第9話:エルフさん、うっかり風魔法で炎を制してしまう
タイカ王国・ダイエンジョー森林。
王都にほど近いこの森にある我らエルフの隠れ里には今日も俺、村長のアスベスト率いる自警団の勇ましい稽古の声が響き渡る。
やぁ、そのひと振りに命を賭けよ!
やぁ、その技が守るは我らが故郷!
やぁやぁ、我らこそはエンジョー自警団! 正義と勇気のエンジョー魂、ここにあり!!
「なぁ、最近のアスベストさん、めっちゃ気合入ってね?」
「ああ、なんでも恋人のツルペタさんを人間の男に寝取られたらしい」
「マジで!?」
「しかもツルペタさん、旅先で出会った男と次々と」
でりゃあああああああああああ!!
気合一閃、振るった刃によって発生したかまいたちが無駄口を叩く自警団たちの持つ木刀を強かに打ちつけ、握った手から弾き飛ばす。
「おい、さっきから何くっちゃべってる! もっと真面目にやれ!」
「は、はい! すみません、アスベストさん!!」
慌てて木刀を拾い上げて、素振りを再開する若い団員たち。
ったく、こういうのは日頃から真面目に取り組んでこそ、本番で力を発揮するもんなんだよ。
ん、本番?
本番行為……。
「い、いかん、集中集中! 六根清浄六根清浄!!」
俺も再び剣を振るい始めた。心を無に、無にするのだ、アスベスト。
今頃、ツルペタも健全な冒険の旅をしているはず。俺も負けじと健全な精神でもって村を守るんだ!
「なに? 攻撃魔法を覚えたい?」
素振りを終え、しばしの休憩中に若い団員からそんなリクエストがあがった。
「そうっス。さっきおしゃべりしていた奴らを懲らしめたヤツ、アレって風の魔法っスよね。かっこいいッス。俺たちもあんなのを身に付けたいッスよ」
「残念だが今のお前たちでは無理だ」
「どうしてッスか?」
「男のエルフが風魔法を使うには風の精霊様と契約を交わさねばならん。そして精霊様が眠る祠には200歳を越えないと入れてもらえない」
攻撃魔法を使いたいと言ってきた連中はせいぜい180歳前後。20年早かったな。
「ふむ。ならば炎魔法はどうであろう。こちらは精霊との契約なんかいらんぞ」
「くっ。またお前か、クソ皇子」
「こんにちは。アスベスト様」
さも当たり前かのように人間のクソ皇子とその侍女が話しかけてくる。
まさかこいつら、村に住み着いてるんじゃなかろうな?
「おまけに簡単な奴なら小一時間もあれば覚えられる」
「アホか! ただでさえ燃えやすいエルフ村で炎魔法なんか使ってみろ。自分で自分の首を絞めかねないじゃないか!」
「アホは君だ、アスベスト君。人間の作る建物だって、エルフほどではないものの基本的には燃えるものだ。にもかかわらず人間が放った炎魔法で火事になることは、争いごと以外では滅多にない。当たり前だ。何が悲しくて自分で自分の街に火を放たねばならんのだ? それともエルフは自分の村を燃やしてみたい願望があるとか?」
「そんな破滅願望者なんていないッ!」
「ならば炎魔法を覚えても問題なかろう。それに見たまえ、若きエルフたちの期待に満ちた表情を」
言われて見渡してみると、ああっ、みんな目をキラキラさせてクソ皇子を見ていやがる。
おい、待て、みんな正気に戻れ。そいつは侍女をおねしょさせる為に村へ火を放つような変態で、この前のゴブリン騒動だって元はと言えばこいつのせいなんだぞ!
