第2話:地獄と夢物語

都市国家カバードの北町

立ち尽くす7歳児

彼はこの歳で立派な社会人である。

だが新天地、頭に殻をつけたままのヒヨコの様な状態で押し付けられた自由と言う名のデスゲーム。

修道院出の7歳児には頼るツテや、持ち金、この異世界に必要とされるようなスキル、何一つとして持ち合わせていない。

そもそもこの世界の仕組みや社会、政治、経済すら簡単な書物と新聞でしか知らないのだ。

兎にも角にも絵物語のようなファンタジー世界で適応する為、働き場所と住む場所を探さないと生きていけない。


手探り状態のまま街を散策していると貼り紙を貼った掲示板のようなものを見つけた。

そこには「アネティミ鉱石の採取、値段の交渉は20kgから」「ヒュプノスの森に生息する70kg前後のハバーンを一頭値段2万フッラ」

など短期的な仕事の依頼のようで日雇労働に近い感じだろう。

その中でモクヤは「ビローツ伯爵管理の鉄鉱山開拓整備1日5000フッラ」

この仕事に決めたモクヤは書かれた場所へと向かう。


5000フッラは日本円で5000円程度、一日働いて5000フッラは安賃金なのだ。もちろんお使いや物売りの仕事を修道院で手伝っていたモクヤも異世界で無知であろうそれくらいの事は周知の事実だ。

だが彼には考えがあった。


(確かにこの鉄鉱山開拓整備は良い仕事とは言えない。だがアネティミ鉱石は街から最短で20km程離れた場所にあるポレアス高原とトモロス山の間の鉱山から取れる、遠いしリスクも高い、すぐさま金が貰える訳ではなくせっかく運んだ荷物として交渉では足元を見らる。ヒュプノスの森は50kmほど離れている。しかもヒュプノスの森には凶暴な獣も多く討伐対象のハバーンというイノシシに似た獣も70kg級となれば無防備な7歳児など一瞬でやられてしまう。リスクなどを考慮すればある程度装備が整うまでは安心安全な鉱山が最適解だろう)


それもそのはずこの北町は衛兵や傭兵、狩人など捕獲や討伐、護衛などを得意とする町であり7歳児につとまる内容では無いのだ。

その中でたまたま全ての街に張り出したビローツ伯爵の鉄鉱山開拓整備は今の所大当たりと言える。


モクヤが向かうのはカヴァード南街にあるビローツ伯爵の仕事場。


騎士たちの集う北町を南下し王城があり貴族しか入れない中央街を避けて東町を通り抜ける。


東街は職人の町として発展しており賢矮人種や妖精人種と呼ばれる手のひらサイズの人型でトンボのような透き通った羽が生えており手先が器用な人種が多く働いている。

日用品や薬品、武具、建材までありとあらゆるものが加工されては王都に役立てられている。

ふとモクヤが止まる。


目線の先には真っ赤に熱された鉱石を叩く賢矮人種の姿と商品として並べられた立派な剣が並んでいた。

どれも金属製だが色が緑寄りだったり金色寄りだったりと少し地球とは違う鉱石の様だ。


モクヤは異世界に来た時何となくアーサー伝説、ギルガメッシュ伝説、イーリアスなど冒険や戦いになるのだろうとなんとなしに思い描いていた。だが実際生身の剣を見ると武道に精通していないモクヤでもかっこいいと感じるものがあり目を引かれた。


