第2話:運命に抗うエルフたち
タイカ王国・ダイエンジョー森林。
王都にほど近いこの森に我らエルフの隠れ里があるのを人間は……ふたりを除いて知らない。
だが今後その数が増えることはなく、もう二度と奴らの侵入も許さない。
なんせそのうちの一人は侍女をおねしょさせたいという理由で、やたらと燃えやすいエルフ物置小屋を焼き払おうとした奴だ。あんなのとはもう金輪際関わりたくない。
故に我、村長のアスベストは誓う。
我らがエンジョー村の平和を守り――
「アスベスト、大変だ! またあの人間の子供たちが現れた!」
「ふざけんな! 今回はまだ誓いすら立ててないんだぞ、あの野郎!」
てか、一体どうやって結界を破りやがったんだ!?
朝っぱらからまた余計な仕事を増やしやがって。ええい、今度こそこの世から消し去ってくれるわッ!
「やぁアスベスト君、心地よい朝であるな」
慌てて駆けつけた俺を見るやいなや、村人たちに取り囲まれた変態皇子が親しげに話しかけてきた。
「おいコラ、いつからお前に君付け呼ばわりされるような間柄になったッ!?」
「何を言う。吾輩たちはベストフレンドではないか」
「人間の世界では犬猿の仲をベストフレンドって言うのかよッ!?」
相変わらずイライラさせる奴だ。やっぱりこんな奴はとっとと首を刎ねてしまうに限る。
前回は逃げられてしまったが、今度こそ仕留める!
剣を抜くと侍女の女の子が「ひっ」と小さく悲鳴をあげた。
が、皇子は顔色一つ変えず、傍若無人な笑顔のままこちらを見る。
「まぁ待て待て。剣を抜く前に吾輩の話を聞き給えよ」
「聞く耳持たん!」
「今朝の運勢占いの結果を知っているかね?」
「だからお前の話は聞かんと言っとるだろうがッ!」
「そうか。ならば吾輩ではなくアヅチから伝えるとしよう」
ぴっと人差し指を上に立てると、横に控えていた侍女が「あわわ」と狼狽えつつも
「え、ええっと、『おめでとう、今日の一番は王族のあなた。どんなお願いごともみんなが聞き入れてくれるよ。さらにエルフの村を焼くとちょっとエッチなハプニングが起きるかも!?』ですー」
と、その美声を辺りに響かせた。
「な?」
「何が『な?』だ?」
「鈍い奴だなぁ。つまり今日の吾輩の願いごとは何事も叶えられ、さらにエルフの村を燃やすとエッチなイベントが発生するのだ」
「だからうちの村を焼かせろと?」
「ようやく分かったか。あ、ちなみに君たちの運勢はというと」
皇子がパチンと指を鳴らす。
「は、はい。『ごめんなさい、今日の最下位は村エルフのあなた。どんなに抵抗しても無駄なあがき。ここはもう思い切って村を焼かれちゃってみて』でした……」
最後の方は俺たちエルフのことを思いやってか申し訳なさそうにか細い声で話す侍女。なんだか俺たちまで居たたまれない気持ちになった。
「と言うことだから、さくっと焼かせてもらうぞ」
もっとも皇子はそんな周りの空気なんてどこ吹く風とばかりに満面の笑みを浮かべた。
「ふざけるなっ! そんなくだらん占いで村を焼かれてたまるかッ!」
「なに? 王都の母ことノートルダム・テラコ先生の占いを侮辱するのか!」
「どんなお偉い先生かは知らんが、村を焼かれる占いなんぞ俺たちは信じない。俺たちの未来は俺たちが切り開く!」
そうだ、エルフの村が人間に焼かれる運命だったとしても、俺たちは決して屈しない。
最後の最後まで抗い続け、運命を必ず変えてみせる。
「我が名はアスベスト! 今こそ誓おう。我が村、ダイエンジョー森林のエンジョー村は我が命に代えても守り抜く!」
抜いた剣を天高く抱え上げ、俺は皆の前で大声を張り上げた。
たちまちその声すらかき消すほどの大歓声が周囲から沸き立つ。
見回すと弱気な表情を浮かべるエルフはひとりもいなかった。皆が興奮で顔を上気させ、あらん限りの大声をあげて己の魂を鼓舞し、我らが敵――クソ皇子を睨みつけている。
「むぅ。これは……」
「ホ、ホンノー様ぁ……」
さすがの皇子も俺たちの迫力に思わずたじろいだ。
侍女に至っては麗しい眉間へ皺を寄せて今にも泣きだしそうだ。
「さぁ、どうする? これでも俺たちの村を焼き払うつもりか!?」
「…………」
「俺たちはもう腹を決めたぞ。お前が何者であったとしても関係ない。我が村に火を放つ者は誰であろうとその命で償ってもらう」
「…………」
「ノートルダム・テラコがどれほどのものかは知らんが、俺もひとつ、今日のお前の運勢を占ってやろう。お前は火を放てない。我が村を燃やすことなど出来やしないッ!」
天にかざしていた剣の切っ先を皇子に向ける。すると
「…………分かった」
やったぞ! ついに皇子が屈した!
