第7話:エルフの秘密がまたひとつ……

 タイカ王国・ダイエンジョー森林。

 王都にほど近いこの森にある我らエルフの隠れ里を、人間やゴブリンたちから守り抜くのが村長である俺の使命。

 それは村人の為であり、エルフの文化を守る為であり、そしていつかはこの村に帰ってくるあの子の為でもある。


 ツルペタ。それが俺の幼馴染――そして恋人の名前。

 清流のような淡い水色の髪を持つ彼女が村を出て行ったのは、もう二十年ほど昔のことだ。

 

『若いうちに外の世界をいろいろと旅して回りたいの』


 普段は垂れ気味な細い眉をしゅっと上げてやや緊張ぎみにそう言った彼女は、しかし次にはいつものはにかんだ笑顔を浮かべて

 

『でも必ず戻ってくるわ。この村へ。アスベストあなたの元へ』

 

 と、俺に身体を預けながら約束してくれた。

 だから俺は彼女がいつでも戻って来れるようこの村を――

 

「いや、二十年も戻ってこないならもう無理であろう。諦めるがよい」

「いやいやいや、長寿のエルフにとって二十年なんて一瞬だから! ってクソ皇子、いきなり出てきて俺のモノローグの邪魔をするな!」


 こいつ、またぬけぬけと顔を出しやがって。

  

「てか、金返せ、金! あんな羽衣なんているかッ!」

「ほう、アスベスト君は欲がないな。あの羽衣を人間の街で売れば、立て替えてもらった代金の何十倍にもなるというのに」

「なに、それは本当か?」

「よく考えてみたまえ。見た目はあんなだが最強の防具であるぞ。安物のわけがなかろう」


 なるほど。言われてみればそれもそうか。

 

「で、今日は何をしに来た?」

「露骨に話を変えてきたな。まぁいい。実は先日のゴブリンの件なのだが、さすがに申し訳ないと思って詫びに来た」

「詫びなんぞいらん。とっと帰れ。二度と来るな!」

「まぁそう言うな。ほれ、つまらぬものだが手土産も用意した」

「あ、これはどうもご丁寧に」


 見れば皇子の手には綺麗に包装された菓子折りがひとつ。

 むぅ、なかなか気が利くではないか。

 これまで様々な迷惑行為をしてきた奴である。が、わざわざお土産を持ってきた者を追い返すほど、エルフの器量は狭くない。


「我がジー王家ご用達店の品でな。エルフの口にもあえばいいが」

「幸いにもエルフも人間も味覚はそう変わらない。重さから察するに饅頭か何かか?」

「うむ。タイカの下町名物である」

「ほう、それは楽しみだ」

「その名もズバリ『エルフ焼き』という」

「そんなもん食えるかーッ!」


 お前、詫びに来たといいながら今回も喧嘩売りに来ただけだろッ!!!!!

 

 


 数十分後。

 

「ところで先日から少し気になっていたのだが」


 皇子が村長室の椅子に座り、侍女のアヅチ嬢(よかった、今日はちゃんとした服を着てくれている!)が用意した紅茶を優雅に飲みつつ、くつろぎながら口を開いた。

 

 一応弁明させてもらうと、追い出そうとしたんだ。

 が、いくら嫌味を並べても聞く耳もたず、ならばと実力行使で部屋から追い出しても、すぐにひょっこり現れる。

 やはり殺すしかないと思ったが、もし首を切り落としても何事もなく起き上がってきたらどうしようと一抹の不安がよぎって手を出せなかった。ありえないとは思うが、こいつだけはそうとも言い切れない。悉く俺の予想の斜め右上を行くのが、このクソ皇子という人間だ。

 

「何だ? 手短に言え。俺は職務で忙しいのだ」


 てことで仕方なく村長室に置いておくことにした。

 よくよく考えると目の届く範囲に置けば、村に放火も出来まい。まさに発想の転換である。

 

「この村の女って子供しかいないのか?」

「なっ!?」


 こいつ、何故そこに気が付いた? まずいぞ、これはうまく胡麻化さないと。

 

「ソ、ソンナコトナイヨー。キノセイダヨー」

「どうして片言なのだ?」

「カタコトジャナイヨー」

「なんだ、さっきのツルペタって子だけじゃなく、村の娘全員に嫌われて出て行かれたのか?」

「んなわけあるかッ!」

「ではまさか年頃の娘たちを拉致監禁して、夜な夜な大運動会を催しているとか?」

「どうしてお前はもっと子供らしい考え方が出来んのだッ!」

「ならどうしてだ? 先日のゴブリン攻防戦の際、村の消火活動に出ていた女性は子供ばっかりだったぞ」

「だから気のせいだと言っているだろうが」

「そんなことあるまい。何故なら吾輩は物見櫓に登って村全体を見渡しておったのだからな」


 くっ。クソ皇子のくせしてよく見ていやがる。

 

