホンノー・ジー)
「やっぱりこいつが一番ヤベェじゃねぇか!」
「何を言っている? いつか燃やされる運命とはいえども、それまでは精一杯楽しんで生きるべきだっていうホンノー皇子のエルフへの温かい心使いが分からんのか?」
「絶対違う! これは燃やすまでせいぜい楽しませてもらおうという意味だ!!」
普段のあいつを知っていたら絶対そんな前向きな受け取り方なんて出来るものかッ!
「どうにも話が噛み合わんな。とにかく村長様が皇子の何を知っているのかはしらんが、俺たち王都に住む者からしたらホンノー皇子は国民に期待されている若君なのだ。他の皇子たちから年の離れた第三皇子ゆえ王位継承は難しいとは言われているが、多くの国民は国を任せるならホンノー様しかいないと思っている」
「……マジか」
さすがにここまで言われると、マスクが俺にウソをついてからかおうとしているわけではないと分かった。
それでもどうにも信じられない俺に、マスクはいかにクソ皇子が素晴らしい人物なのかを語ってみせる。
やれ庶民を苛める貴族を国外に追放したとか、誰でも自由に商売が出来るよう法改正した中心人物だとか、王族にも関わらず気さくな性格でみんなにやさしく声をかけてくれるとか。
中でも街の中心部にある私邸を取り壊して新たに建設したスーパー銭湯は、その格安な値段も相まって皇子人気を不動のものにしていると言う。
むぅ、聞けば聞くほど俺の知っているクソ皇子とは程遠いんだけど。
皇子のことを知り、あわよくば弱点でも聞けたらいいなと思ってマスクの元を尋ねたが、逆にもっと分からなくなってしまったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます