第4話:はい、エルフ村が燃え落ちるまで10分かかりませんでした
タイカ王国・ダイエンジョー森林。
王都にほど近いこの森にある我らエルフの隠れ里に、日曜日の朝から子供たちの元気な声が鳴り響く。
『火の用心!』
カンカンと拍子木を打ち鳴らした後、続けて『マッチ一本、火事のもと!』と続く。
村の子供たちによる見回りだ。本来なら夜にやっていたものだが、最近はこんな朝早くにもやってもらっている。
理由はただひとつ。
『クソ皇子! (カンカン) 見かけたらすぐ、連絡を!』
そう、あのクソ皇子が昼夜問わず村へ侵入して火を放ってくるからだ。
例の皇子対策会議の中で出てきたこの子供見回り隊というアイデア、当初は「根本的な問題解決になっていない」と非難されたものの、実行後は皇子の姿を見なくなったので存外に効果的だったのではと最近では見直されている。
そんなわけで今やこのフレーズは何やら勝利の凱歌のようで心地よい。
『エルフ村! (カンカン) マッチ一本、大炎上!』
お、新しいフレーズかな?
『火炎魔法! (カンカン) 放って楽し、エルフ村!』
「また現れやがったか、クソ皇子ッ!!」
しかも見回りに参加していやがるとはふざけるんじゃねぇ!! 今度こそ叩き切ってやる!
「はぁ……はぁ……こんなところにいやがったか!」
見回りの声が聞こえる方向へ駆け出したはいいものの、なかなか見つからない。
どうやら子供見回り隊は大通りではなく入り組んだ路地を移動しているらしい。声のした方向へ駆けつけたのに姿が見えず、代わりにあらぬ方向から声が聞こえてくるってことを何度も繰り返した。
そうこうしているうちに見回りが終わったらしく、声の手がかりが無くなったまま村をあちらこちらへと駆け回り、ようやく例の燃やされたエルフ酒場で三人のエルフ小学生とテーブルに着いているのを見つけた次第である。
ちなみにこのエルフ酒場、皇子のせいで半焼して通りに面する壁を失い、その結果、昼はちょっとお洒落なオープンカフェ、夜は通りにまでテーブルを出してみんなで盛り上がる大衆酒場としての営業を余儀なくされた。
ここだけの話、前よりずっと儲かっているそうだ。
「やぁアスベスト君、おはよう。一緒にお茶するかい?」
「誰がするか!」
「そうか、残念だな。今、エルフ小学生たちと一緒にエンジョー村焼き討ち案を話し合っていたのだが」
「エ、エンジョ―村焼き討ち案だと?」
「うむ。どんな焼き討ちが理想的かを彼らと討議しておる」
「き、貴様ァ! 未来あるエルフ小学生になんてことをしやがるんだーッ!!」
いたいけな子供を巻き込みやがって。もう許せんッ!
ひと思いに首を刎ね落とそうと腰の剣へ手を伸ばす。
「村長、公共の場では静かに」
そこへ幼いながらもビシっと芯の通った声で咎められた。
皇子と一緒にテーブルに座っていたエルフ小学生のひとりだ。
「僕たちは皇子と大事な話し合いをしているのです。邪魔しないでもらいたい」
「い、いや、しかし、村を焼き討ちする計画なんて許せるものか!」
「あははははは。そんなの、遊びに決まってるじゃん。村長、頭かたいよー!」
「そうよ。それに皇子は私たちのお友達だもん。皇子に何かしたら私たちが許さないんだから!」
な、なんだと……エルフ小学生が皇子の味方についている!?
一体何があった!? 前回は皇子の演技に可愛らしい孫の姿を見た爺さんたちがコロっと騙されたが、今度は何だ? 年齢の近い事が災いしたか?
「ははは、吾輩は大丈夫だ。心配してくれてありがとう、ミス・ロリエルフ嬢。マスター、彼女にエルフパフェのおかわりを」
「買収かーッ!」
あとミス・ロリエルフ嬢って変な呼び方はやめろ!
「貴様、王族の潤沢な資金を利用して子供を買収するとは許さんぞ!」
「人聞きが悪いな。吾輩はただミス・ロリエルフ嬢のパフェが空っぽになっているのに気付いただけだぞ。民の腹を満たすのは王族の務めであるからな」
「この子はお前んちの民じゃない! うちの村の子だ!」
「だったら君もノブレス・オブリージュを全うしたまえ」
言われなくてもパフェぐらい奢って……し、しまった、つい勢いで外へ飛び出したもんだから財布を忘れてきてしまったぞ!
