第6話:エルフ村、もうダメだってよ

 タイカ王国・ダイエンジョー森林。

 王都にほど近いこの森にある我らエルフの隠れ里が今、ゴブリンたちの手によって焼かれようとしている。

 ええい、そんなことさせてたまるかッ!

 このエンジョー村は俺、村長のアスベストが必ず守る!

 

「ゴブリンどもよ、命が惜しくば大人しく立ち去れ!」


 とりあえず目の前のゴブリンを袈裟切りにすると、返す刀でその横にいたもう一匹も真っ二つにした。

 俺が村長なのは何も頭がいいからとか、村で一番遠目が効くとか、リーダーシップがあるからだけじゃない。戦闘力だってこの村を守る為に若い頃から精進を重ね、今ではエルフ次元流剣術の免許皆伝。ゴブリンの一匹や二匹なんて目じゃねぇ!

 

「あああ、ダメだぁ、アスベスト。いくらなんでも数が多すぎる。村が、村が燃えちまうー」


 が、さすがにこの数が相手、しかも飛び道具を使ってくるとなると話が違ってくる。

 俺も初太刀こそ上手くいったものの、むしろそれで警戒したゴブリンたちが守りを固め、なかなか包囲網を突破できずにいた。


「諦めるな! 村なら大丈夫だ! みんなが総出で火を消してくれる!」


 それでもここで挫けるわけにいかない。村の存亡はまさに俺たちにかかっているんだ!

 正直なところ、村の消火状況を確認する余裕なんてない。だけどみんなならきっと火を消してくれると信じ、今は自警団に、そして自分自身に檄を飛ばした。

 

「おおっ! そうだ! アスベストの言う通りだ!」

「いくらエルフの村が燃えやすいと言ってもそう簡単に焼き落とされてたまるか!」

「村のピンチは村人全員で切り抜けるぞ!」


 よし、みんなの意気が上がった! 

 今こそ我らエンジョー魂を見せる時と思ったその瞬間――

  

 ぴゅーん。

 ぴゅーん。

 ぴゅぴゅぴゅぴゅぴゅーん。

 

 俺たちの頭上をこれまでとは比べ物にならない数の火矢が飛んで行き、直後に村のあちらこちらから悲鳴が鳴り響いた。

 続いて勝利を確信したゴブリンたちが、村人の悲鳴に負けじと一斉に「コウビ! コウビ!」と雄たけびをあげる。

 なんてこった、ここにきてゴブリンに増援が現れるとは。さすがにこれはマズイ。万事窮すか!?

 

「はっはっは。苦戦しているようだな、エルフの諸君!」


 と、エルフの悲鳴、ゴブリンの雄たけびに続いて、今度は胸糞悪い人間の声が聞こえてきた。

 魔法による声の拡張、通称・拡声魔法を使った声。その声の持ち主は、言うまでもなく騒ぎの元凶であるクソ皇子だ!

 

「だが、君たちの村を燃やすのは吾輩だ。ゴブリンではない」

「おい、貴様、どさくさに紛れて何を言ってやがる!!」

「はっはっは。故にここは吾輩が助けてやろう!」


 なにやら妙に高い所から声がするなと思えば、いつの間にか皇子は村で一番高い物見櫓のてっぺんに登っていやがった。

 侍女を背後に控えさせながらこれでもかとばかりに胸を反り上げている。

 格好つけているつもりなのだろうが、例の半透明な羽衣のせいでなんだか真っ裸の変質者にしか見えない。

 

「あのクソ皇子め、助けてやるって一体何をするつもりだ?」


 皆が注目する中、皇子がなにやら両手をせわしなく動かして様々なポーズを取り始めた。 

 

「む、あの動き、あのポーズ、もしやヘルファイアーボム!?」 

「なに、知っているのか?」

「ああ。禁じられた超強力爆発魔法だ。その威力たるや周囲の大気を瞬時に沸騰させるほどで、爆発の後には雨すら降るという」

「雨……そうかあの野郎、その雨で燃え広がる火を消すつもりなんだな!」


 あのクソ皇子がそんな魔法を使えるとは! 