重い口を開けたその表情は屈辱にまみれて……あれ、意外とさっぱりした顔をしている!?
「どうやら吾輩は勘違いしていたようだ。エルフというものは皆、自分たちの村が焼かれるのを心のどこかで諦めているものだとばかり思っていた。が、どうやらお前たちは違うようだな」
「ああ、俺たちは違う。決して諦めない」
「うむ。吾輩も考えを改めよう。すまなかったな」
おおっ! 人間が――あのクソ皇子が自分の過ちを認め、和解の握手を求めて手を差し伸べてきた!
怯ませて追い出そうと考えていたが、この展開は予想外だ。もしかしてこれは人間と村エルフの新たな関係が今、作られようとしているのか……?
この手を振り払い、これまで通り人間たちから隠れた日々を過ごすのは簡単だろう。
だが、この手を握り返せば色々慣れない変化があるものの、上手く行けば人間たちに村を燃やされてしまう恐怖から解放されるのかもしれない。
「……よし、決めた」
しばし考えた後、俺は抜いた剣を鞘に戻して皇子へ歩み寄っていった。
目指すは皇子が前へ突き出した右手。この手を握り返し、人間との新たな信頼関係をここで築――
「いやはやエルフの村などしょぼいファイアーボールひとつですぐ燃えるものだとばかり思っていた。が、アスベスト君たちの想いに応じてここは全力のファイアーボールで吾輩も立ち向かおう」
なん……だと!?
俄かに差し出された右手に炎の弾が現れ、俺の頬を掠めてびゅーんと飛んでいく。
そして皆が見つめる中、炎弾が直撃した先はと言うと……。
「げっ!? よりにもよってエルフ銭湯にぶち込みやがった!」
「はっはっは。店先ののれんに『湯』と書いてあるからそうだと思っておったが、やはり入浴施設であったか! うむ、よく燃えておる。これでは中に入っているすっぽんぽんエルフ美女も慌てて出てくるに違いない。まさに運勢占い通り、エルフの村を燃やすとエッチなハプニングありだ。」
「この変態野郎! そんな理由であの建物を狙ったのか!?」
「ふふふ。アスベスト君、ノートルダム・テラコ先生に占いで勝とうなんて百年は早かったな」
「アホか! そもそも朝の銭湯に入っているエルフなんてのは人間同様――」
と言っている傍からエルフ銭湯から真っ裸な爺さんエルフたちが慌てて飛び出してきた!
そう、朝風呂が大好きなのは人間もエルフも爺さんたちと決まってるだろうが、皇子のアホたれ!!
「誰じゃ! エルフ銭湯に火を放った奴は!」
「悪ふざけにもほどがあるぞい!」
「ワシら老人に死ねと言うのか!」
大切なところを隠すことも忘れ、凄まじい剣幕で怒り狂る爺さんたち。
エルフ老人というのはえてして頑固ジジイばかりだ。まぁ千年以上も生きてきたわけだから性格がそうなるのも仕方ないとは思うのだが、問題はその怒りの矛先。最初は辺り構わず喚き散らしていたが、俺の姿を見つけると皆、股間でしなびたそれをぶーらぶーらさせながらこちらへ向かってくると
「おい、アスベスト! お前は村長じゃろうが! 早くなんとかせい!」
「もし銭湯が燃え落ちたらただでは済まさんぞ!」
「お前がここに居ながらどうして火事が起きたんじゃー!」
一斉に怒鳴り込んできた!
「いや、ちょっと爺さんたち、落ち着いてまずは股間を隠して」
「そんな悠長なことをしとる場合か!」
「でもここには人間の女の子もいるわけで……あ、そうだ!」
責められるのは俺じゃない。ファイアーボールをぶち込んだクソ皇子が張本人だ。
俺の手でブッ殺したいのは山々である。が、ここは怒り狂った爺さんたちに殺させた方がジジイらを押し付けられるし、加えて皇子の処理も出来る。まさに一石二鳥!!
「聞いてくれ爺さんたち、犯人はそこにいる人間のクソ皇子なんだ!」
と、その瞬間、前回も見た空間移動の魔法陣が地面に展開された。
おいふざけんなと振り返ると侍女が右手で両目を隠しながら左手で杖を振るい、その傍らで変態皇子が苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべて「アスベスト君、君たちには失望したよ」と呟いたかと思うと、あっさりその姿を消した。
「あの野郎……」
殺す。次見かけたら絶対ぶっ殺す!
結局はすぐに駆けつけたエルフ消防団と、居合わせた俺たちのバケツリレーでなんとか銭湯に放たれた火を消すことが出来た。
が、一方で老人エルフの怒りはなかなか鎮火せず、俺はまさに火の山を歩くが如しのお説教を喰らい続けたのであった。
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