その中で一つ気になるものを発見した。

直刀と呼ばる刺身包丁のような真っ直ぐ伸びた刀の横に横たわり鋭く光る1本の日本刀

よく知った鉄の色であり持ち手の柄と呼ばる部分は簡素に布で縛られたようになっているがその刀身はどの剣より鋭く冷酷な切れ味を醸し出していた。


値段を見るとその刀身に相応しい高さで当分手が付けられない品だと店を後にする。


その後もモクヤは初めて見る魔道具と呼ばれる不思議な物の数々を見たり食材を見たり寄り道をしながらビローツ伯爵の仕事場へ辿り着いた。


仕事場では賢矮人種のガタイのいい男たちが建材だろうか鉄の棒のようなものを何本も型に流しては作り忙しく運んでは戻りを繰り返している。

工場と言うより家屋の建設などの人の手で物を運び組み立てていく昔ながらのシステム。

溶け出し流れる赤と長年使われ味がでた黒が合わさる男たちの暑い仕事場。

鉄を叩く音が響く工場で手前に居た男に張り紙の求人の所を指さし「来た」と言うと理解したようで奥へ通してくれた。




「本当に務まるのかい?」


かれこれ30分ほど待たされモクヤを見た男の開口一番は辛辣だった。

だが男は当たり前の発想をしたまでだ、モクヤは20歳の社会人では無い小学生と同じ7歳。

日本での児童として扱われる義務教育の範囲であり男が開拓整備などできるのだろうかと心配するも仕方ない。

だがモクヤは引かない。その他の仕事はどれも危険だ。ここで引くということは自分の命を安売りすると同じだ。

異世界生活始まり一手目で命を賭けるリスクは取れない。

「何がなんでもやり遂げます」

1単語以上他人に話す珍しいモクヤの全力会話。

身を乗り出し男の顔を見つめる。瞳からはデスマーチを乗り越え2徹を超えた勇士の気配が漂っていた。


男もその気迫に押され悩んでいるようだ。


(こんな児童を仕事で事故とは言え死んでしまったり病気になったりすれば主ビローツ伯爵の名に傷が着くのではないか、だがこの少年から感じるただならぬ気配、死線を乗り越えた努力家の気配……)


「…君に賭けよう、励たまえ」


2枚の書類が渡される、2つとも労働内容や賃金など大雑把に記されており保険や休みなど書かれていない。両方にモクヤの名前を書き1枚をモクヤが1枚は男が持った。

簡単な書式だけで仕事が決まった。


明日は5時に他の作業員達と共に鉱山へ向かい12時に1時間の休憩後22時までに帰ってきて鉱石の仕分けや道具の整備をして解散という形だ。

これで5000フッラ、ぼったくりもいい所だろう。

彼の異世界ブラック社会人生活が始まった。


職が決まったので次にモクヤがするべきは今日の寝床を探す事。


だがそれは意外と簡単な方法で解決した。

ビローツ伯爵の仕事場は住み込みであり簡素な集合住宅が備わっているのだ。


だが仕事を受けたからと部屋を貰えるものでは無い、空き部屋はあるかもしれないが勝手に部屋に上がるのは得策ではない。まともなセキュリティも無いだろう部屋に窓ガラスを割り勝手に上がり込むことは出来る。

だが、もし見られた場合それは高い確率で職場の先輩であり何を言われるか分かったものでは無い。

仕方なく職人気質の賢矮人種に部屋の管理は任されていないだろうとの予想と無駄に話したくない思いから先ほどモクヤを面接した男を探した。もちろん部屋の使用に関する交渉だ。


少し歩き男は工場の片隅にある物置小屋にガラス窓が着いたような見た目の簡素な小屋で事務作業をこなしていた。


汚れ透き通っているはずのガラスは明かりを霞め弱々しい光に変え、余計に周りを宵闇に浸らせていた。

そのせいか立て付けの悪い引き戸に手をかけた時、枯葉を踏むような音と共に蛾の亡骸を羽が欠け腹の潰れた不完全な姿に変えてしまった。


「君か…なにか質問でも?」

モクヤを一瞥した男は作業を続けた。

小さなランタンを吊るし机の上に所狭しと乱雑に書類が並んでいる。

整理整頓は効率化の基本だと激務の中で学んだモクヤは汚かった頃のデスクを思い出した。

あの新入社員の時から異世界に来てからもずっと変わらず苦手なものがある。


会話だ。


それでもこの男とは面接で少しだけ話した仲だ。初対面よりはまだ長く話せるはずであり必要な言葉を考える。

少し思考の後、モクヤは簡素な集合住宅を指さしながら


「あの部屋…」


と一言それだけつぶやいた。


男は仕事の手を止めモクヤが指した方を一瞥し鍵を机の引き出しから出した。


「返すのは君が仕事を辞めると決めた時だ」


荷物は最低限にと言いつつ鍵を投げる。


一礼をしてから小屋を出る。


集合住宅は煤だらけの薄汚れたもので蜘蛛の巣なのかホコリなのかよく分からないものが天井にいくつもあった。

きっと蜘蛛も逃げ出す職場なのだろうがモクヤはこの環境に対して気にしなかった。


モクヤにとって掃除は効率化の一環だが前世で住んでいたマンションの通路など1度も気にした事は無かったし、その時の通路もここまでではないにしろ、さほど綺麗なものではなかった。