「マ、マスター、ツケって利くかな?」
「すんません、アスベストさん、うちはツケやってないです」
「ぐぬぬ」
「なんだ、財布を持ってくるのを忘れてしまったのか。仕方がない、アスベスト君にもご馳走しようではないか。マスター、エルフカフェマキアートを頼む」
「は! かしこまりました、殿下!」
う、まさかクソ皇子に奢られるハメになるとは。
というかマスター、俺は「さん」で皇子は「殿下」なのかよ……。
「さぁ、座って君も彼らの焼き討ち案に耳を傾けたまえ、アスベスト君。逆に村の防火対策のヒントになるかもしれんぞ」
「そんなわけあるか!」
「まぁまぁ話を聞けばわかるであろう。で、どこまで話したか……あ、そうそう、吾輩が村役場に大量の爆弾を仕掛けるというところだったか」
「貴様、なんてことを企んでやがる!」
「うるさいぞ、アスベスト君。今は彼らの意見を聞く時間だ」
く、くそ。怒鳴りづけてやりたいが正論だ。
怒りを収めるべくここはカフェマキアートでも飲んで落ち着……くっ、ミルクでクソ皇子の似顔絵とはマスター、エルフ魂まで皇子に売り飛ばしてしまったか。
「俺は派手でいいと思うぜ。でもなぁ」
「ええ。そもそも大量の爆弾をどうやって持ち込み、仕掛けるのかという問題があります。皇子は出来るだけひとりで村を焼き払いたいのですよね」
「うむ。軍を率いて燃やすなぞ吾輩の美学に反するのでな」
「だとするとやはりこの作戦には人手がかかるので無理だと思います」
「はい! だったら俺は皇子が強力な炎魔法をぶち込めばいいと思う! 派手派手にさ!」
「ふむ。だがそれはいささか正攻法すぎではなかろうか。吾輩はもっと意外な方法で燃やしたいのだが」
「はいはーい。だったら焼き芋を作るふりして燃やしちゃうのはどう?」
「どんだけ大きな焼き芋を作るつもりだよ」
あはははとカフェに子供たちの笑い声が広がるが、個人的にはこれっぽっちも笑えん。
まったくエルフの子供が冗談であっても自分たちの村を焼く話をするなんて、まさに世も末だ。
「村長ー、村長も何か案はないのー?」
「あるわけないだろう。俺はこの村を守る立場だぞ」
「えー、でもこんな村、燃えちゃった方がいいじゃん」
「なんだと? いくら子供の冗談でも聞き捨てならんぞ!」
「だってー、ニチアサだってのに子供に見回りさせるんだよー。最低だよー」
「うっ! そ、それは……」
「それにいくらエルフだからって今時どの家も木製建築ってありえないじゃん。俺は都会みたいにコンクリート打ちっぱなしのお洒落なデザイナーズマンションに住みたい!」
「ダメだ、ダメだ!! そんな建物に住んでみろ、風の精霊様のご加護が受けれなくなって大変なことになるぞ!」
具体的に言えば男のエルフはアゴが割れる。見事に割れる。一種の呪いである。
「アスベスト君はノーアイデア、と。ふぅ、村の防火管理責任者がその体たらくでは先が思いやられるな」
「放火犯のお前に言われたくないわっ! そもそも防火管理者なのだから、火を放つ案なんて持っているわけがなかろう」
「果たしてそうであろうか。ミスター・インテリショタエルフ君、君の案を話してみてくれたまえ」
ミスター・インテリショタエルフとこれまた何とも歯切れの悪い呼ばれ方をされた少年が、はいと小さく返事をして眼鏡をくいっとあげた。
先ほど俺へ静かにするよう訴えてきた子供だ。
「村長は防火と放火は別モノだと言いましたが、僕の考えは違います。何故なら防火対策を考えるには、一番ここに火を放たれたらマズいってところを把握しておく必要があるからです」
「んー、でもぉエルフの村はどこも燃えやすいから、どこに火を付けられても一緒だと思うな―」
「いいえ。確かにエルフ村は何もかもがアホみたいに燃えやすいですが、それでもここをやられると危ないところがあります」
「分かった、エルフ病院だ!」
「違います」
「じゃあエルフ消防署!」
「それも違います。まぁどちらも燃えたら色々と大変ではありますが、僕の考えでは一番危ないのはここ」
そう言って少年がテーブルに広げた地図のある個所を指差す。
それは村の東、大通りから少し離れた馬小屋だった。
「えー!? 馬小屋なんか燃やしても面白くねぇよー」
「面白い面白くないじゃありませんよ」
「でも馬小屋なんか燃やされても別に大したことないと思うけどー」
「そうですね。馬小屋そのものの価値はそれほどでもありません。問題は場所とタイミングです」
場所とタイミング……あ、そうか!