「子は国の宝、多いのは喜ばしいことだ。が、普通ならそれを育てる親がいるものであろう。それがあの非常事態に誰も母親らしき者が出てこないとは、あまりにも奇妙だと思ってな」

「色々と事情があるんだよ、こっちにも!」

「事情とはなんだ?」

「だから色々と言っとるだろーが!」

「それでは何の説明にもなってはおらぬ。やはり貴様、年頃のねーちゃんたちを囲って」

「そんなことするかッッッッッ!」


 あまりにしつこいから机をバンッと叩きながら大声を出してやった。

 アヅチ嬢がビクンと身体を震わせる。顔が引き攣り、今にも泣き出しそうだ。

 ああ、君に怒鳴ったわけじゃない。だからそんなに怯えないでくれ。

 てか、皇子こそちっとは俺を怖がりやがれ。口こそ閉じたものの、きょとんと「何怒ってんだこいつ?」みたいな顔しやがってからに。

 

「いいか、この村の大人の女性はな、滅多なことではよそ者に姿を見せないんだよッ! その慎ましさこそがエルフ美女の証なんだ! ほれ、分かったらとっとと帰れ!」

「むぅ。何を怒っているのかは分からんが。しかしアスベスト君、その価値観だと村を出て行ったツルペタは相当なアバズレってことになるのだが?」

「ふざけんなっ! 貴様、やっぱり殺す!!」


 大切な幼馴染の名誉の為にも、今ここでこいつを殺す!

 

「殺すってなに物騒なこと言ってるんだい、アスベスト?」


 と、不意に扉が開いたかと思うと、見慣れたエルフが入ってきた。

 え、ちょっと待って。なんであんたがここで出てくる!?

 

「おやおや、可愛らしいお客さんだねぇ。ああ、この子が最近村によく来るっていう人間の皇子様かい」

「うむ。吾輩はタイカー王国の皇子ホンノー・ジーである。ところでそなたは?」

「ああ、あたしゃ――」

「この子はサラダちゃん、エンジョー村幼稚園に通う俺の姪っ子だ!」

「しかし幼稚園児にしては話し方が大人っぽいが?」

「エルフの幼稚園児はみんなこんな喋り方をするのだ!」

「ほう。それは知らなかった」

「ああ、ひとつ新しいことを知ったところでそろそろ帰れ。俺も仕事で忙しいんだ」

「うむ。では名残惜しいが今日はお暇することにしよう」


 よし! とっとと帰れ、このクソ皇子!

 

「おっと、その前に。さっきはアスベスト君から突き返されてしまったのだが、お嬢さん、お近づきの印にこれをどうぞ」


 が、早く帰ればいいものを、皇子が例のエルフ焼きなるお土産を取り出す。

 馬鹿野郎! エルフにそんなもんがお近づきの印になるか!

 

「あら! 耳焼堂のエルフ焼きじゃないの! 懐かしいねぇ、冒険者の頃はよく食べてたよ」


 ええっ!? マジで?

 

「ほう、耳焼堂のエルフ焼きを知っているとは、お嬢さん、見かけによらず見識が広い」

「はっはっは。お嬢さんはよしとくれよ、坊や。あたしゃこう見えて既に――」


 ああっ、マズい!

 

「サラダちゃん! そろそろ家に戻った方がいいんじゃないかな?」

「は? 何言ってるんだい、お客さんからエルフ焼きを貰ったんだよ。せっかくだからみんなでお茶しようじゃないかい」

「いやいや、でも」

「それにさっきからサラダちゃんサラダちゃんって一体なんなんだい? いつからあんたはあたしをちゃん付け呼ばわり出来るほど偉くなった?」

「いや、それは……」

「誰があんたのおしめを換えてやったと思ってるんだい? 誰があんたをここまで立派に育ててやった? 今日だって忘れて行った弁当をわざわざ届けに来てやったというのに」

「ああ、サラダちゃん……」

「だから誰がサラダちゃんだい! あたしゃあんたの母ちゃんだよッ!」


 サラダちゃん、もとい母ちゃんがその小さい背を懸命に伸ばして俺の頬を引っ叩く。

 人間からしたら幼女が大人を叱りつけるなんてと驚くだろう。

 でも、エルフからしたら当たり前の光景なのだ。

 だって子供を産んだエルフが幼女化するのは、俺たちの世界では常識なのだから。

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