第10話:色々とやらかしたエルフたち

 タイカ王国・ダイエンジョー森林。

 王都にほど近いこの森にある我らエルフの隠れ里に、先日新たなモニュメントが出現した。

 その名も『アヅチ嬢、怒りの鉄拳』、もとい『ゲンコツ岩』。

 ジャイアントゴーレムばりの巨大な岩のゲンコツが地面からにょきっと生えており、最近は主に若いエルフの自警団たちが覚えたてのファイアーボールをぶつける的として大活躍している……のだが。

 

「アヅチ、準備はよいだろうか?」

「はいー、ホンノー様」

「ではアスベスト君、やってくれたまえ」


 言われて俺は仕方なくゲンコツ岩の上に立つクソ皇子に空中浮遊の風魔法を唱えてやると、皇子は大袈裟に身体をのけぞらせてBAKOOOOOOOOOOOMと空へ吹っ飛ぶ。

 そして「ドシャアッ!!」と自ら効果音を口にして、地面へ頭から落ちた(もちろん空中浮遊のおかげでダメージは全くない)。

 

「はい、オッケーです。撮影出来ました」

「うむ。しかし実にクルマダ飛びの撮影にぴったりだな、これは。上手くやればたちまち人気スポットになって観光客が押し寄せるぞ」

「人間どもに押し寄せてもらっては困るんだよ!! てか、本当に大丈夫なんだろうな?」

「吾輩を信じろ。なんせ今回は『ホンノー皇子は見た! 人類未踏の奥地でエルフの隠れ村を発見!』ってタイトルだからな。今時こんなものを真に受ける奴なんておらん。やらせだとみんな思うさ」

「ううむ、いまひとつ信用ならんのだが。それにそのユーツーブだっけ? 動画配信とか言われても何が何やらなんだが」

「せっき説明したろう。この世界の地下には世界樹ユグドラシルの根っこが広がっている。それを利用して動画や音楽、文字情報を配信、一瞬にして世界中で共有できるようになっているのだ。そして吾輩は動画配信アプリ・ユーツーブの配信者ユーツーバー・ホンノーなのだよ」


 ううむ、改めて説明されても俄かには信じられんな。

 勿論、世界樹ユグドラシルは知ってるし、その根が世界中を網羅しているのも幼い頃に習った。が、それを利用して情報や動画を配信って、そんなことが出来るのか? いや、そもそも可能だとしても何と言うかとんでもない神への冒涜行為のような気が……。

 

「とにかくだ。父上から『ホンノーもそろそろ新しいことに挑戦してみてはどうだろうか?』と言われてな。ならばとユーツーバーになって『燃えるホンノー・ジー・チャンネル』ってのを開設したのだ。まだまだマイナーだが、そろそろがっつり登録者を増やしたい。勿論協力してくれるよな、前回アヅチにあんなことをしたアスベスト君?」


 くっ、それを言われると辛い。

 おまけにアヅチ嬢も必要な会話以外は完全に俺を避けているし。

 ううっ、クソ皇子の動画はどうでもいいが、アヅチ嬢にこのまま嫌われるのはなんとも気まずい。撮影に協力しつつ、なんとか心証を良くして名誉回復せねば。

 

 

 

「うむ、あとは何か村の名物料理を食べさせてもらおうか」


 撮影は拍子抜けするほど順調だった。

 というか、どこを紹介しても「ほう、これがよく燃えると噂の」と、とにかく「よく燃えると噂の」の前口上を付ける感想だけで終わった。

 いいのか、それで? まぁ、確かにどこもよく燃えるのだけれども。

 

「村の名物料理か。俺が握った握り飯でいいか?」

「いいわけなかろう。誰がアスベスト君の脇で握った握り飯なんぞ食うものか」

「くっ。脇で握るとよく分かったな」

「そうではなく、ちゃんとした料理を出したまえ。せっかくここはアヅチがリポーターを務めるのだから」

「なに、アヅチさんが? それを早く言え、クソ皇子。ならばとっておきの奴のを食べさせてやろう」


 おあつらえ向きに今朝、ちょうど村のエルフ猟師が獲ってきたばかりの奴がある。

 あれを使った料理ならアヅチさんも機嫌を直してくれるに違いない。よし、ここはひとつ俺が腕を振るってご馳走しようじゃないか。

 

「あ、あの……」


 そこへ次の撮影の準備を整えたアヅチ嬢が戻ってきた。

 

「って、なんて格好してるんですかっ、アヅチさん!」

「ち、違うんです! これはホンノー様がこれを着ろって」


 一瞬また裸かと思ってしまうほど、上はわずかな胸の膨らみのさらにそのぽっちだけを覆うような小さな生地、下も下で最低限の部分だけを隠し、お尻なんかほとんどヒモのような水着に身を包んだアヅチさんが、慌てて手にしていたマントで前を隠した。

 

「おい、変態皇子! お前はまたなんてものをアヅチさんに着せやがるんだ!」

「なんてものとはお言葉だな。あれはマイクロ水着と言って、女性ユーツーバーにとってはPVを稼ぐにうってつけの装備だぞ」

「ウソつけ! そんなものすぐに規制が入って削除されるだろ!」

「大丈夫だ。削除されないギリギリのラインである」

「そもそもアヅチさんの年齢的にもヤバイだろ。児ポだ、児ポ!」

「エルフではどうか知らんが、吾輩の国では女性の児ポ法対象者はまだお赤飯を炊いていない子までだ。それにその理屈で言えば前回の君は完全に犯罪者なわけだが」

「あれは不可抗力だろ!」


 そもそもお前はうちの村を焼き払いたいのか、それともアヅチ嬢をエロいめに会わせて楽しみたいのかはっきりしろ!

