第8話:エルフ少女は荒野に夢を見る

 タイカ王国・ダイエンジョー森林。

 王都にほど近いこの森にある我らエルフの隠れ里には、とある格言が残っている。

 誰が言ったかは定かではない。ただ、それでも我らは今日までこの言葉を厳格に守り続けている。

 

「その格言こそ『エルフの女は逞しくなければ生きていけない、優しくなければ生きる資格がない』って奴さね」

「なるほど。えらくハードボイルドな言葉ですな」

「だからこそあたしらエルフの女は、それなりに身体が育てば冒険に出かけるんだよ」


 サラダちゃん……もとい俺の母ちゃんがドワーフみたいにガハハと豪快に笑う。

 ああ、母ちゃん、エルフのイメージが崩れるからやめてくれ。

 

「でも言われてみれば確かにエルフの冒険者さんって女の人ばかりのような気がしますー」


 アヅチ嬢が柔らかそうな頬に人差し指を添え、首をわずかに傾げながら言った。

 ちなみに『せっかくだからみんなでお茶しようじゃないかい、ほらほらそこのお嬢ちゃんも座った座った』と母ちゃんの命令によって、それまで皇子の背後に控えていた彼女も今は一緒にテーブルを囲んでいた。

 

「まぁねぇ。エルフってのは昔から女は好奇心が強く、男は保守的なのさ。それに私たち女エルフは子供を産むと身体がこんなのになっちまうだろ。魔力だって子供に全部譲っちゃうしね。つまり長命な私たちだけど、女エルフが外の世界を見て回るのは若い時にしか出来ない。だから旅に出るのさ」

「男のエルフは年を取るとどうなるんだ?」

「俺たちは人間と変わらん。お前たちもエルフ老人を見ただろ」

「ああ、なるほど。そう言えばお爺さんたちばかりでお婆さんはいなかったですねー」

「と言っても千年以上生きていないとああはならん。中にはまだまだ若く見えても実際は800歳ぐらいのエルフもいるぞ」


 人間には区別がつかないだろうが、俺たちエルフ同士なら外見でもそれなりに年齢を見分けることが出来る。

 なんというか雰囲気が違うんだよな、雰囲気が。

 

「なるほど。この村の女性がみんな子供ばかりに見えたのはそういうことだったのか」

「まさか子を産むと幼児化するとは意外でしたねー、ホンノー様」

「さすがはエルフ、実に興味深いな」


 皇子たちが変に感心している。

 むしろ俺たちからすれば100年も碌に生きられない脆弱な生き物なのに、世界の覇者となった人間の方がよっぽど感心するし謎だらけなのだが。


 そもそも人間なんて短命で、力も賢さも手先の器用さもそれなりだ。

だけどたまに人間の街へ買い出しに出かけると、毎回その発展ぶりに驚かされる。エルフの村なんてこの100年でほとんど変わってないのに、人間の街なんて10年も経てば景色がまるっきり変わってしまうもんな。

 まったく人間の一体どこに、それほどの発展を可能にする力が備わっているのだろう?


 それに謎と言えば、目の前にあるお土産のエルフ焼きもそうだ。

 俺はてっきりエルフにまつわる何かを焼き上げたおぞましい食べ物だと思っていた。が、いざ蓋を開けてみると耳の長いおっさんを模ったお饅頭だった。

皇子曰く、この耳長のおっさんがエルフってことらしいが、俺から見るとただの耳の長い人間のおっさんにしか見えない。


 しかし問題はそこじゃない。ただのお饅頭だというのにどうしてわざわざ人の顔を模ったのかということだ。そんなもの、普通に丸く作っても同じだろうに。

 味は母ちゃんの言う通り美味しかったが、形に手間暇かける意味がまるで分からなかった。

 

「うーむ。やはりエルフはまだまだ神秘の生き物だな。どうだねアスベスト君、村を焼き払わないと約束する代わりに村エルフを何人か吾輩の研究に提供してはくれぬか?」

「断固拒否する!」


 おまけにこのクソ皇子も何故俺たちエルフに執着するんだ?

 関係ないのだから普通はどうでもいいで終わりじゃないか。なのに研究したいとかまるで意味が分からんぞ。

 

「ならば焼くしかないのだが」

「なんでだよ!?」

「エルフの村だから」

「だからなんでだよ!!!」


 不思議そうな顔をされても困るし、むしろ俺の方がもっと不思議だわッ! ああ、頭が痛い……。

 

「あの、ところでアスベスト様のお母様も若い頃は冒険の旅に出られたのですか?」


 皇子との不毛なやり取りを見て俺を哀れに思ったのか、アヅチ嬢が話題を変えてくれた。


「もちろんさ」

「怖くなかったのですか?」

「そりゃあちょっとはね。でもそれ以上に楽しみがあってねぇ。なんせほら、エルフの男たちときたらみんなナヨナヨした奴らばっかだから」

「えっと、どういう意味です?」

「わたしらエルフの女はね、昔からゴツイ身体の男たち、そう人間の戦士みたいなのがタイプなのさ」


 なに!? そんなの初めて聞いたぞ!?

 

「まぁエルフと人間との間では子供なんて出来ないし、結婚はやっぱりエルフの男とするんだけどね」

「いや、母ちゃん、ちょっと待って。俺、実の親のそんな話、聞きたくないんだけど」

「ははは。安心おし。あたしの場合は何故か父ちゃんまで一緒に村を出てきてね。常にあたしの行動を見張ってたからさ」

「いやいや、十分きついんだけど」

「でも中にはここぞとばかりに羽を伸ばす子もいてねぇ。それこそとっかえひっかえさ」


 やめろぉぉぉぉ、エルフのイメージがどんどん崩れていくぅぅぅぅ。

 

「なるほど。花嫁修業みたいなものですな」

「お、坊や、上手いこと言うねぇ。そうさね、あれこそエルフ流の花嫁修業さ」

「い、嫌な花嫁修業だ……え、てことはまさかツルペタも?」


 いやいやいや、あの清楚なツルペタに限ってそんなことは。

 

「そうさね。ああいうタイプこそ外に出ると自我を開放するもんさ。今頃は屈強な人間の男と――」

「やめてくれー!」


 そんなわけあるか!

 そんなわけあるかッ!!

 そんなわけあるかーーーーッ!!!!!

 

 ツルペタはただ世界を見て回りたいだけで、そんなことにはこれっぽっちも興味がない純真な子なんだ。だって約束したもの。絶対俺のところへ戻ってくるって言ったもの。それってつまりはそういうことだろ? そういう相手が既にいるのに他の奴と、しかも人間とそういうことをする必要なんてある? ないよな? ああ、ないない。あるわけない。だから大丈夫だ。ツルペタは他の尻軽エルフ女とは違う。彼女は本当に清楚で純真で俺のことを……。

 

「ふむ。ではそろそろ吾輩らはお暇するかな、アヅチよ」

「え? でもアスベスト様が……」

「うむ、大炎上しておるな。これは鎮火に時間がかかろう。吾輩たちがおってはかえってお邪魔であろから、ここで切り上げるのだよ」

「分かりましたぁ、ホンノー様」


 皇子たちが立ち上がると床に魔法陣が展開され、次の瞬間には二人の姿が消えていた。

 が、そんなのはどうでもいい。それよりも問題はツルペタ、彼女の名誉を守るのが大切だ!

 

 ツルペタは大丈夫!

 ツルペタは大丈夫ッ!

 ツルペタは大丈夫……だよな?

 

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