 て言うか、突然解説してくれたこの人、一体誰?

 

「飛んで弾けよ、ヘルファイアーボム!」 

  

 言うがいなや皇子が両手を挙げて空中に火の玉を打ち上げた。

 あれがヘルファイアーボム? なんだかさっき聞いた話から想像したものよりずっと小さいような……。


 ひゅるるるるるるーと音を上げて空高くへ飛んでいく火の玉を、俺たちもゴブリンも戦うのを忘れて見守る。

 そして次の瞬間、

 

 ぽすっ!

 

「爆発音しょぼっ!!」


 まるで湯船で屁をこいたような音を出して爆発する火の玉に、思わずツッコミを禁じ得ない。

 おい、クソ皇子、こんな状況でふざけるんじゃねぇ! あんなので雨が降るわけが……

 

 ぽつ。

 

「え?」

 

 ぽつぽつぽつ。

 

「マジで?」


 呆気に取られて空を見上げるみんなの顔に、空から恵みの雨が降り注ぐ。

 信じられん。マジで雨が降ってきた。

 しかもたちまち空は曇天と化し、雨足はどんどん強くなっていく。これなら村に放たれた火もまもなく鎮火するだろう。


 それにしてもあの皇子め、ただのクソ野郎ではなく本当に魔法の実力者だったとは。

 なんとも複雑な気持ちで、土砂降りに煙る物見櫓のてっぺんへ目をやる。

 

「……ん?」


 クソ皇子が両腕を広げ、人間たちが言うところのスシザンマイなポーズで立っていた。

 が、問題は奴じゃない。

 その横でアヅチ嬢が両手を空を持ち上げるようにして立っているのだが……。

 

 ああ、ちょっとなにやってんの!? 

 ただでさえ半透明な羽衣が雨で濡れて身体にぴっちりと吸い付いて、色々と見えちゃいけないものがうっすら丸見えになってるじゃないか!


 隠して! 隠してェェェ!


 マズイ! これはエルフ倫理的にとてもマズい!

 それにこれをゴブリンが見たら……。

 

「コウビ! コウビ!」


 ほらー、火計の術が敗れて意気消沈するはずのゴブリンどもが、逆に興奮して騒ぎ始めたじゃないか! 

 

「エンジョーの村長アスベストが皆に告げる。村人全員でうるさいゴブリンどもを追い払え!」 

 

 俺もゴブリンや雨音に負けじと大声で号令を放った。

 とにかくもう村が焼け落とされる心配はないのだ。冷静に戦えば、たとえ興奮状態のゴブリンと言えども必ずや追い払えるはず。

 そしてなにより懸命に戦っていれば、櫓の上の少女の姿に気付く者はいまい。エルフにとってロリコンは極めて罪の重い性癖。村長として、決して村人たちにその扉を開かせるわけにはいかないのだ!

 



「や、やったぞ……」


 数時間後、ゴブリンとの戦いは俺たちエルフの勝利に終わった。

 奇跡的にも負傷者はほとんどおらず、村の建物の被害も思ったほどではない。

 

 全ては皇子が雨を降らせてくれたおかげである。

 が、元はと言えば皇子が元凶であるので感謝するいわれなどない。それどころかこちらは村人が重い十字架を背負ってしまうんじゃないかと、後半は終始ハラハラしながらの戦いを強いられたほどだ。


 うむ、やはり今後の為にも奴には立て替えた金を返してもらって、ここで死んでもらおう。

 

『アスベスト君、エルフの諸君、おつかれさま。みんなの頑張りのおかげで吾輩も経験値ウハウハ、レベルも十分に上がったから先に帰らせてもらう。また会おう。あ、あと先日のカフェの代金にこれを進呈する』


 が、物見櫓に登ってみるとすでに皇子の姿はなく、代わりにこんなメモと、半透明な羽衣が脱ぎ捨てられていた。

 俺の絶叫が村中に鳴り響いたのは言うまでもない。

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