 

「あ、あのアスベスト様、私、大丈夫ですから」

「え? いや、しかしアヅチさん……」

「大丈夫です。きわどいですけど、それでも今回はちゃんと隠れているわけですし……ホント、大丈夫ですから」


 と言ってもやっぱり身体が震えているし無理はしない方が……と思っていたら、皇子が勝手に「ではスタート!」と映像記録結晶カメラをこちらに向けてきた。

 

「はい。ここからは私、ホンノー皇子の侍女・アヅチがエルフ村の名物料理をご馳走になっちゃいますよー! よろしくお願いしまーす!」


 しかも慣れたものでカメラが回されるやいなやアヅチ嬢の身体の震えは止まり、表情も明るいものになって話し始めた。

 

「村長のアスベストさん、一体何を食べさせてくれるんですかー?」

「え? えーと、その、今朝ちょうど村の猟師がワーベアを倒してきまして」

「わぁ、ジビエ料理ですね! 私、食べたことがないです。これは楽しみですねー」

「そ、そうですか。ではまずこちらをどうぞ」

「これは? ……えっと、これを生で?」

「はい。ワーベアの脳をチタタプしたものです」


 アヅチ嬢の花の蕾のような口が「は?」と半開きになり、疑うような目で俺へ「マジで?」と訴えかけてくる。

 え、ちょっと待って。アヅチ嬢のそんな表情、初めて見たんだけど。

 俺、何かした?

 

「これに塩を振りかけて食べるとすごく美味しいんですよ!」

「え、ええっと……」

「ぜひご賞味ください、騙されたと思って」


 どうぞと匙で掬うとアヅチ嬢の可愛らしい口元へと運ぶ。

 彼女の目がカメラを回す皇子へと何やら助けを求めているようだったが、やがては目を瞑りおずおずと小さな舌を匙へと伸ばした。

 

「……あ、美味しい」

「でしょ!」

「はい、とても美味しいです! あ、ちなみに美味しいってエルフの言葉ではなんと言うんですかー?」

「ヒンナです」

「ヒンナ! これはとてもヒンナですね!」

「はい、ヒンナヒンナです」


 良かった。喜んでもらえた。

 

「では次にワーベアの肉、さらには肉と骨をこれまたチタタプして作った団子、そこへギョウジャニンニクやユキザサも入れて煮込んだオハウです」

「鍋物ですねー。これは身体が温まりそうです」


 鍋から一通り具材を掬い上げ、椀をアヅチ嬢へ手渡す。

 湯気越しに見える、ふーふーと椀へ息を吹きかける彼女の頬が膨らんだりへこんだりしてなんとも微笑ましいなと思っていると、アヅチ嬢はエルフ箸を器用に使ってギョウジャニンニクの絡んだワーベア肉を口へと運んだ。

 

「わー、これもすごくヒンナですー!」

「でしょう? 是非もっと食べてください」


 はふはふとアヅチ嬢が口へ運び入れる度、彼女の身体がほんのりと桜色に色づいていくのが分かった。

 あー、温かいものを食べると身体もぽかぽかしてくるけど、こうして肌色も変わっていくのは見ていて面白いな。最初見た時はあの変態のクソ皇子めと思ったけれど、料理リポートに水着姿は案外ありかもしれない。

 

 まぁ、それでもさすがに生地が小さすぎるとは思うけれど。

 

「これ、オソマを入れても美味しそうですねー」

「オソマ? なんですかそれ?」

「調味料です。今度持ってきますね」


 それは楽しみ……あ、いやいや、出来れば人間は二度と来てほしくないのだが。

 

「はい、カット。うむ、いい感じに撮れたぞ。ところでアスベスト君、もしかしてこの辺りの川で砂金が獲れたりするのか?」

「砂金? いや、俺は聞いたことがないが」

「では村人たちの中に変な刺青をした者は?」

「そんな不良エルフはこの村にはおらん。一体何故そんなことを訊く?」

「うむ、なんとなくだ」


 なんだそれ意味が分からん。

 

 

 

 後日。

 我がエンジョー村もついにユグドラシルネットへ繋がった。

 王都に住む同胞のエルフが通信会社を立ち上げており、いい機会だからと村全体で契約したのだ。


 冬の池に張った氷のように、薄く削られた水晶版に映像が映った時は実に驚いた。

 なんでも水龍族が使う通信魔法を応用したものらしい。そう言われても理屈はさっぱりだが、とにかくすごい時代になったもんだ。

 

 皇子の動画も見た。

 存外にちゃんとした村の紹介内容になっていてこれまた驚いた。コメント欄を見たら「村のセットがやたら豪華だな」「ホンモノに見える。さすがは王族!」と誰も信じていなくてほっとしたが、逆になんだか口惜しくもある。

 

 一番コメントが付いていたのはやはり料理レポートだ。

 そのほとんどがアヅチ嬢に対する賞賛、このコーナーに彼女を配した皇子への評価だったけれど、中には料理そのものへの興味を持ってくれた人や「こいつはヒンナだぜ!」「チタタプ! チタタプ!」と好意的にエルフの言葉や文化を受け入れてくれた人もいて結構嬉しい。


 今は人間に見つかると燃やされるエルフの村だけれど、こういうところからその関係を少しずつ変えていけたらなと思う。

 

「お、そうこうしているうちに動画も終わりか……ん?」


 しかし、「次も楽しみにしててねー」と画面で手を振っている皇子とアヅチ嬢の下にあるテロップが全てをぶち壊した。

 

『なおエルフの村はスタッフの手でちゃんと燃やしておきました』

 

 燃えてねえわ!!

 あのクソ皇子、やっぱり殺す!

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