「あ、あの皇子、炎魔法ってエルフでも簡単に覚えられるんスか?」
「うむ。むしろエルフの方が人間より魔力に優れているからすぐ覚えられるだろう」
「おおー! そうだ俺、手のひらを敵にかざしてファイアーボールを連発させる魔法を使いたいんスけど」
「鍛錬を繰り返し、レベルを上げれば可能だ。もちろん手のひらだけでなく、振るった剣からファイアーボールを飛ばすこともな」
「マジっスか! かっけー!」
「先日の皇子が空へ火球を放って雨を降らせたような大魔法はどれぐらい鍛錬が必要ッスか?」
「アレか。アレはそうだな、凡人ならば30年といったところだろうか。まぁ吾輩は天才であるからほんの数時間で身に付けたが」
「おおおおおおおおおっっっーーーーー!!!」
若いエルフたちが興奮した声をあげた。
ああ、いかん。完全に皇子の口車に乗せられている。
「ちょっと待て。みんな、よく思い出すんだ。確かに雨は降ったけれども、皇子が放った魔法はえらくしょぼかったじゃないか」
「やれやれ、魔法は見た目だけで判断するものではないよ、アスベスト君」
「そうッスよ、アスベストさん」
「しょぼいだなんて、マスター・ホンノーに失礼ッス」
おいおい、マスター・ホンノーって……。
「マスター・ホンノー、お願いッス。俺たちに炎魔法を教えてくださいッ!」
「よかろう。ではまず心の中で火を思い浮かべるのだ。火ならばなんでもいい。燃えるエルフの小屋。燃えるエルフの商店街。燃えるエルフの村役場。燃えるエルフのスーパーアリーナ」
「おい、なんでエルフの建物が火事になっているのを想像させるんだ!!」
「さっきからうるさいよ、アスベスト君。アヅチよ、アスベスト君は任せるから少しこの場から離れさせてはくれぬか。我が弟子たちの修行の邪魔だ」
「はい、ホンノー様」
「誰がお前の弟子だぁぁ! そいつらは俺の」
「はいはい、分かりましたから少し向こうに行って落ち着きましょうねー、アスベスト様」
ああ、我らエンジョー村の未来を担う若者たちがクソ皇子に洗脳されてしまう。
かと言って、か弱きアヅチ嬢がくいくいっと袖を引っ張るのを手荒くあしらうのもまた躊躇われ、結局俺は少し離れたところで皇子が炎魔法を教えるのを彼女と一緒に見守ることになった。
「ああ、あんなのに教わって本当に大丈夫なんだろうか」
「心配しなくても大丈夫ですよ、アスベスト様。ああ見えてホンノー様は人に物を教えるのがお得意ですからー」
俺の傍らでアヅチ嬢がまるで野苺のような可愛らしい笑顔で返してくる。
その気配りは素直に嬉しい。まだ十歳かそこらであろうに、よく出来た娘だ。
でも俺が心配しているのはあいつが教え上手とかじゃなくて、変な価値観を若手に植え付けないかどうかなんだよな。
「それにすぐ覚えられる炎魔法はせいぜい火傷が出来る程度です。何かあっても建物に燃え移ったりするようなことはないのでご安心くださいませー」
「そうなのか? いや、しかしエルフの村の燃えやすさは尋常じゃないからな……」
「あー」
なんせ冬場は静電気ひとつで建物ひとつが丸々延焼することもあるほどだ。
「でもいざという時は私も水魔法が使えますしー、アスベスト様も風魔法が使えますよねー?」
「水魔法……そうか、あの時は君も魔法を」
ゴブリン襲来の際、降りしきる雨の中で両手を天に掲げるアヅチ嬢のことを思い出した。
あんなほとんど裸に近い格好で何をしているのかと思えば、そうか、彼女も魔法を使っていたのか……ってアレ、この話題、もしかしてヤバいのでは?
「え? あの時?」
「い、いや、こちらの勘違いだ、忘れてくれ。それよりもさっき俺も風魔法を使えるかと聞いてきたが?」
「はい。さっき使われてましたよねー」
「ああ。確かに使える。でも、風魔法は炎魔法と何の関係もないだろう?」
「いいえ。それは違いますよー。風魔法は炎魔法を強めたり、逆に鎮火することも出来るんですー」
な、なんだってー!?
「簡単に言えば風魔法は空気を操るわけですが、空気を多く送り込めば炎魔法の威力は強まり、逆に周囲の空気を遮断してやれば火はたちまち消えちゃいますー」
「し、知らなかった。それじゃあ真空状態のかまいたちを火に向けて放てば消えるわけか?」
「かまいたちで炎を閉じ込めれば可能ですよー。試してみますか?」
そう言うとアヅチさんがりんごぐらいの大きさの火球を空中に出現させた。
そこへすかさず俺が風魔法かまいたちを放って火球を包み込む。
「おおっ! 本当に火が消えた! すげぇ!!」
「逆に風を送り込むと火が強まるんですよー。なのでアスベスト様も炎魔法を覚えれば――」
「ほぉ。どれどれ」
アヅチ嬢が言い終わる前に、ほとんど火が消えたもののまだぷすぷすと燻っている火球へ、今度は逆に強風を巻き起こす風魔法たつまきを放つ。
すると。
ごおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっっ!!!
たちまち火球が火柱となって天を焦がした。
「きゃあ!!」
同時に小さくも鈴のように響くアヅチ嬢の叫び声。
慌ててそちらへ目を向けるとなんてことだ、彼女の服に火が燃え移ってしまっているじゃないか!
「今助ける! アヅチさん、そこを動かないで!」
「え? あ、いいえアスベスト様、これぐらいなら自分で」
いや、こうなったのも全ては俺の軽率な行動のせい。自分の失敗は自分で責任を持つ。
行け! かまいたち! アヅチ嬢に燃え移った炎を消し去るのだ!
しゅんしゅんしゅんと大きく弧を描いてかまいたちがアヅチ嬢に向かって飛んでいき、その身体を取り囲む。
おかげであっと言う間に火は消え去った。
が、同時に勢い余ったかまいたちがアヅチ嬢の服を次から次へと切り裂いては空高くへ舞い上がらせ、そして
「あ、あ、あ、アスベスト様のえっちぃぃぃぃぃ!」
かまいたちが消え去りすっぽんぽんになったアヅチ嬢の姿が見えてしまったと思ったら、地面から突如としてジャイアントゴーレムばりのゲンコツが現れ、彼女の切れ切れの服に続いて俺も上空へと吹き飛ばされてしまうのであった。
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