贅沢を言えるほど余力が残っていないのもあった。


部屋は何も無く木製の壁と床、先程の小屋と同じ位汚れた窓ガラスだけで、部屋の中も予想通りホコリが蔓延しておりドアを開けるとホコリが舞った。

環境はともかくひとまず寝床は確保だろう。


その後彼は崩れるようにホコリの中で眠りについた。

あちこちを歩き回り広大な都市を半周し苦手な交渉を終え緊張の糸が切れた様だ。時間的にも月が登り太陽は身を隠す時間となっていた。



翌朝、朝日が登る前に起きたモクヤは部屋を飛び出した。

体はホコリだらけ深い睡眠は何度も咳によって邪魔され昨日から何も口にしていない為、万全とは程遠いがそれでも仕事の時間だ。


角のない牛のような筋骨隆々の動物がひく荷台に乗り込む。

その荷車にはモクヤと同じような聖人種の男や獣人種、賢矮人種の男たちも乗っている。

道すがらモクヤは身を小さくし半分寝たような状態で揺られる。

他の男たちも同じように寝ているものや新聞を読むもの、仲間たちとたわいのない話をしていたり朝飯を食べている者もいた。


朝日が顔を出した頃、モクヤの仕事場である鉄鉱山に着いた。

そこで道具を受け取り現場監督だろうか、激しく怒鳴り散らす40代の男から作業表とチームの組み分け、ツルハシとランタンと水筒を受け取る。

ランタンは薄汚れており力なく輝いていた。中には油ではなく石ころが固定されており、その石が輝いているようだ。温かさを感じる不思議な結晶とツルハシを見る。

ツルハシは特に言うことの無い鉄製のツルハシであり7歳児にはとんでもなく重いが仕方ない半ば引きずるようにツルハシを持って進む。


鉱山に着くと予想の数倍はしんどい作業が待っていた。

入った時はグループのメンバーと同じ様に作業場まで進みギリギリまで屈まなくて良いこの体に少しばかりの楽しさまで感じた。


何せ異世界にきて初めての洞窟であり冒険らしいものだったからだ。

が、その気持ちはあっさりと打ち砕かれる。


まずツルハシがこの体にあっていない。

かと言って土石の運搬ができると聞かれればそちらの方が大変であり何も出来ない事をよく知っている。

また、水をすいだす為の機械の管理や壁や天井の支えを作る作業などはモクヤに手伝える事が無さそうだ。


少しでも掘り進める方が他の仲間達の役に立てる。そう思い何とかツルハシを振るう。

だが一向に進まない、懇親の一撃で石にヒビがはいり石ころが飛ぶ。その繰り返し、いくら繰り返しても進んだ気がしない。

時間と石の欠片だけが募ってゆく。

ボロボロのシャツを破りマスクとして付け延々と腕を振るう。

パソコンの前での事務作業や徹夜の作業とはまた違う無力感と疲労が襲う。

気が狂ったようにツルハシを振るう。

仲間に置いて行かれない為、自分の成すべき事に従事し続ける。


昼飯時となり鉱山の外へ出ると汚れきったモクヤの姿を見て仲間たちは笑った。

よく働き泣き言一つ言わず従事する様は先輩達からの評価はよく、昼飯を分けてもらったり雑談の場に混じり座る様に誘われた。

話はつまらないもので「こっちの鉱山は当たりだ」や「この近辺に氷獣の王がでたらしい」や「獣人種の国で王様が変わるらしい」などモクヤにとって遠い世間話であった。

長い作業の合間にある休憩時間など光の速さで過ぎてゆき午後の作業となった。

午後もただひたすら午前中と同じ作業を繰り返す。

午後の作業を終えた時には身体中が痛み、手は傷だらけ、皮が剥がれ、血が滲んでいる。

先輩は「誰もが通る道さ」と笑っていたが笑えないほど傷口は疼いた。

それでもツルハシの手入れをし先輩達と共に荷物を荷台へ積み込み、夜も深けた頃ようやく帰宅の荷台に乗り込んだ。

帰りは寝ると目覚められ無いだろうと予測し親しくなった先輩達の話を頷いたり「はい」「なるほど」と返答しつつ過ごした。


部屋に帰ってきた時には昨日と同じく倒れ込み寝た。

マスクのお陰か多大なる疲労のせいか熟睡出来たとは今日のうち唯一良かった点と言える。

彼の異世界生活は始まったばかりだ。




あれから月日は流れブラックな企業に就職してから1年がたった。

未だにモクヤは辞めずに続けている。

体調を崩そうが体を引き摺って鉱山へ赴き仕事を続け1日も休むことなく仕事をした。

そのおかげか体は1年前の頃より一回りも二回りも筋肉質になり手の皮は異常なほどに発達した。

あれだけ重かったツルハシも半年を過ぎれば扱いになれ体も適応するというものだ。


今日も朝5時の荷台に乗りこみ朝食を食べつつ先輩達とくだらない雑談を聞く。

仕事場に着けばすっかり顔なじみの現場監督に挨拶をして荷物をまとめ出発する。

この数カ月は現場監督から何も激を飛ばされていない。どころか毎日の挨拶に答えてくれるようになったりと進展があった。


今日も同じように鉱山へ入り皆と同じ様に掘り進めていた。



ーーーー絶叫



鉱山の入口辺りだろうか、叫び声が聞こえた。

1年務めて初めての事態だ、間違いなく緊急事態だろう。

作業を止めて急いで荷物をまとめすっかり仲良くなった先輩たちと入口へ戻る。

入口に近づくにつれ強まるはずの日光が見えない。

さらに入口に近づくと水たまりに張った薄氷を割るような様な音が聞こえた。


何かが動いた。

陽光に照らされた大きな黒い影。


【氷獣の王 コンル・カムイ】


先輩達の中で誰かが呟いた。

四つん這いの状態で足から頭までの高さでも優にモクヤを超えている。全長は計り知れない。


氷獣の王 コンル・カムイの見た目はクマの様であった。

ヒグマの様な巨大で毛の長い見た目に白銀の毛並みが赤く濡れている。

知っているクマとの違いは2つ。長い狐のようなしっぽ、足の先と赤く濡れた牙から漏れ出すドライアイスのような冷気、これが魔獣と呼ばれるものなのだろうとモクヤは思った。

