第3話:マッチを買ってくれませんか?

 タイカ王国・ダイエンジョー森林。

 王都にほど近いこの森にある我らエルフの隠れ里で、あろうことか人間による放火事件が立て続けに起きた。

 これは由々しき事態である。今のうちに何かしらの対策を講じねばなるまい。

 さもなければ老人エルフたちから俺の村長解任の声があがること必至だ。

 

 そんなわけで最近は村の自警団と皇子対策を連日話し合っている。

 が、そもそも人間には村の認識すら出来ない結界を、何故クソ皇子が突破出来るのかさっぱり分からない。となれば対策はどうしても皇子が現れてからのものとなり、どうにも後手感が……。

 

 ああ、もやもやする。

 今日も今日とて良い打開案が出ず、ずしんと重い疲労感を抱えながら薄暗くなった村を帰路に就く。

 が、その足は家とは違う方向へ。うむ、今日は久しぶりに飲むつもり。そうだ、こういう時は酒でも飲んで寝てしまうのが大正解だとエルフ宇宙海賊も言っていたじゃないか。


「……あれ?」


 エルフ酒場の前に珍しく人だかりが出来ていた。

 もしかして中に入りきれないぐらい今夜は混んでいるのかと気が滅入りそうになったが、どうやら違うようだ。人だかりは酒場の入り口ではなく、その隣りに出来ている。

 ふむ、おそらくは旅のエルフ商人が露店でも開いているのだろう。少し興味はあるが飲んだ後でまだやっていたら覗けばいいと思い、酒場の扉に手を掛ける。

 

「あの……」


 その手を誰かが掴んできた。視線をそちらへ向けぎょっとする。

 

「クソ皇子! 貴様、またこの村へ――」

「マッチを買っていただけませんか?」


 ……は?

 何を言われたのか咄嗟には分からなかった。

 ただやたらとみすぼらしい格好をしたクソ皇子が、縋るような目で俺を見上げていた。

 

 

 

「『マッチ売りの皇子』だ?」

「はい、そうなんです。この度、ホンノー様が演劇『マッチ売りの皇子』の主役に選ばれたのですよー」


 クソ皇子にマッチを買ってくれと言われて戸惑う俺の背中を、これまた誰かがちょんちょんと摘まんでくる。

 誰かと思って振り返ると、そこには皇子の侍女、確かアヅチという名前の女の子が立っていた。

 

「それでその、演技の稽古をしようってことになりましてー」

「なるほど。が、そんなもん、うちの村でやるな! てかお前たちは出禁だ、出禁!」

「ううっ。でも、王都でやると稽古にならないんですよぉ。みんな、ホンノー様から喜んでマッチを買っちゃうんです」

「そんなの知るかッ!」


 いや、そもそもあのクソ皇子からマッチを買うか? 王都の連中、ばっかじゃねーの。

 

「ふえぇぇ。怒らないで話を聞いてくださいよー。それでですね、この村なら誰からもマッチを買ってもらえない辛さを体験できるんじゃないかなと思いまして」

「そりゃあ二回も村を燃やそうとした奴からマッチなんて誰も買わんわ!」

「ですよね! ここなら真に迫った演技の稽古が出来ますよねッ!」


 うわーいと両手を挙げて喜ぶアヅチ嬢。いやいや、喜ばれても困るのだが。

 

「とにかく今すぐ村から出て……おい、邪魔すんな!」


 またまた何者かに今度は肩を掴まれた。クソ、次は誰だよ?

 

「アスベスト、その子たちを村から追い出してはならん」

「いや、今すぐ追い出す……って、あれ、爺さんたち……え、なんで?」

「とにかく黙って見ておくのじゃ。あの子の名演をな」


 振り返るとそこにはエルフ老人たちが、何故か皆一様に目を潤ませて首を横にふるふると振っていた。

 

「嬢ちゃん、こいつはワシらが押さえつけておくから、嬢ちゃんはナレーションの練習をするのじゃ」

「ありがとうございますー、お爺ちゃんたち!」


 どうして爺さんたちがクソ皇子の味方をしているのか。

 わけが分からず戸惑う俺の脇をすすっと抜けて、アヅチ嬢が皇子のもとへと駆け寄る。

 そしてその小鳥の囀りのような美声で語り始めた。

 

 ☆ ☆ ☆

 

 むかしむかし、あるところにとても可愛らしい皇子がいました。

 皇子は偉大な国王である父親、優しく美しい王女、勇ましく慈悲深いふたりの兄、そしてそんな王家を心から慕う国民たちに囲まれ、毎日をとても楽しく過ごしていました。

 

 しかし、そんな幸せはある日突然終わりを告げます。

 魔王軍が攻めてきたのです。王国軍は懸命に戦いましたがあえなく破れ、国王、王女、ふたりの兄は皆、処刑されました。

 ただひとり、皇子だけが命からがら生き延びたのでした。

 

 ★ ★ ★

 

 爺さんたちに止められて、仕方なくアヅチ嬢のナレーションを大人しく聞いていたのだが。

 

「……王都でやる演目にしては内容がエグすぎやしないか、これ」


 思わずツッコミを入れてしまう。だって王様たち殺されちゃったぞ。いいのかこんなのをやって?