「分かったぞ。たまに東から強い風が吹くが、その時にこの馬小屋に火を放たれると」
「はい。燃え上がった火の粉が風に乗って村中に広がり、あっという間に村は火の海と化します。僕が考える一番簡単に、そして効率的に村を燃やす方法がこれです」
なのでこの馬小屋は他の場所に移動させるか、あるいはここだけでも燃えにくい煉瓦作りに変えるべきですとの言葉に俺は強く頷く。
さすがはエルフ小学生、見た目はまだまだ子供だが実際は50年ぐらい生きているので、中にはこの子のように大人顔負けの知識や洞察力を持つ子もいたりする。
うん、今度からはこの子も会議に参加してもらおう。
「なるほどなるほど、東の外れにある馬小屋か」
「おい、クソ皇子。馬小屋に火を放つなよ!」
「愚か者、何のためのエンジョー村焼き討ち会議だと思っておる?」
「き、貴様ッ!」
「まぁアスベスト君は今のうちに対策を練るがよい。で、ミスター・インテリショタエルフ君、その東からの強風が次に吹くのはいつ頃かね?」
「おそらくは5年後あたりではないかと」
「ほう、5年後……は? 5年後?」
「10年に一回ぐらい吹くんです。僕たちは風の精霊様のおならと呼んでいます」
皇子の表情がたちまち曇っていくのが傍から見ていて分かった。
ははは、愚か者はどっちだ! 俺たち長命のエルフにとって5年なんてあっという間だが、人間たちにはそうじゃない。皇子としては手っ取り早く村を燃やせる方法を知り得たつもりだろうが、とんだぬか喜びだったな!
「あ、ホンノー様、お買い物終わりましたー」
そこへ侍女さんが何やら大きな包みを持ってやってきた。
姿を見ないと思ったら村で買い物をしていたのか。むぅ、皇子と比べて害は少ないとはいえ、人間の出入りを禁止しているこの村でのほほんと買い物をさせてしまうとはいったい村人は何を考えているのだろう。
「アスベスト様、どうもお久しぶりです」
「え? ああ、久しぶりだな」
「実はホンノー様の熱演が話題となって『マッチ売りの皇子』が定期公演することになったんです。それでなかなかこっちへ来れなかったんですよー」
「ああ、そう……」
あんなものが評価されただと? 人間たちめ、とことん腐りきってやがるな。
「アヅチ、帰るぞ」
「え、もうですか? 今日は何も燃やしていませんが?」
「よい。興が削がれた。やってくれ」
「分かりましたー」
意気消沈する皇子の姿にアヅチ嬢が可愛らしく首を傾げるも、言われた通りいつもの帰還魔法を詠唱する。
たちまち店の床に魔法陣が展開され、次の瞬間にはふたりの姿が消えていた。
「やった。今日は何も被害を受けずに奴を撃退したぞ!」
おおっ。これは大きな進歩ではないだろうか。さっそく次の議会では皇子対策の成果として発表することにして、とりあえず今は祝杯をあげよう。まだ午前中だが日曜日だしそれぐらいいいだろ。
「マスター、エルフビールをくれ!」
「……でもアスベストさん、お金を持っていないのでは?」
「あ、そうか。そうだった」
「それにですね、皆さんのお代も貰っていないのですが?」
「は?」
「つまり食い逃げです」
言われて気が付いた。クソ皇子の奴、お金を払わずに魔法で帰りやがった!
しかもいつの間にかエルフ小学生たちの姿も消えてる!!!
「アスベストさん、村長であるあなたがこの場にいたのに食い逃げを許してしまうとは由々しき事態ですな。次の議会で報告を――」
「分かった! 俺が払う! 財布を取りに戻って払うから黙っていてくれ!」
「仕方ないですな。では10万ゴールドでございます」
「え? ええっ!? たかだか子供の飲み食いで10万ゴールド!?」
「殿下が幻のエルフワインを頼まれまして。年代物のたいへん貴重な品でございます」
ふ、ふ、ふざけるなぁぁぁぁぁ、あの野郎ォォォォォォ!!!!!
かくして村が燃やされるのは阻止したものの、俺の財布が大炎上した。
あいつめ、もう許さんッ!
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