コンル・カムイの足元に小さく赤い氷柱がありよく見ると肉片が見える。


容易に何が起こったかが想像できた。


おぞましい光景を見て実感してしまった。

心音が鳴り響き、息は浅く、膝は笑いだした。


いくら積み上げた筋肉があろうとこいつには勝てない。

モクヤの中の誰かがそう言った。


背を向けて奥に逃げ込め、先輩たちを餌にして満腹にして帰らせろ。

悪い想像が出てきた。


でなければコンル・カムイの足元に広がる先輩の様になる。1年前に潰した蛾の亡骸の様に人間として不完全な形で埋葬されるだろう。


「モクヤ…お前は下がれ」


モクヤと同じ掘削を担当していた1番の顔なじみである先輩が静かに語りかける。

なぜだか自然と首を振る。

この先輩は最も良くしてくれた。話の輪に加えてくれたのもこの先輩だし病気の時に作業を肩代わりしてくれたのもこの先輩だ。

恩を仇で返す訳にはいかない。

泣きそうになりながもう一度首を振る。


コンル・カムイは凍りついた原型の無くなった先輩の亡骸を踏みつけ肉を見つけては喰らっている。


誰もが驚愕し氷漬けの様に動けない中で静かに1番前の先輩がツルハシを構えた。

彼は先輩達の中では珍しく毎朝新聞を読むのだ。政治の事に詳しくモクヤが新聞を覗き込むと学校の教師以上に詳しく丁寧に政治を説明してくれる。

無口なモクヤは反応こそ鈍いが先輩を尊敬していたし先輩の政治談義を楽しみにしていた。


「うおおおおお!!」


鬼神に迫る雄叫びと共にツルハシを振る。

また1人また1人と先輩が雄叫びと共に走る。

それは強い流れとなり10名ほどがコンル・カムイに殺到した。


残った最も顔なじみの先輩は静かにモクヤが手にしていたランタンを壊し「生きろ」と囁いた後


「うおおおおお!!」


突撃していった。



コンル・イルシカ王の咆哮


突如モクヤの頭に浮かんだ名前は恐らくコンル・カムイが発した咆哮の名前なのだろう。

だがどうやって?どうして?などと考える暇はなかった。


鉱山全てを揺り動かす様な咆哮、白い煙を上げ急激に坑道内の温度が下がり壁に霜のようなものがつく。

だが鬼神の如く突進した先輩達は咆哮ごときで止まらない。

コンル・カムイの巨大な前足に先陣を切った先輩のツルハシが深くくい込んだ。

何度も繰り返し岩へ振り下ろした一撃を今日限りはありったけの力で叩き込む。

コンル・カムイの顔を切り裂き、肩にツルハシを刺す。

止まらない、コンル・カムイの肩からツルハシを引き抜き大きな雄叫びを上げもう一度振り下ろす。


シオイナ・コンル聖なる氷


また脳に浮かぶ技名。

突如先輩達の動きが止まる。膝の辺りまで凍り付いたのだ。焦りと動揺が初めて襲った。


チパパ・ライケ英雄狩り


まるで吹雪を纏ったような大きな手で一薙。

突風のような一閃。


「逃げろ」



誰かの言霊がいやに静かに響いた。






あたりは真っ赤な氷と上半身を粉砕された亡き先輩達だったものが広がる地獄と化した。