「そうじゃな。だが、あえてこれをやる所に坊やの本気を感じるのぉ」

「うむ。それにあの坊やの着ている服を見よ。一見ボロ布のようじゃがアレ、超高級ブランドのビンテージもんじゃぞ。おそらくは全身コーデで1千万ゴールドはくだるまい」

「マジでか!?」

「衣装にそんな予算が降りる筈もない。きっと坊やが用意したものであろう。それだけであの坊やのやる気が伝わってくるもんじゃ」


 いや、伝わってくるもなにも服に詳しくないからそもそもその価値に気付かないのだが。

 と、そんなみすぼらしく見えるも実はめちゃくちゃ高価な服に身を包んだ皇子がにわかに立ち上がった。

 

 ☆ ☆ ☆

 

「どなたかマッチを買ってくださいませんか?」

「マッチです。どうか買ってください」

「お願いです。マッチを買ってください」 

 

 なんとか炎上する王都から逃げ出せた皇子。

 しかし奴隷商人に捕まり、その身が売れるまで街でマッチ売りの仕事をさせられることになりました。

 

「ああ、今日も一本も売れない……今日もご飯を食べさせてもらえない……」


 マッチが売れないと食事も与えてもらえません。

 皇子は懸命にマッチを売ろうと頑張りましたが、今日も一本も売れませんでした。

 

「ううっ。もう殴られるのは嫌だよぉ」


 しかもそんな皇子に奴隷商人は冷たく当たり、時にはマッチが売れないことを理由に殴り飛ばすこともあるのでした。

 

 ★ ★ ★

 

「うおおおおおお。坊や、そのマッチ、ワシが全部買うぞい!」

「ワシはご飯をたらふく食べさせてやるぞー!」

「なんの、だったらワシは坊やを引き取る! うちの子になるんじゃー!」


 エルフ酒場へやってきた奴に手当たり次第話しかけてはぎょっとされる皇子の姿に、見守っていた爺さんたちがたまりかねて大声をあげ始めた。

 

「いやいやいや、爺さんたち、これ演技だから」

「うるさいぞ、若造! お前はあの坊やの姿に何も感じんのか!?」

「確かに上手いなとは思うけど、そこまで感情移入するほどでも」

「なんじゃと! くはー、これだから最近の若いエルフは!!」

「そんなこと言われても。てか爺さんたち、こいつがエルフ銭湯に火を放ったの覚えてないのか?」

「それとこれとは話が別じゃあああああああ!!!!」


 マジかよ、こいつら……。

 

 ☆ ☆ ☆

 

「ううっ。ご飯が……温かいご飯が食べたいよぉ」


 とぼとぼと奴隷商人の家へと帰る皇子。しかし、その帰路でついに皇子は力尽きて蹲ってしまいました。

 何日もまともにご飯を食べていないのです。もう歩く力は残っていません。

 それでも頑張って、皇子は一本のマッチを擦り上げます。

 

「ああ、温かい……温かいご飯だ……」


 マッチの炎の中にかつて王宮で食べていた料理の数々が浮かびます。

 皇子は嬉しくなってさらにもう一本、マッチに火をつけます。

 

「あああ、お父さん……」


 次に炎の中に現れたのは偉大な国王である父親の姿でした。

 国王が炎の中で笑っています。つられて皇子も久しぶりに、本当に久しぶりに笑顔を浮かべました。

 そして次から次へとマッチに火をつけて、

 

「見える……見えるよ、炎の中にみんなの顔が見える。笑顔のお父さん……お母さん……お兄ちゃんたち……。あと、怒り狂ったアスベスト君」

「おう! 貴様、またやったな!」

「おいおいアスベスト君、まだ演技の稽古中だ。邪魔をしないでくれたまえ」

「ふざけんな! どさくさに紛れてエルフ酒場に火を放ったくせに!」

「どさくさではない。最初からその予定だ。見損なわないでくれたまえ」

「余計に悪いわッ!」


 アスベスト様が懸命に炎を消そうとするも、つい皇子の演技に引き込まれてしまい初期対応が遅れてしまいました。

 次々とエルフ酒場に火が広がっていきます。

 かくして皇子は見事にエルフの村を燃やす目的を達成したのでした。

 

『マッチ売りの皇子……と見せかけてエルフの村を焼いてみた』、おしまいおしまい。

 

 ★ ★ ★

  

「はっはっは。よい稽古であった。また会おう、エルフの諸君!」

「もう二度と来るなッ! おい、爺さんたちも拍手なんかやめて火を消すのを手伝えーッ!」

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