先程まで、たった数分前まで今日も仕事頑張るかと話していた先輩達は今、目の前で死んでいった。

最近いい子見つけたんだと話していた先輩も新しい職を探していた先輩もみんなモクヤを可愛がってくれた。


前世の職場より皆暖かだった。


どの先輩達も実力の足りないモクヤを馬鹿にせず手取り足取りとても良くしてくれた。


「…」


初めに諦めがきた。

あぁ終わりだと

リスクはどれだけ避けようとこうなればもう無理だ。

僕は頑張った。


次に怒りが来た。

なんでこんな理不尽な事が起こる。

せめて、せめて初めに死ぬのは僕、モクヤでありたかった。

許せない。


許せない。許せない。許せない。


静かにツルハシを持ち既に戦闘の意欲を無くした氷獣の王を向く。


最後に一矢報いなければ死ねない。

初めて沸いた感情に身を任せ静かに歩いた。

周りの温度のように急激にモクヤの脳内は冷静になった。

だが足は悠然と進む。

のっそりと氷獣の王は手を動かす。

まるでボタンを押すかのようにモクヤを潰そうとした。


倒れるような前屈み。

クラウチングスタートから刹那の加速。

顎の下へ飛び込み肉薄。

前に倒しきった重心を戻す勢いのままツルハシを振り上げた。

懇親の一撃は氷獣の王コンル・カムイの顎を撃ち抜いた。

突如、足元が凍り付く。


シオイナ・コンル聖なる氷


モクヤをようやく敵だと認識したコンル・カムイは静かに先輩達に致命的な障害となった氷の枷を広げる。

枷はしっかりとモクヤの足にくい込んだ。太ももの辺りまで氷漬けにされ暴れ事すら困難だ。血肉が凍てつきひりつく肌、鋭い痛みが太ももに走る。

聖なる氷などと呼ばれているが呪いの類に近い行動制限は静かにモクヤの時を終わらせる。


チパパ・ライケ英雄狩り


10数人の大人を粉砕する一撃をモクヤ1人に向ける。


「うおおおおお!!!」


モクヤは叫んだ。力の限り氷の枷を外そうと暴れツルハシを構える。

頭上には終焉の吹雪を纏った大きな手

終焉、幕引き、終わりだ。



ーーーー凍結



モクヤの足枷は弾け飛び、さらに分厚い氷が坑道の全てを飲み込んだ。

血に汚れた氷獄の地面が一変に白霜舞う氷の水晶洞に生まれ変わり地獄が一変、夢物語に変わった。

目前には地獄の代表者、氷獣の王コンル・カムイが全てを屠る一撃を構えたまま凍りついた。血肉を憎たらしく晒し塗り替えられた洞窟であれは事実だった事を嫌に晒す。


突然の出来事に頭の中は大混乱、奥歯をかみ締め異常な現状を無視し静かにツルハシを氷漬けとなった氷獣の王コンル・カムイの頭蓋骨へと叩き込む。

鉄の切っ先が分厚い氷ごと脳天へ沈んだ。

生死は確認できないが確かに骨を貫いた感触が確かにした。



だが突如、体は異常を訴え、高く鋭い耳鳴りが鳴り響き、異常なほど回る世界、吐き気は我慢の限界点を余裕で超えて朝飯を氷上へ垂れ流す。

打ち上げられた魚のように氷上でのたうち回りモクヤの意識はそこで途絶えていった…

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